百物語とは(元拍手八月)
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【百物語(ひゃくものがたり)】
百物語とは、伝統的な怪談会のスタイルのひとつである。最近では蝋燭を用い、それを部屋の真ん中に設置し、実際に怪談を語っていく形が多く流行している。その起源は正確には不明であるが、主君に近侍して話し相手を務めた中世の御伽衆に由来するとも、武家の肝試しに始まったとも言われている。
…………そして怪談を百話語り終え、灯心がすべて引き抜かれて真の闇が訪れたときに、本物の怪異が現れるとされている。
「それはね、今日みたいに、暑い夏の日の話なんだけど…………」
深夜とまでは言わないが、しぶとい夏季の夕陽が沈んで久しい夜半。
HTF学園が管理する寮の談話室は、普段と違う、仄暗い雰囲気に包まれていた。
「……それでその人は次の日気付いたんだって……廊下の端にある筈の自分の部屋の隣に、もう一つ隠れた部屋が有るらしい事に」
横に座る誰かの顔が、判別出来るぎりぎりまで落とされた照明に、わざとなのか偶然なのか、僅かな隙間を残して締め切られたカーテン。聴こえて来るのは空調の微かな稼動音と、淡々と一定の速度で進んでいく怪談話。
「もともとその階の部屋数は他より一つ少なくて、おかしいなぁとは感じてたらしいんだ。でも気にしてなかった。……本格的に不思議に思ったのは、外からホテルを見上げた時。窓の数はちゃんと他の階と同じだったんだよ。……自分の部屋の横に、在る筈の無い窓が、ひとつ」
演出のために灯してある蝋燭の火が、じりりと揺れる。
そのせいか壁に映った影たちも、不安定な光源に倣って同じく揺らいだ。輪郭も曖昧にふらつく影は、まるで何か別の生き物のようにも見える。
「旅行の最後の日、その人はオーナーに頼みこんで、廊下の壁を壊してみることにしたんだ。そう、本当に部屋があるのかどうかを確かめるためにね……オーナーも何故か乗り気で…………そうして、果たして部屋はあったんだ。壊れた廊下の奥、埃と熱気に塗れた空間で異彩を放つそのドアには、狂気を感じさせるぐらい綿密な目張りがしてあった。でもここまできたら誰も引き返そうとは、しなかったんだって。結局、その場の全員でその隠されていた部屋の扉を開けることになった。勿論その人も立ち会った。緊張と恐怖の入り混じる中で、ゆっくりと開かれたその部屋の中には…………」
ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。異様な空気の中、室内の緊張は最高潮にまで達して、
「真っ赤な字で壁中に、『 お 願 い こ こ か ら 出 し て 』って」
「うぎゃあああああ!!!!!」
「ッうううるせぇばかあああああ!!」
「もうやだですううううううううううう!!」
「……落ち着けってそこまでの話じゃない」
そして不気味な雰囲気は若干名の叫び声によって一気に払拭された。
実はさっきからここまでがテンプレである。
「……そんなに怖かったかな?」
ふ、と近くにあった蝋燭を吹き消しながら、ついたった今語りを終えたフリッピーが不思議そうにこめかみを掻いた。橙色の明かりに照らされながらも、その瞳は深い緑だ。
「こわ……いや怖いっつーかブキミっつうか!そういう台詞オチはひきょーだっつーの!!!」
「ハッ、いやびびってねーしそんなにどころか全然全く全然怖かねーし!!馬鹿弟がうるせえから怒鳴っただけだっつの!!!」
訊ねられた聴衆のうち、真っ先に悲鳴を挙げていた約二名がまたしても真っ先にがなり立てる。
叫び声こそ一番手だったものの早々に回復し始めているリフティはともかく、『全然』を二回言ったシフティは未だに隣人の腕を握り潰す勢いでしがみついていた。
「うっさいバカって言うなバカ兄貴!!俺より怖がりのクセに!!」
「こ、怖がってねぇよ馬鹿!!!」
これで、この余興を企画したのがこの双子だと言うのだからそれが何よりも怪談である。
しかも寮内に友人がいるのを良い事に談話室を使っているが、その実この二人は寮生ではない。
「えーと」
すると、ここまで誰一人としてフリッピーの質問に答えていないことに気付いたのか、四人目の発言者、トゥーシーが控えめに手を挙げた。
「俺としては……よくある感じの話だし妥当だと思ったけど」
あまり怖がって居ないというか、この歳の男子にしては至極真っ当な反応を見せる彼は、双子と同じく寮生ではないのだが。
百物語開始時におけるスニッフルズの『ままま待ってください今数学の課題を対価にトゥーシーを練成しますから!!!』という謎の迷台詞により呼び出されたヘルプ要員である。別にどこも持って行かれていない。呼び出した当人、何を隠そう叫び声三番手のスニフは現在外した眼鏡を握り締めながら俯いて、何やらぶつぶつと呟き続けていた。
「これで何も見えないこれで何も見えないお化けが出ても見えないから大丈夫いいえお化けなんていないんですけど幽霊の正体見たり枯れ尾花ってよく言うじゃないですか枯れ尾花なんですよ要するに全ては枯れ尾花なんですだから大丈夫ですどうせ見えないしいえいえ化学的に証明されていないのでお化けは見えないので大丈夫なんですけど……」
「スニフお前予想以上にやばいな!?」
ヘルプ要員、トゥーシーは隣に座る友人に向って思わず叫ぶ。
ちなみに召喚するのがナッティやカドルスではいけなかった理由は、あの二人は下手すると敵になりかねない、だからだそうだ。
スニッフルズは双子に強制参加させられた被害者の一人なのだが、そもそも参加者の七人のうち、一部例外を除いて殆どが双子に引っ立てられての参加である。
そして満を持しての一部例外、英雄こと生徒会長、スプレンディドは今日も空気が読めてない。
「疑問なのだけれど、部屋から出たいのならば声を出して人を呼ばなかったのだろうか?家主が協力的でなかったのだとしても建物の外の人達は?窓があったのなら何故助けを呼ばなかったのだろう……ドアに目張りがしてあるということだったけれど、部屋にいた誰かは酸素欠乏症にはならなかったのか?大丈夫だったのかい?」
何事か推論を立てるように顎に手を充て、妙にはきはきというのだが、怪談とはそういう疑問を呈する類の話ではない。
どちらにせよその状況で本当に部屋に誰かが居たのなら、多分その人は既に酸素を必要としない存在に成り果てていただろうに。
「大丈夫も何も……」
「ディドってやっぱアホだよなー」
「バ会長まじバ会長」
「……とりあえず、僕の番はこれで終わりだね?えっと、次の人は……」
戸惑いと、安定のツッコミ、そして手に負えないと判断したフリッピーにより百物語はさらに進行していく。
しかし、こっちとしてはさっさと全員語り終わってくれるに越した事は無い。
──良い加減、ソファの下に潜むのは狭いし暑いのだ。
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