元拍手連載
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「い──……たく、ない」
ぼふんっ、と音を立てながら落下したそこはどうやら横穴の入り口のようで、これでもかとばかりに枯葉が敷き詰められていた。
一応はと上を見上げてみても、オレが落ちてきた穴は遠すぎて微かにも見当たらない。
というかなんであんな高さから落ちて死んでないんだろう?
疑問に思って首を傾げた。それが功を奏したらしい。
天を仰いでいた目線が前に向き直ったとき、どこかへ駆けていく青年が目に入ったのだ。
「え、……まさか」
距離はまだそう遠くは離れていないが、双子の言ったようにその背中はせかせかと焦っているようである。その横顔が、ちらりと見えた。頭には何故か兎の耳が付いたフードを被っている。まさかと思うが、あの人がシロウサギなのか?
とにかくオレは立ち上がり、横穴から這い出ると急いで彼を追おうとしたのだが、
「っ、わ」
ごとん、と何かを踏みつけて、危うく転びそうになる。
どうにか踏みとどまって、なにに蹴躓いたのかと拾い上げてみればそれは、
「……手榴弾、と、ナイフ?」
まじまじと検分するに、どうもそれ以外の何物でもなさそうである。
少なくとも手榴弾型コインケースとか、ミリオタ延髄のペーパーナイフではなさそうだ。
まるで戦争漫画にでも出てきそうな典型的な小型爆弾と、暗殺者が隠し持つのに便利そうな刃が薄くしかし鋭いナイフ。
「……」
妙なものを拾ってしまった。モールさんに怒られる。
そう思って見なかったことにしようと、でも道の真ん中に放置するのもなあと、両手に持ち倦ねているときだった。
「やあ、お困りのようだねアリス!」
声は降ってきた。
いや、声だけが降ってきた。
きょろきょろと辺りを見渡せば、道の端、傍らの木の枝からこっちだよ!と呼ばれた。
「……英雄?」
いつもの声、いつもの口調。
それに対して疑問符が付いたのは、木の上に腰掛けたスプレンディドがいつもと違う格好をしていたからだ。
「その呼称には何だかとても惹かれるものがあるけれど、僕は英雄ではないよ、チェシャ猫だ!」
にっこり笑う笑顔はそのままに、チェシャ猫と名乗ったスプレンディドはいつものジャージとマントを着ていない。
だぶっとしたパーカーに、ベルトの垂れたズボン。しかもパーカーには確かに猫耳が付いている。まあ、全身真っ青なのと、赤い目隠し鉢巻をしているのは相変わらずだったが。
「ああ、それはきっと白兎くんの落し物だね」
黙っていればスプレンディドもしくはチェシャ猫がふわりと枝から離れてオレの手元を覗き込む。マントがなくても浮かべるらしい。
と、いうか、シロウサギ……あれは、白くはなかったと思うのだけど。
オレはとっくに見えなくなった後姿を思い出す。
正直、髪も目も緑だったような気がするのだけど。
そもそも知り合いの元軍人にそっくりだったと思うのだけど。
というか、ひょっとしなくてもどう見ても、あれはフリッピーだったと思うのだけれど。
それから──
「あの、えいゆ……チェシャ猫?」
「うん?どうしたんだいアリス?」
──それだ。
「アリスって誰。オレはアリスじゃないよ」
双子といい、英雄といい、さっきから人のことを誰か別の名前で呼ぶ。この期に及んでまさか人違いではないだろうが、一体何のつもりなのか。
だがそれでもスプレンディドは言い張るのだ。
「いいや、君はアリスだよ!」
「違うって」
「アリスだよ!間違いない!」
「あるよ」
「そうだね丁度いい。白兎を追いかけるといいよ、アリス」
聞いてくれ。
一体全体どこら辺が丁度いいのか。それになんでシロウサギを追いかけるんだ?
「そもそもオレはこれがどこに行く道なのかも知らないし」
「道はどこにも行かないさアリス。君が足を動かして進むだけだよ!」
そんな頓知を尋ねているわけではないしオレはアリスじゃない。
そう反論しようとして、開きかけた口が止まる。
「…………ぇ?」
「ああ、僕はそろそろお暇する時間のようだね!」
快活に言い放ったスプレンディドの、その手足がゆっくりと透き通っていく。
「え。え、何、なにしてるの英雄」
「チェシャ猫だよ!」
「ちぇしゃねこ消えかけてるよ」
「だってそういうものだからね!」
不毛な会話をする間にも、英雄の体はどんどん透明になって小さくなっていく。その目も当てられない程にこやかな笑顔だけが健在である。
「き、消えて大丈夫?」
「心配無用だよ!チェシャ猫だからね!」
そんな根拠は聞いたことがないが。
ともあれ、最後に残った笑顔さえ見る間にうっすらと溶けていく。やがて始めと同じように声だけを残して猫は去る。
「白兎に追いつけるように応援しているよ!」
(では、また会おうアリス!)
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