その2
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【story of addition - 2】
393:井知
鈍感ぜったいそこから出ないで
その動画、ただドアが揺れてるだけじゃない
そとから何度も、何度も何度も何度も、叩かれてる
打ち込むなり、殆ど叩きつけるようにエンターキーを押しメッセージを送信した。直後、イチの隣から悲鳴があがる。
「っぎゃああああなんだこれふっざけんな声えええええ!!!!」
同時に、ポンッと場違いに明るい音が鳴る。
それは動画を視聴していたリフティが、耐え切れずにイヤホンジャックを引き抜いたが為のPC音。途端に響く、スピーカーからの喧騒。
ドアが揺れたなどと可愛らしい表現で済まされるようなものではない。ダンダンダンダン!!!!と、明らかに作為的な殴打、蹴りつけるような音、そして、
『あけて』
さっきも聞いた、女の声。
「っ、ひ!な、にすんだ馬鹿おとうと音消せよおお!!!」
「うるせぇよあにきは声に聴こえねえんだろズリぃんだよおお!!!」
「うっせえノイズだけでも十分こッ、わかねえけど不快だから消せえ!!」
息を揃えた様に両側からしがみついてくる双子を往なして、しかし少女は何故か黙って音量を上げた。
二人はその暴挙にステレオでそっくり同じ抗議をあげるが、やや遅い。
『あけて』
『あけて』
『あけて』
ドアへの打撃音をBGMに、ひたすら繰り返される女の声。
リフティは、それを泣きそうな顔で聞いていた。イチも同じく聴こえるこれが、兄には分らないらしい。ただテレビの砂嵐のような異音がするのだと。
『あけて』
『あけて』
『あけて』
『あけて』
淡々と、大きいような小さいような、認識が意図せずあやふやになる声で女は唱える。
恐らくは動画の、クローゼットに隠れるあの先輩に向けて。
『あけて』
『あけて』『あけて』
『あけて』『あけて』『あけて』
『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』
イチは無言のまま、さらに音量を上げた。
今にも耳を塞ぎこみそうな弟と違い、女の声が聴こえないシフティには、そんな異音よりもドアを叩く音の方が不気味に響いた。
カチカチとマウスがなる度に大きくなる騒音に、まるで自分たちの部屋が叩かれているかのような錯覚を起こし思わず背後を振り返る。
扉は沈黙していた。
──今は、まだ。
「オイ、イチ、なにやってんだよ!?」
妙な妄想に背筋を寒くさせれば弟が叫ぶ。
半泣きの情けない顔で喚いているが、普段とは打って変わってイチは大した反応を見せない。何かに集中するかのようにすっと目を伏せたままパソコン画面を睨みつけ、一言、呟く。
「静かに」
そしてスピーカーからは、シフティにはノイズにしか聴こえない音が──
『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』『あけて』
『あけろ』
──ブツン、と。
暗転する画面に映った俺と弟の顔は憎たらしい程に同一で、真っ青だった。
「おい……、動画、終わったぞ、おい」
「い、イチ、おまえ、なんでそんな……ま、まさか、頭おかしくなったんじゃ、」
恐る恐る、と言った体で、双子が両側から言葉を掛ける。
が、いつもの黒いパーカー姿で、未だPCを見つめる少女はどこか思案げにぽそりと、問う。
「聴こえた?」
殆ど独り言に近い声量ではあったが。
次の瞬間、それを掻き消すようにリフティの鬱憤が爆発した。
「き、っこえたじゃねーよ!!最初からずーっと聴こえてただろうが!!こっえええよもおおお!!!」
「『脚が』って」
「は?」
「た、ただでさえ怖いのにお前まで怖いことすんじゃねーよばかああああああ!!!!」
「ちょリフ黙れ!!」
完全にパニックに陥っている弟の襟首を掴んで引き倒し、シフティはイチに向き直った。
大丈夫、俺はまだ大丈夫。馬鹿弟より幾分マシだ。
気分を落ち着けようと彷徨わせた視線の中に、食いかけの菓子が入って寧ろ苛立ちが込み上げた。さっきまで普通に平和だった筈なのに。どうしてこうなった。あの薄鈍野郎こんど財布空にしてやる。
「は、ハッ、で?お前は何が聴こえたんだよ?」
「声震えてるよシフティ」
「い、いーから言えって!!」
「……『脚が』って」
イチは。
こいつは確か寺の養子で。
オカルトなことを言ってもそんなに違和感も猜疑心も沸かなくて……でも滅多に非科学的な事は言わないから。
そんなやつが話す心霊現象は死にたくなるほど信憑性が高くて、だからいつも俺も弟も泣きたくなるのだ。
「最初は聴こえなかったんだ。でも二回目、スピーカーから聞いたとき、聴こえた。『あし、足、脚が』って、催促の合間にずっと言ってる。同じ女の人の声だ」
「ぐ、っ!」
予想を超えてえげつない返答に、喉までせり上げた悲鳴をどうにか飲み込む。利き腕に重みを感じると思ったら愚弟がしがみついていた。普段なら蹴り飛ばすところだが今は勘弁してやろう。別に俺も人肌が恋しいからとかそういうんじゃねーから。
見下ろしたついでに、「お前は聞こえたのか」と目線で問えば、リフティは怯えるように首を横に振る。そして情けない声で口を開いた。
「なぁヤベーよ、これ」
分りやすい音の上げ方に、今度こそはイチも顔を向ける。
「なんか、わっかんねーけどぜってえヤバい、俺、もうやだぜ、こんなん……」
「ッんなことは、言われなくても分かってるっつの!!」
怒鳴った瞬間、がたり、と窓枠が鳴った。
また何か聴こえたのかリフティが「ひっ!」と耳を塞ぐ。俺は……ガラス越しに何か見えた気がして慌てて目を逸らす。見間違いだ。あれはただの風だ。じゃないと……困るんだよ!
