元拍手十一月
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ナッティに指摘されるまで気が付かなかったが。
よくよく考えてみれば、ヒントはたくさん転がっていた。
それぞれ異なる変化を起す中、同一の現象に見舞われる双子。
性別だけが転換したランピーと年齢だけが推移したスニフに対して、そのどちらもが変動したオレ。
そして一見、起こっていないように思えた王道展開──『入れ替わり』。
それら全ての情報を脳内で繋げた結果、事態の解明は実に容易な事だった。結果的にオレは、とある一軒家のドアの前に立ち、人の気配はするもののノックにも返事が無いその扉の向こう側に向って呼びかけるのだった。……この家の住人が、昨夜、いわゆる『ハロウィン』を楽しんでいない事は知っている。緑の瞳のままならともかく、もう一人の人格の方はおよそそういうイベントごとに参加するタイプではない。
「オレだけど──イチだけど、もしかして今、性別変わって十八歳になってたりしない?……フリッピー」
そして昨日、オレはその金眼に殺されたのだから。
扉の向こう側で、何が起こっているのかなど推して知るべし、といったところである。
◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇
「…………で?」
「で、と言われても」
そして冒頭に立ち返る。
一瞬だけ開かれた扉からオレを引きずり込んだのは案の定、随分と変わり果てた姿のフリッピーだった。こういうとまるで死体と対面したかのような描写だが、フリッピーは生きている。ぴんぴんしている。少なくとも、命に別状はない。
「ンな御託が聞きてぇんじゃねえんだよクソガキ」
テーブルの向こう側。
広い部屋にふさわしい大きさのソファに一人で腰掛けている、その細い肩で揺れる、やや伸びたように見える若草の髪。華奢な手足に余った袖。少しだけ膨らんだ胸、薄い腹。縮んだ身長──
「てめぇ人の事こんなにしやがってどうしてくれんだ、ぁあ?」
──零れそうに、大きな金の眼。
「……オレのせいみたいに言われても」
「誰のせいとか言う問題じゃねぇ」
そのつぶらな瞳で睨み上げながら、フリッピーはオレを指差した。
「入れ替わり、って言ったな。なら、」
丈夫になった肩を擽る髪。立派に伸びた手足。造り変わった骨格、喉仏。高くなった身長──それら全てを指しながら。
「『それ』は俺のモンだ──返せ」
トドメの様に、ぎらりと金色が光る……そう来たか。
その発想は無かった、というか、その理屈ならば今フリッピーの体を構成する要素についてはオレのものなのだが。
ランピーの言う王道展開、入れ替わり。双子が同じ現象に見舞われたように、似通った存在であるオレたちも同じ異常の標的になったのだろう。それも肉体だけ、精神だけ、ではなく、そのステータスだけが入れ替わるというややこしくもタチの悪い形で。つまり今フリッピーは未成年の少女であり、オレは二十七歳の立派な成人男性という訳だ。……二十七歳になって、やっと双子から同い年に見られたという事実には極力触れないで置こうと思う。
──ああ、ちなみに、何故家に居るのに瞳の色が変わっているのかについては初めに訊ねている。返ってきた答えは、「俺まで気絶するワケにはいかねぇだろうが」。要するに緑の瞳のフリッピーは余りの衝撃に耐え切れず朝っぱらから失神したらしい。
そんな取り留めのない回想に身を窶していれば、いつの間にか、
「聞いてんのか、コラ」
柄の悪い言葉と共に眼前に差し出されるのは見知ったナイフ。刃物によって脅される、という、それなりの回数だけ経験したことのある、それなりに危険な状態に、反射的に回避行動を取ろうとした身じろぎが、ふと止まる。
眼鏡の重みを違和として感じながら顔を上げれば、ナイフの向こうに映るいつもと違ういつものひと。
「ランピーは、大人の女の人、って感じだったけど」
顔の作りもそう変わらず、だったのだけど。
まあ、ソレと違い歳が縮んでいるせいでもあるのだろうけれど。
「フリッピーはどっちかといえば可愛いね」
「………………おいクソガキ気持ちの悪いことを言うな」
一語一語丁寧に噛み締めるように、酷い顔色でオレを睨み上げてくる金色の瞳。
やっぱり、男の人(今は違うけど)に可愛いと言うのは不適切だったか。ランピーが、余りにも自分で自分を美女と言っていたのですっかり麻痺してしまっていた。が。いつもよりかなり下方修正された位置に鎮座する緑の頭。その柔らかそうな髪の下の、端正な顔は、くりくりとしたアーモンド形の目や、不機嫌そうな小さな口や、血色の良い明るい頬は……やはり改めて見ても可愛いとしか形容の仕様がない気がするのだけれど。
そしてその可愛らしい人は言う。
「見ろトリハダ立ってんじゃねぇかふざけんな殺す」
……そこまで?
