元拍手十月
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「ふぅん、それでうちに来たのっ?」
「うん、ッく、……止まらなくて。──ヒックっ」
面白がるように、というか多分実際に面白がっているのだろうが長身を屈めて覗き込んでくるへらりとした笑い顔。
玄関口にランピーが現れたのは予想外だったのだが、改めて考えてみれば運が良いのかもしれない。何せ、一応現役医師である。
「んんー、ビックリできないなら息とめてみるのとかはどお?アレけっこー効くようっ?」
「ああ、……ック!もうやってみた。ラッセルに、ッ、教えてもらって」
散々協力してもらったその名を出せば、「さぁすが、元かいぞくー!」と手放しで持ち上げるような事を言っておいて「でも止まってないんならイミないねぇ」と容赦なく落としていくランピーだった。本人には聞かせられないというか、あまり聞かせたくない感想である。
「まっ、こんなトコで喋ってても仕方ないよねー、ささっ、あがってー」
「…………えっと」
やがてそう言ってにこにこと、ランピーは意気揚々と笑顔を振り撒き始めた。しかしオレはが二言返事で返さず言いよどんでしまう。当然ながら訳があり、それはさっきも述べた通り、玄関口にランピーが出てきた事が意外だったからであり、そして何故意外だったのかといえば──、
「……初めから言おうと思ってはいましたが」
突然、今まさに思い浮かべた人物の声が家の奥から飛んできた。
その小さくも凛と通る声に、オレはそのまま固まりランピーは思わず室内を振り仰ぐ。
そして、とどめはいつもの、白杖の音。
「ここは私の家です」
ランピーがまるで自分の物かのように振舞うこの家の、本来の所有者たるモールさんは半ば呆れるようにそう言った。
◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇
「随分試したんですね」
「それだけやって止まんないのも珍しいよねぇ」
「驚くと、っていうのは、ひっく!う。……何度か試したんだけど上手く驚けなくて」
上手く驚けないとは自分で言っておいて中々愉快になってくる言い回しではある。案の定ランピーは「あっはー!やっぱり驚くの下手なのっ?」と口元を抑えていながら器用にも噴き出していた。そして次の瞬間「目障りです」と氷の一言が飛ぶ。
「で、でも困ったねえー、ソレが一番効くと思うんだけどー」
いくらモールさんの語感が鋭かろうと、言葉だけで怪我をする訳はない。ないのだが、ランピーは本当に痛みを感じたかのようにどもりながら話題を修正した。
……さっきオレたちの座っているテーブルの足元から、人知れず鈍い打撃音が聞こえたような気がしたが多分気のせいだろう。
「……医者の隣で言うべき事かは知りませんが、確か深呼吸と耳栓は医学的に根拠のある方法では?」
「えっ、あ!そーだったかもっ、モールってば物知りぃー」
「医師協会は何故未だにお前から免許を回収していないのでしょうね」
「なんでだろうねぇ?僕もたまにソレ思うー」
「…………」
早急に公的機関に連絡すべきかもしれない、と二人の会話を聞きながら思うもののそういえばランピーは警察も兼業していた気がする。行政の闇は深い。
因みにモールさんの教えてくれた方法だが、実はそれらも既に実証済みである。コップの水を逆から飲んだり、なすびの色を聞かれたり、その辺りの俗説は大体喫茶店で済ませてきた。まぁその実験達の成果は見られず、変化といえば終盤に近付くにつれて顔色を悪くしていくフレイキーを宥めすかして家に帰すだけに終わったのだけれど。
「んんんー、あっ、砂糖水飲むとさぁ治るとかさぁ流行んなかった?」
「砂糖水?……ひっく」
横から突き刺さる呆れの篭った冷たい視線にも驚くほど屈さず、拳を額に宛てて大人しく思案していたランピーが突然指をパチンと鳴らす、が、砂糖水?