胸中で吐き捨てた瞬間、はっと閃いた。
まだ愚図っている弟を放り出し、パソコンの電源を落とそうと腕を伸ばした。スレから居なくなれば良い。そうすれば、きっと、
「駄目だ」
「っんでだよ、ジャマすんなよ!」
ぱし、と手首を掴んで、シフティを止めたのはイチだった。
「多分、今抜けても逃げられない。一緒だ。それに……ランピーを放っておけない」
「知らねーよそんなん!一か八かやるっきゃねーじゃんかリフも限界なの見りゃわかんだろーが!!」
「だからこそ。中途半端でやめたらこっちが憑かれる」
制止を振り払うように叫ぶシフティに、イチは冷静な固い声で、故に退け難い声で応じる。
『憑かれる』、という言葉に怯んだ友人を見逃さず、「落ち着いて、頼む」とPCの前に陣取った。
そのあまりにも平然としたその調子は、返ってシフティの不安を煽る。馬鹿弟は馬鹿だし、こいつもこんなんだし、だって、そんな自分だけ置いていかれたような気分に、なる。
「っ、お前怖くねーのかよ!」
「怖いよ」
感情の遣り所を見つけられずに、八つ当たって薄い肩を掴めば、平然と返ってくる答え。
「嘘付け!!」
「嘘じゃない」
飄々とした態度にいつも通りの涼しい声。
それはとてもじゃないが、恐怖に震える態度ではない。が、しかしイチは言う。
「このままだと、ランピーに会えなくなるかもしれない。シフティとリフティにも何か起こるかもしれない。オレだって、例えば『連れて』いかれたら、もうこちら側の大事な人には二度と会えなくなる。──だから、怖いよ」
思いもしなかった長台詞を。その肩を固定されたまま、俯きがちに、一気に募る。
「……なんっ、だそれ」
「怖いけど、……怖いから、……なんとかしないと」
やがて怯むシフティに向けて上げられた顔はいつもの無表情だったが。
「じゃなきゃずっと怖いままだ」
しかし、その瞳は確かに決意に満ちていた。
自分より、遥かに小さく細っこい悪友のそんな姿を目の当たりにし、その目とがっちり視線を合わせてしまったシフティは、やがて諦めたように手の力を緩め、
「……恐怖対象が俺らと違う」
「え、同じだろ?」
「認めねーわ……」
力尽きたようにがくりと膝をついた。
するとここにきて初めて、動揺するかのようにこちらを覗うイチにシフティは改めて溜息を吐く。なんだコイツ。や、変人だってのは知ってたけどな。この直情馬鹿め。
「どうしてもとは言わないけど、出来れば手伝ってもらえると助かる」
「……ナントカしなきゃ俺も死ぬんだろーが、死んでたまるかっつーの」
合わせてのぞき込むように、屈んだ姿勢で言うイチに、シフティは力なく毒づいた。
何で俺の周りには馬鹿しか居ねーんだろ。
そうして自称策士が、これから具体的にどうする気なのかを訊ねようとしたとき、これまで大人しかった二人目の馬鹿が騒ぎ出す。
「あ、話終わったかよ?なぁ見ろよこれ!スレ!!ヤバイのきてっぞ!!」
何事もなかったかのように平素の調子で、手元のスマートフォンを降りまわすのはリフティだがちょっと待てこいつさっきまでグロッキーになってなかったか気のせいか。
シフティのその感性は然程間違っていなかったようで、隣でイチが戸惑うように首を傾げる。
「リフティ、元気そうだね」
「馬鹿弟なに復活してんだよ!」
「バカ言うなっつーのバカ!!ばかシフもイチもなんかしゃべってっからスレに書き込んでたら……なんか落ち着いた」
「ほんっと鳥頭だなテメェ!!」
「いーからスレ見ろっつの!!」
自分の兄を引っ立てながら、つい数分前まで半泣きだったリフティが喚く。
弟の急即復帰にドン引きしながらも言に従い携帯を探し出すシフティの、その顔色がつられて少し色味を増すのを確認して、イチはほっと胸を撫で下ろした。
まあ立ち直りが早いのは、利点の一つではある、だろう。多分。リフティは昔から、大袈裟に騒ぐくせに切り替えが早い。
双子に続いて、自分もパソコンのディスプレイを覗き込みながら、イチはふと気付いて思案する。
「そういえば、かくれんぼなのに」
そしてひっそりと零した呟きは──
「なんでこの女の人、『みつけた』って、言わなかったんだ……?」
──誰にも届かず、ただ宙に浮いて消えた。
【continue?】
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