とある新聞社の午下がり2
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
例えばそこが陽の射さない真っ暗闇だとして。
普通、周囲を探る手段として人はまず耳を澄ませるだろう。しかしながら生来の盲目である男は足して触覚、加えて感覚、空気の流れまで逃さず他を知る。だがそれでも。
やはり聴覚というのはこれ以上無く別格に、視覚に変わって重要極まりない情報収集機関なのである。
「おや、失礼 」
そんな訳で某弱小新聞社の昼下がり。
業務フロアのデスクに腰掛け、淀みない動きで背後に向かって万年筆を振り抜いた盲目の男、モールは悪びれずに僅か首を傾げて呟いた。
「うん?ああ、いや構わないよ!」
対するのは片手にひしゃげたカメラを持った好青年。
「これの事かな?返すよモール!」
「どうも。すみませんね、貴方足音がしないものですから、つい」
「ふむ、させようと思えば出来るよ!」
「結構です」
珍しく適切な所作で手渡された、万年筆を受け取りながらその返答はにべもなく。
「そうかい?」
「気配と音のズレが腑に落ちませんので」
「そんなものか」
受け答えるスプレンディドも、同様に平然と赤縁眼鏡を掛け直す。各々話し相手に余韻めいた何かを残し、そして業務に戻ろうとしたその瞬間、
「え。なになに何ナニなにその会話と状況怖いんだけど!!社長こわいんだけどぉ!?」
響き渡った暫定上司の台詞は、何というか妥当な意見だったのだが。
「噛み合ってないようぅービックリするくらい言葉で殴り合ってるよぉおぉー……モールはともかくディドなんか絶ぇっ対気づいてないじゃない二人して変だからねその会話っ!!」
往々にして正論とは受け入れられ難く疎まれやすい。
管理職席でドン引きしているランピーに、赤縁眼鏡の好青年は笑顔全開のままに頭を捻って、凍つくように端整な顔の男はより冷ややかな視線を送る。
「どうしたんだい?急に大声出して」
「ほらっ!ほらぁ自覚してない!知ってた!」
「全く常々姦しいとは思っていましたが……甲高い分煩わしさが羽虫に勝るな」
「ひっ、ひっっどくない!?いつにも増して!!」
脳味噌がふわふわしている反社会人格はさておいて。ランピーは旧知の容赦なさ過ぎる言葉に目を剥いた。両手の拳を天板に、叩きつければわざとらしく泣きを零す。
「ここ会社!!僕社長!!」
思ったよりも勢いついて、掌が痛んで後悔するも迸る叫びは止まらない。ノリとテンションの転がるままに立ち上がり、最早楽しくなってきた長身は両腕振り上げ喚き散らした。
「もっと言うなら俺一般人っ!!」
「抜かしますね逸般人」
「発音!!!!」
「歩いただけで死体が積み上がる癖に。前にも言いましたが自分を普通だと思うの止めてくれませんか烏滸がましい」
「モール、ブーメランって知ってる?」
「純粋な飛去来器以外の意味を含めているのならば少し話がありますが」
「ゴメンナサイわすれてください……モール今日何でそんな絶好調なの?なんか良い事あったのぅ?二人とも誰もいないからって気ぃ抜き過ぎじゃない?」
「誰も?今日は確か他にも出勤者が居ただろう?」
「カドルスなら貴方が歪めたその鉄屑の破片に撃ち抜かれていましたよ、つい先程」
「おっと!不幸な事故だな……」
「てゆか人居るていであの言動だったのっ?なんで正体バレないのさヒーロー」
「うん?不用意に呼ばないでくれ、今僕はただのスプレンディドだからね!言うなれば一般市民というやつかな?」
「逸般市民!!!!」
「貴方はブーメランご存知なんでしたっけ?」
「拾わないで!?もぉお仕事してよおディドはまた減給するからねっ?モールも最後通告だからっ!」
「別に多少支障が出でも構わないでしょう、お前、この会社もどうせ税金対策だろう」
「嘘でしょ何で知ってるの?」
「えっ、そうだったのかい」
「……んでもよくよく考えたら系列の店で荒稼ぎしてる給料ドロボーにゆわれたくない!」
「揚菓子店では黒上げましたが」
「ドーナツ?確かに売り上げあったけど俺死んだんだけどーっ」
「経営者としての自覚が足りませんね」
「厳しくない?」
「ところでランピー社長」
「なぁにスプレン社員……ねぇさっきから気になってるんだけどそれ修理経費で落とすの?備品壊し過ぎて総務から苦情来てるよ?」
「致し方ないね!」
「何が!?」
「それよりほら、見てくれたまえ!」
「えっゴミを?」
項垂れていたランピーは青い声に頭を上げる。しかし目の前に晒されたのは可哀想な映写機ではなくやたらと安っぽい、プラスチックの赤い時計。
「5時だよ!」
「えっ、うん、そだね?……えっ?」
透明人間をぶん殴る勢いで腕を突き出すスプレンディドは劣らぬ元気の良さで眩しく笑う。その文字盤は確かに夕刻を指しているのだが。
「こういう訳だからね!僕はこれで帰らせて貰う事にするよ!」
「………えっ」
「ああ、もうそんな時間でしたか。では私も退勤しますよ」
「えっ、えっ?」
あれよあれよと言う間すら無く。
次の瞬間には揃っていなくなる部下2人。えっタイムカードちゃんと押した?モール撤退素早すぎないさっきから荷物纏めてたの日報書いた?えっ、というかそもそも。
呆気に取られすぎて暫し言葉も出ない名目代表取締役はやがて弾かれたように叫ぶ。
「ここ終業18時ぃッ!!!!!!」
がらんとしたオフィスに響いた、それを聞いている人など、まあ誰ひとりとして居なかったのだけれど。
【end】
1/1ページ