齟齬
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意識が浮上する。
夢から醒めるような気分。どれが夢だったのだろうか。いや、全部現実か。英雄と会ったランピーと会った。
意識が覚醒する。
背中が硬い。ということは家のベッドじゃない。本当に気絶しただけでまだ死んでなかったらしい。
視界が回復する。
「あ。目ぇ覚めちゃったぁ?」
何故か目の前に迫る注射針が──
「目を覚ましたならその胡散臭い薬品は不要でしょう」
──ふっとんだ。
かしゃん、と床に叩きつけられてもしぶとく割れない注射器には蛍光ピンクと蛍光グリーンがマーブル状になった液体が渦巻いている。明らかに急死に一生を得た。
「えー、だってイチちゃん倒れるしぃ、栄養剤打っといたほうがいいかなっ、て!」
「お前の言うその栄養剤がまともな栄養剤らしい効果を見せた前例があるなら今すぐここで言って御覧なさい」
「……あー……うん」
「…………」
「……えぇっと、あ!あの──」
「イチ、寝ていないそうですね」
「せめて聞いて!?」
相変わらず妙に息の合った漫才を済ませると、その人は注射器を弾き飛ばした白杖を下ろした。
「……モールさん」
起き上がってみると、それほど近くない場所にパイプ椅子がおいてあり、そこにモールさんが腰掛けている。
「自分の体調管理くらいしっかりなさい、と随分前にも言ったはずです」
そう言うと不機嫌そうにコツ、と杖を鳴らす、オレの拾い主。
見覚えがある筈である。ここ、ランピーの診療所だ。そう、いつかモールさんが拾ってくれた時、そのときもここに連れてきてくれたのは覚えている。医者だというランピーの問診を少しだけ受けて。それはまるっきり今と変わらない雑談のようでもあったけれど……そうだ、オレの、思い出せる限り一番最初の場所は。多分、ここだ。
「もぉー、だから素直に心配したって言っ、たい!痛い!モール!杖!刺さないで!?」
「おや、ランピーですか?私はてっきり大きなゴミだと思ったのですが」
「ゴミ!?てゆーか白々しいよ!?」
いつもの応酬に、はっと気付いて顔を上げると涙目の主治医は「ちゃあんと寝ないとだめだよ~寝ない子だれだおばけがくるよう?」と笑う。
その姿を見て、──なんだか息がつけた。
晴れない白い霧。誰かに会う度に起こるもやもや感。日に日に、街人と話すたびに増えていく疑問。始まりの場所への違和感。
考えなければいけないと思っていた。
それしかできないなら、せめて。
でも考えても考えても、疑問は増えていくばっかりで。
手掛かりは見つからないままで。
フリッピーには会えなくなって。
感情のコントーロールが出来なくなったり、記憶がさらに綻んだり。
自分の認識に、人格に、齟齬が出ている気がして。
それでも、身の内から競りあがる焦燥感だけが止まらなくて。
「……誰に影響されたのか知りませんが、事を急き過ぎではありませんか」
──それ すら堰き止めるような静かな声が言う。
「だよねぇ、ご飯たべられないくらい考えちゃうのはあんまり良くないよーっ?」
そうして軽い声が続いてオレの保護者は溜息を吐く。
産まれて初めて出会った二人の、その光景は、あんまりにもその時と変わりがなくて、あんまりにもいつも通りで。思わず手元のシーツを固く握り締めた。だって居心地が良すぎて、もうずっとこのまま、二度と歩き出せないような気分になったから。それでは駄目 だから、オレにはまだやらなきゃいけない事が あるから、だから。
「あ、えぇっと、そだ……ごめんねぇイチちゃん、僕このあと診察の予定があってー」
珍しくぅ、と自分で言いながら笑う医者。そうだな、だから、早く出て行かないと。
「だから、ちょっと外に出てるけどイチちゃんはもう少し眠ってから来るんだよー?」
「……えっ」
「えっ?」
続いた言葉に思わず声を上げれば釣られたようにランピーは繰り返す。
「ここに……居て、良いのか?」
「えっ、いーでしょ。ダメなの?」
えっ俺なんかまずい事いったっけ?とモールさんを振り仰ぐのだが、だって。
「……確かに養生所としての信頼は低いですが」
「えっ、ひどくなぁい?そういう事なの!?」