ぢゃり、と。二枚のドックタグがいつもより重そうに揺れるのを、迂闊には動けないオレは見上げる。
「丁度良い、試すか」
溢れ出る殺気だけは、普段通りに。
フリッピーは手に持つナイフをこれ見よがしに真下に投げた。それはテーブルにあたるとガツンッ、と音を起てて転がる。──この時、お互いに気付くべきだったのだがオレたちは然程気にせずに流してしまった。
いつもはコンクリさえ貫くナイフが、たかだか木で出来た天板にすら刺さらなかった事を。
「案外、一日待たねぇでも元に戻るんじゃねえのか、なぁ?」
やがて身を乗り出したフリッピーは愉快そうに口角を釣り上げる。
オレはまだ座ったまま動けずに居る。
「俺とてめぇの、どっちかが……死ねば!!」
それが合図だったかのように。
フリッピーはその小柄な体躯を駆使するかのような素早い動きで懐から何かを取り出した。丸い、黒い、掌サイズの──小型爆弾。手榴弾。
気が違いでもしない限り室内で使う武器ではないが、どうせ本人はその被害を殺す術を持っているに違いないのだ。ようするにオレだけをただ爆発四散させたいがために持ち出したツール。可愛いと言われたのがよっぽど気持ち悪かったらしい。いやだってそこまで嫌なのだとは思わなかったのだ。申し訳ない。
謝罪も弁明も、口に出してする暇はなく。
がちん、と音を立てて。そして手榴弾のピンは、
「…………」
「…………」
抜けなかった。
細い指がそれを引き抜こうとするたびにガチガチと固い音がするものの、その安全装置は一向に動く気配すらせず、小さな爆弾は沈黙を保っている。
「ふ、ふりっぴー、もう、暴発したら危ないから──、っと」
「るせぇクソガキ!!」
痺れを切らしたのか、用途を変更し目一杯投擲してきた手榴弾をしかし、オレは難なく受け止める。下手な事にならないよう、ピンやレバーに極力触れないよう気を使う余裕すらあった。
ここまで来たら、誰でもわかる。
道理でナイフが刺さらない筈だ。
「てっめえ!どンだけ非力なんだよざっけんな!!」
「え?えっと……ごめん?」
オレとフリッピーの、パワーバランスまでもが逆転していた。
「ッくそ!」
が、腐っても……というか縮んでも中身は元軍人。
がんっ!!と、天板に載せられたのがブーツではなく素足だったのはやはりサイズが合わないからか。フリッピーは片足を踏み込みながら、放置されていたナイフを掻っ攫い、そのままの勢いで突っ込んできた。踏み台にされたテーブルが歪な音を起てて軋む。
「待っ……」
身一つで体重と勢いを載せ弾丸のように、ナイフを構えて襲い来る少女の形をした脅威に、いつもならば右手を犠牲に凌ぐ局面だ。
でも今日は。
獲物をまず抑え付けるために、伸びてきたしなやかな手がオレの肩に触れた瞬間、
「…………!?」
思わぬ反抗に、もしくは、予想を超えて素早く動けた自分自身に。
空気を震わす動揺は、どちらのものだったか。
オレは自分に向いたその細い手首を、逆に掴んでこちらから引っぱった。まだナイフは届かない。腕を強く引かれたフリッピーは当然体勢を崩す。オレはその反動を利用して両者の位置を入れ替えるように身を起こした。
自然と目の前に来るナイフを持った小さな手。頼りなげなその腕を、掌底で跳ね上げるように弾く。普段と異なりか弱い手は負荷に耐え切れず、あっさりと武器を手放した。
