元拍手一月
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かこぉんッ、と、甲高いのに鈍い音と共に、ガラスコップの底がテーブルに着く。
「……ん?」
「イチちゃん?」
ランピーとラッセル、不良医師と元海賊はその目立つ音に会話を中断し、顔を上げる。
そして目に入ったのはついたった今までハイペースでコップを空け続けていた黒尽くめの子供。
その少女……イチが、唐突に予備動作なく、まさにすくっと立ち上がった瞬間だった。
何の予告もなく、手洗いに行こうという雰囲気でもない。ただ棒立ちに、押し黙って俯いている。その謎の迫力に大の男二人は何の行動も出来ずに呆然と小柄な体躯を見つめていた。
やがてその、一瞬とも一時間とも感じられる間の後に、引き結ばれていた小さな口はそっと、開いた。
「……──アセトアルデヒド」
「うんっ?」「はぁ!?」
動揺の悲鳴は殆ど同時に挙がった。
耳慣れない単語にラッセルはまず自分の酔いを確かめたし、ランピーは流石に酒瓶を置いた。
が、イチはそんな反応を意にも返さず、俯いていた頭を起こす。
その顔色は、いつもと全く変わらず白いまま。
唇だけがわずかに赤いが、続けてそこから飛び出してきたのは、
「アセトアルデヒドっていうのは、アルデヒドの一種で、他に酢酸アルデヒドとか、エチルアルデヒドとか言われたりする、の。植物の正常な代謝過程で産生されて、果物とかにいっぱい入ってる……人の体ではエタノールの酸化で生成されて、二日酔いの原因だと見なされている。だから、あせどあるでひどを分解したらいいんだよ、二日酔いにならない」
「待て待て待て待て!何の呪文だ!」
「ちなみに化学式はこう」
「わぁーあってるぅー……」
つらつらと、ずらずらと、澱みなく吐かれる言葉の羅列。
少々呂律が怪しい節もあるが、カンニングペーパーでも読み上げるようにとある有機化合物の説明を暗唱するイチ。あまつさえコップの結露を利用してテーブルクロスに組成式を書き上げた。しかも理系人間のお墨付きである。
「わーあってるー、じゃ、ねぇよ!どうしたこいついきなり!」
「だってあってるんだもんっ!ちょ、落ち着きなよラッセル……イチちゃんホントどうしたの?酔っ払っちゃったの?」
「酔ってないよ」
思わずつられて立ち上がった二人、そのうち元主治医の方を真正面から見つめてイチは言う。
確かに、声音も意識もしっかりしているし、あとちゃんと自立もしている。
かなり下方にある黒い頭を見ながらランピーは悩むが、ひとたびその口が開けば出てくるのは普段とは程遠い饒舌。少女はまたしてもぱかりとその口内を晒した。
「酔っ払うっていうのは、泥酔して正常動作を行えなくなること……軽度のアルコール依存症、急性アルコール中毒。 エタノールの長期摂取で発症する薬物依存しょ──」
「分かった、わかったからちょっとソレこっち貸せ」
何だか知らないが酒の席でアル中の講義なんてものは聴きたくない。
それこそ本当に呪文かもしくはお経のように同一のテンションを保って喋り続けようとするイチに、ラッセルは待ったを掛ける。そしてそれは殆ど直感だったのだが──この子供にこれ以上酒を入れてはいけない。そう判じて近くの酒瓶を回収していく。
黒衣の少女はと言えば、離されていくアルコールには未練もないようで、何の感慨も持ち合わせない視線を向けていた。が、しかし、
「……イチちゃん?」
取り敢えず床にでも転がしておこうと、元海賊が背中を向けた。
それこそを狙っていたかのように、その瞬間を待ち望んでいたかのように。
その小さな身体はバネ仕掛けのおもちゃの様に動いた。
具体的には、徐にソファの上に乗っていつもより高い立ち位置を利用して、さながら背後霊の様に、
──ラッセルの背中に飛びついた。
(ぉわあっ!?)
(あーらまっ)