「ッく、聞いた事、っ、無いけど……」
「えぇー、じぇねれーしょんぎゃっぷってやつかなぁ?」
それは違うと思う。
「やっぱり驚くのが一番だと思うけどねー」と繰り返しながら、警察官兼医者は苦笑した。
「でもこーなったら手当たりしだいやってみるしかないじゃないっ?」
「まぁ、ひっく。確かに」
最初に会話を阻害されてからかれこれ何時間が経ったのか。
初めのうちは然程気にしていなかったどころか、新鮮な体験を少々楽しんですらいたのだが。
「そろそろ、つらい」
吐き出そうとした溜息すら、肩が揺れてまともに出来ない。というかこういう事が度々あるせいで胃に空気が溜まっていくのが地味に苦しい。しかも決定的な苦痛とはなりえないそれらは、なんというか、絞まってくる真綿だった。
そう若干辟易していれば、がたん、とオレの正面で椅子が鳴る。
「砂糖水ですか」
言いながら立ち上がったのは当然、モールさんだった。
怪訝に思ってその顔を見上げると、サングラスの被さる瞳は不思議とこちらを見返してくる。
「試してみても損は無いでしょう」
言い訳の様な言葉を残し、危なげなくダイニングから退室したモールさんは多分、本当に砂糖水を用意しに行ってくれたらしい。
「えぇー、珍しー……」
いつになく行動的な保護者をキッチンへと見送れば、こちらもいつになく目を見開いたランピーが愕然と呟くのが目に入る。
良い加減口を開くのが億劫になってきたので目顔で何のことかと訊ねれば、医者は可動式の人形のように、首を実に無造作に横に傾げる。
「モールが、僕の提案にノるなんてめっずらしぃー、って!」
しかも皮肉も無しにぃ!
先のものより二周りほど音量の上がった返答に、ヒック、と喉が鳴るのに任せながら暫く思い起こした結果、
「……それは確かに、そうかも」
「えっ、そこ認めちゃうんだ!?」
自分で言って置いて。
するとそこに、折角無かった筈の皮肉が降った。
「不足があるのなら普段から賛同されるような言動を試みては如何ですか」
「辛辣!!」
いや、正論だと思うのだけど。
いつの間にやら戻ってきていたモールさんはランピーに抗議されながらも流れ作業でオレにグラスを渡した。
「どうぞ」
受け取ったのは、恐らくわざわざ作ってきてくれた砂糖水だろう。少しだけ青色掛かった切子のグラスに、透明な水が揺れた。
ただの砂糖水を入れるだけでは勿体無いな、ときらきら光を反射するそれに少し見惚れる。
そして保護者と主治医の相変わらずな応酬をBGMに、グラスを口に運んで、その液体を舌に乗せた、次の瞬間──
「……っんう!?」
思わぬ衝撃に慌てて口を塞いだ。
咄嗟にグラスを離したので、流れ込んで来たそれはごく微量だったのだが混乱して困惑して目一杯持て余す。
「えっ、なにっ?」
どうにかその水を喉へ滑り落とした時、ただ事では無い反応に驚いたらしいランピーが声を挙げ、オレの手からグラスを掻っ攫う。そのまま同じく口へ運ぶのだが、その動作には余りにも躊躇いが無さ過ぎた。
だからオレは、忠告しそびれる。
それを飲むのは止めた方が良いと。
少なくとも甘い砂糖水だと思って飲むのはお勧めしない、と。
だってそのコップの中身は。
「ぶっ、ぁ、辛ッ!!なにこれかっら!!?」
そう、塩水だった。
麦茶と麺つゆを間違えて飲んだ事のある人になら今のオレたちの心情を正しく理解できると思う。
オレにとってモールさんは絶対的に信用できる人物である。そんな保護者から手渡されたグラスの中身に、未だに混乱から抜け切らずに居れば、奇声とも悲鳴とも名状しがたい呻き声をあげるランピーと目が合った。
そして次に二人して視線をやるのは、当然、海水もかくはあらんとばかりに濃度の高い食塩水の作り手。
「『やっぱり驚かせるのが一番』なのでしょう?」
何事も無かったかのように、涼しい顔で席に着いているその人はいつぞやの医者の台詞を取り上げ真っ直ぐにオレを見た。
視力の無いはずのその目はいつもながら怖い程正確にオレの視線を捉えて、射抜く。
そしてモールさんは、嫣然と笑った。
「吃驚、しました?」
それは、もう。
(あ。本当だ止まった)
(そうですか)
(えぇっ!嘘でしょ!!?)
【end?】
→おまけ