元拍手十一月
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
かちゃり、と。
「……凄くよく見える」
「でしょうね」
いつものスニフには少々大きすぎる、そして今日は度が合わないらしい縁付き眼鏡を自分の鼻の上に載せて、オレは呆然と呟いた。確かに朝から焦点が合い辛いなとは思っていたのだけれど。あれは身長のせいではなかったのか。
うっかりそう零すと「当たり前でしょう」と短的な返事。
「まぁあれだけ本読んでたら、ゆくゆくは目も悪くなりますよそれは」
クリアになった視界の中で、数年分大人になったスニフが言う。オレに眼鏡を貸してしまって、今はレンズも挟まない薄い青を細めて顰め面なのは、機嫌が悪いからではなく単に視力の問題らしい。唯でさえ目が見えないとのたまっていたスニッフルズだ。矯正器具まで外してしまって、その視界はさらに悪くなっていることだろう。が、
「そのまま掛けてて良いですよ、それ」
度がキツ過ぎないなら。
「……良いの?スニフは」
「どっちにしろ見えませんし、良いですよ、もう」
と、溜息を吐く。
こう、変なところで諦めが良いのは見た目は変われどいつも通りだ。
「じゃあ」
そんな少年を、今は青年を──
「有難く借りる事にする」
「どうぞ遠慮なく」
「それから、」
──溜息を零していたその顔を挙げて、全く逆方向に向って許可をだすスニッフルズを横目に身ながら、改めてかちゃりと眼鏡の蔓を調節する。
「そっちには誰もいない」
指摘した瞬間、水色の髪のしたり顔は固まった。
それはもう、ぴしり、と音が聞こえてくるような見事な一時停止だった。そして恐らくは癖で、眼鏡のズレを治すような手付きを顔の上で空振りさせる。いやもう、本当に今スニフの視界はどれほど悪いのだろう。当の本人は、そんな自分の失態に、犯した後で気付きうぐっと眉間に皴を寄せる。その頬は羞恥からか僅かに赤い。
そんなスニフッルズを見て、今度はオレが溜息を吐く。
「いつまでもこのままって訳には、行かなくなったな」
「はい?」
「困るだろ」
そのままだと。と、スニフの顔を、目を指し示す。
その仕草すら満足に見えていないのか首をかしげているがこれ本当に眼鏡返さなくて良いのか?
男になろうが耳と尻尾が生えようが、女になろうが歳をとろうが。
自分に出来る事はないだろうと割り切っていたわけだが、こう実害が出てしまえばそうは行かない。まぁこの街の特性上、明日になったら全て元通りになっていそうなものだが、逆に考えると戻らなかったとき悲惨である。何せ事は超常現象である。なにが起こるものか予想もつかない。
何せ原因すら分っていないのだから。
そう、説明した瞬間、
「あれえ気付いてなかったのぉ?」
飛んできた素っ頓狂な声。
振り返った先には、勿論、予想通りにランピーが居るのだが。
「……何してるのランピー」
「何やってるんですか?」
予想と違うのはその様相である。
見えていないスニフがオレの背中をつっついた。それに答えようと、よく見えるようになった目を向ける。
「シフティとリフティを両脇に抱えてシフの帽子被ってる」
「えっへへー、似合うぅ?」
「はぁなせっつーの!!」
「つか返せマヌケ野郎!」
抱えてといっても、女の細腕である。抱え上げている訳ではない。二人の両足は、四本とも床に着いていた。ただその首はしっかりと固定されて身動きがとり難そうではあったが。
「いまは野郎じゃないもーんっ、言ったでしょ、女の子だってぇ!」
例えるならば、片手チョークスリーパーみたいに。
「オンナノコにくっつかれてるんだから喜ぼぉうよーう」
「よろこべるかっつーの!!」
「所詮お前だろーがナカミは!!」
「中身が違えば嬉しいんですね」
歌うように節を付けて言うランピーに、がなり立てる双子に、冷静なツッコミを入れるスニフに、だがしかしオレはその全員に待ったを掛けた。
「いや、そんなことより」
さっきランピーは気付いていなかったのかと問うたけれど。それはつまり、ランピーにはこの超常現象の要因が分っているのだろうか。
「なんで?」
「んん?だってイチちゃんそーいうの得意じゃない?推理っていうの?論理っていうの?」
「……そっちじゃなくて」
「んああ、なんでこんななってるかぁ、って、ことっ?」
白衣に覆われた長い両手をバッと広げて、へらりと笑う。それによって解放された双子がそれぞれ大慌てでオレの方へ駆けて来た。慣例どおり左右にバラけて、しかも今日はオレの体もそこそこ面積を広くしているので半ばその背中に隠れるように、人を盾にして立て篭もる。
そんな二人と、そしてオレを見て、咄嗟に巻き込まれないように数歩距離をとったスニフに目配せをして。ランピーは漸く口を開いた。
「じゃ、まず聞いておきたいんだけどさぁ?もしかして昨日、昼間のうちに死んじゃったんじゃないっ?三人とも」
開口一番とんでもない質問である。
まあオレ達住人にとって、死ぬ事は日常では有るが。
そして確かに、
「……うん。というか、昼になる前に死んだ」
天を仰いで考え込む必要もなく。先日血に沈んだ事は記憶に新しい。
因みに何も言わない双子もまた動揺らしい。しかも一瞬、二人してそっくりの罰の悪そうな顔をしたところを見ると、双子もまた碌な死に方をしていないに違いない。多分、盗みに失敗でもしたのだろう。それだけで死んでしまうのがこの街である。
「だよねぇ」
すると、まるで初めからわかっていたことのように、鹿爪らしくランピーは頷いた。
「僕もうっかり死んじゃんってねーぇ、夕方までは生きてたんだけどさぁ、惜しいよねぇ?」
「惜しい?」
「オイ、さっきからなんなんだよ?死んだら何なんだっつーの」
「ハッ、夜に何があったってんだよ、なあ?」
疑問を呈したオレに追従するように双子がステレオで不足を漏らす。
両耳でそれらを聞きながら、オレは残るスニフに目をやった。見えないまでも視線は感じるらしく、そのアイコンタクトはスニッフルズに無事届く。
「僕も言われるまで気が付かなかったんですけど……ぅ」
そしてまたしても存在しない眼鏡のズレを直したスニフが呻いたのを見てふっと笑いながら白衣の女医はまるで小さな子供に常識を刷り込むかのように、出来の悪い生徒に数式を教えるかのように、当たり前のことを諭すかのように言った。
「だってさっ、昨日の夜は──」
超常現象の、その原因を。
「──ハロウィンだよ?」
次の瞬間、バゴンっと不穏な音と共にドアが開いた。
→