その6
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【story of addition -6】
891:本当にやらかしてやると誓った名無し
もうついていけない……(白目)
不意にバチッ、という音と共に不気味と瞬く頭上の白熱灯。
呼応するように背後で蠢く気配が段々と大きくなっているのは、恐らくスレッドの向こう側で何かが起こりつつあるのだろう……あるいは、この不穏なゲームそれ自体のリミットが近いのか。
すん、と鼻につく饐えた臭い。
何か良くないモノが腐って澱んで混ざった徹底的なまでの悪臭。駄目になった味噌汁に似た、生ゴミのような刺激臭。
それらから逃れたくて、ともすれば忘れる呼吸を意識して繰り返しながら
どこまでも伸びるこの廊下を歩き続けていても、出口が見つからない事には最初の踏み出しで容易に気付けた。だが立ち止まるわけには行かない。背後に迫る
これは言うなれば風評被害のようなもの。
薄暗い廊下、もとより引き寄せ体質の器、繋がってしまったスレッド。
ここまで条件が揃って何も起きない訳がない。当然そうあって然るべきだとでも言いたげに、オカルティックな何かが、初めはひっそりと発生した筈だ。
しかし本来ならば……特にこの腹立たしい同行人の前ならばすぐに胡散霧消してしまうような代物である。それらが、空間が捩れたせいで拗れに拗れた結果がこれだ。先に言った通りスプレンディドは無意識に、大小構わず怪異を吹き飛ばす。それがこの閉ざされた空間では裏目に出たらしい。飛ばされた小さな怪異はこの捩れた廊下から出ること叶わず跳ね返されて、元の場所へと戻される。しかしその頃には阿呆会長のせいで空いたそのスペースには別の思念が篭って結果それらと同着してしまう。あとはその繰り返し。跳ね返されて跳ね返されて、その度に同機して同機して……出来上がったものがこちらになりますとは洒落にもならない。
「……要はやっぱりてめぇのせいじゃねえかクソが!」
一定の運びで歩みを進めていた金の瞳は説明を終えてそう吐き捨てる。「ねぇ覚醒くん、結局今なにが起こっているんだい?」とか何とか今更も過ぎる戯けた質問に、状況整理を兼ねて答える気になってしまった数分前の自分を縊り殺したい。
「成程、ヒーローとは辛い立場だね!!」
「てめぇに吸収される酸素は可哀相だな」
度を越した話の通じなさに、がなる胆力も失せていく。皮肉を寄越された青年は、その意図を全く汲む気も無いように、いつも通りの溌剌とした笑顔だが。
「ふむ、いや僕が訊きたいのはつまり……ランピーの家に居るのは『ぬいぐるみ』だろう?つまりはゲームでいうところの、鬼だね!そして僕の後ろに居るのは……風評被害、だったかな?二次災害のようなものなのだろう?」
「うっせェ知るか」
「合っているようで何よりだよ!では、やはり……わからないのは」
続いた声が少し固い。
気付いた同行人が振り返るように伺えば、青い瞳と目が合った。
「イチくんと双子の元に訪れた女性というのは一体誰だ?」
「……女?」
なんだそれは聞いてねえ。
目の前の男と対峙する不快も一時忘れて、フリッピーは沸いた疑問に眉を顰める。
「もしかして君、スレッドの……ろぐを遡っていなかったのかい?」
「ちょっと黙れ」
重ね重ね向っ腹の立つことに、元生徒会長の認識は概ね正しい。当事者はあの鈍感野郎。元凶がぬいぐるみ。その他は派生した有象無象……あの抹香臭い子供と双子の現状も、てっきり自分たちと似た様なものだとばかり思い込んでいたのだが。
「黙って答えろ」
「はは、無茶を言うね?しかしヒーローとしては要望に応えたいところではある……少し待っていてくれテレパシーというものをすぐ習得し、!!」
「気ッ色悪ぃこと言ってねえでさっさと話せこの阿呆、ッ、が!?」
思わず拳を握り込み、すぐ傍の白い壁を殴ろうとしたその瞬間。
バチィィッと類を見ない音。大袈裟に点滅する蛍光灯。途切れる視覚。
時間にして数十秒。
感覚にして……どれくらいか。無かったかのように去ったとはいえ、一瞬確かに、これ以上無い暗闇が訪れた。そして灯りが戻った時、
「……これは、ひょとしてまずい状況かな?」
辺りの風景は一変していた。
いや、長い廊下に並ぶドア、不安定な明かりは何一つかわっていない……青白く続いていたコンクリートの壁が、不気味な染みの滲む木工に変わっていること以外は。
「……クソが」
今にも崩れそうな床。
腐ったような色味の、古びた廊下がギシリと響く。閉じ込められるどころか、もう一段階深く異界へ潜ってしまった。蛍光灯はこの予兆だったのか……この分では、いつまで電波が通るかどうか。
「そういえば知っているかい覚醒くん。この学生寮、10年ほど前に立て替えられるまで木造だったらしい……もっとも火事で焼け落ちたらしいのだけれどね」
「ぁあ、さすが糞会長クソッタレな情報を寄越すな」
険しい顔をしてフリッピーは背後を、状況がわかっているのか居ないのか、スプレンディドは目新しい玩具でも見るかのような暢気さで辺りを検分する。
「しかしながら、まぁ、これでは」
そしてその、どこか面白がっているようにも取れる青い声は、妙に攪拌し辺りに響いた。
「到着時間は格段に延びてしまいそうだね」
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