かちゃん、とナイフが床に落ちる。
その音を妙にスローに感じながら、完全に立ち上がったオレは掴んだままの手首を振り回すようにまた強く引く。反転するように仕返しのように、ついさっきのフリッピーの動きをなぞるように、ナイフを弾いた手で細くなった肩を押す。
そして。
「て、っめぇ……!!」
「せ……成功した……?」
決着は、当初とは綺麗に裏返る結果として。
数瞬前まで自分が座っていたソファに、仰向けに転がる金の瞳を見下ろしながら呆然と呟いた。……まさか成功するとは。頭で描いた通りの行動が、タイムラグ無しで実現する事がこんなに痛快だとは思わなかった。オレも体を鍛えようかな。
「っ、と」
余計なことを考えて、油断した瞬間下から押し返されるのを感じて力を入れなおす。流石にここで解放すれば殺されてしまうだろう。
片手で矮躯を抑え付けながら、立ち回ったせいでずり落ちてきた眼鏡を調整する。ついでに目に入った、今日は散々な目に合わされている可哀相なナイフを拾えば、呼応するように小さな体が強張った。
「……フリッピー?」
不思議に思って問いかけて、そして気付く。
押し倒したその顔が、絶望に眉を顰め悲痛に歪んでいることに。
何故、と、悩みかけて、
「…………」
止める。
多分フリッピーは、因果応報を知っている。己の行為が立ち返る先を知っている。スニフをからかい、同じくランピーにやり返されていた双子のように。
普段人を──オレを殺すこの人は、当然のように自分が殺される状況を思い浮かべてしまうのだろう。
それは恐らくとても優れた判断能力で。
とても寂しい諦めだった。
迷わずに、拾ったばかりのナイフを捨てた。
腕の力を抜く。
抑えを外して上体を起せば、怪訝そうに警戒する声が挙がった。
「殺さねぇのかよ」
「なんで。オレがフリッピーを殺す訳が無いよ」
言い切って、再び手を伸ばす。
今度は抑え付けるためではなく、助け起すために。
「大丈夫だよ」
なかなかこの手を取らないフリッピーに、急かすつもりは全く無いまま呼びかけた。
何の話だとばかりに、睨みつけてくる金色を真っ直ぐに見返し告げる。
「お菓子食べて、明日になったらちゃんと元通りになるらしいから」
「……ンで菓子なんざ喰うんだよ」
「『トリックおあトリートの、とりーとの方』」
「あぁ?」
「って、ランピーが」
受け売りというか、引用というか。
何もかも払拭してしまいそうな程暢気で、寛大なあの口調を思い出しながら言えば少しだけ口元が緩む。
向けられた顰め面が、驚いたように変わった。それは一瞬だけだったけど、きょとんとしたその表情は歳相応にあどけなかった。
「ち」
そして舌打ち一つ。
躊躇うように、確かめるように。
伸ばした掌に静かに載せられた指先。
小さなその手は普段の姿とは掛け離れている筈のそれは、しかしこの金の瞳の心情をぴったりに表しているようにも思えて。
「ああ、そうだ、言い忘れてたけど、」
驚かさないように、こちらも指先だけで、微かなその温もりを取り零さないように、そっと。
きゅっと、掴んだ。
「ハッピーハロウィン」
例に漏れず、一日遅れで申し訳ないが。
出来る限りの笑顔をつくりながらそう伝えれば、フリッピーは可愛らしい顔を不機嫌に歪ませて鼻を鳴らした。
【end】
書いてて気付いたけどコレぱっと見事案……
次からは尻切れのオマケ→