思わずといった体で立ち上がる白衣に慌てて口を動かした。
「いや、そう、じゃなくて。だって診察が、あるんでしょ?」
「んん?ぁーあへーきへーき!その辺でやるからぁ~」
へらりと笑ってひらひらと掌を振る。
患者が誰かも知らないが、そんなその辺に追いやる訳には行かないだろう。やっぱりオレがさっさと出て行けば良いだけの話なのだ。それにオレは、やっぱりまだ……落ち着いてしまうことが落ち着かない。
困って……同意してくれないものかとモールさんを見ればサングラスの奥の瞳は何故かゆったりと閉じられたままになっていた。
「だぁいじょぶだいじょうぶ、元気になってからまた遊びに行けば良いよ」
それは本当に軽い声で、何の解決にもなっていないしそもそもランピーはきっとオレの事情なんて斟酌せずに言っている言葉の筈なのに。
吃驚するほど、オレの足を留めた。
ぼすん、と不意にぼふっと降りて来た手によってオレの視線が床を向く。
「あっ、それともやっぱり試すぅっ?」
「イチ、出来るだけ医者には罹らないようになさい」
視界の外でまた何か不穏な音がしたけれど……それはもう、オレが布団を出る言い訳にはなり得なかった。
▼
「まぁ、何にせよ」
モールさんは右手の杖をランピーの肩口に押し付けながら言った。
「家では寝難いのなら、ソファくらい貸しますので言いなさい」
「……うん」
軽い溜息と、モールの待遇差別ぅぅ!とランピーの泣き言が響き渡る。
そして、このときは思いもよらなかったが、
オレは遠からずモールさんの言う通り、……ソファを間借りしなければならない状況に陥るのだった。
【end】
意識が浮上する。
夢から醒めるような気分。どれが夢だったのだろうか。いや、全部現実か。英雄と会ったランピーと会った。
意識が覚醒する。
背中が硬い。ということは家のベッドじゃない。本当に気絶しただけでまだ死んでなかったらしい。
視界が回復する。
「あ。目ぇ覚めちゃったぁ?」
何故か目の前に迫る注射針が──
「目を覚ましたならその胡散臭い薬品は不要でしょう」
──ふっとんだ。
かしゃん、と床に叩きつけられてもしぶとく割れない注射器には蛍光ピンクと蛍光グリーンがマーブル状になった液体が渦巻いている。明らかに急死に一生を得た。
「えー、だってイチちゃん倒れるしぃ、栄養剤打っといたほうがいいかなっ、て!」
「お前の言うその栄養剤がまともな栄養剤らしい効果を見せた前例があるなら今すぐここで言って御覧なさい」
「……あー……うん」
「…………」
「……えぇっと、あ!あの──」
「イチ、寝ていないそうですね」
「せめて聞いて!?」
相変わらず妙に息の合った漫才を済ませると、その人は注射器を弾き飛ばした白杖を下ろした。
「……モールさん」
起き上がってみると、それほど近くない場所にパイプ椅子がおいてあり、そこにモールさんが腰掛けている。
「自分の体調管理くらいしっかりなさい、と随分前にも言ったはずです」
そう言うと不機嫌そうにコツ、と杖を鳴らす、オレの拾い主。
見覚えがある筈である。ここ、ランピーの診療所だ。そう、いつかモールさんが拾ってくれた時、そのときもここに連れてきてくれたのは覚えている。医者だというランピーの問診を少しだけ受けて。それはまるっきり今と変わらない雑談のようでもあったけれど……そうだ、オレの、思い出せる限り一番最初の場所は。多分、ここだ。
「もぉー、だから素直に心配したって言っ、たい!痛い!モール!杖!刺さないで!?」
「おや、ランピーですか?私はてっきり大きなゴミだと思ったのですが」
「ゴミ!?てゆーか白々しいよ!?」
いつもの応酬に、はっと気付いて顔を上げると涙目の主治医は「ちゃあんと寝ないとだめだよ~寝ない子だれだおばけがくるよう?」と笑う。
その姿を見て、──なんだか息がつけた。
晴れない白い霧。誰かに会う度に起こるもやもや感。日に日に、街人と話すたびに増えていく疑問。始まりの場所への違和感。
考えなければいけないと思っていた。
それしかできないなら、せめて。
でも考えても考えても、疑問は増えていくばっかりで。
手掛かりは見つからないままで。
フリッピーには会えなくなって。
感情のコントーロールが出来なくなったり、記憶がさらに綻んだり。
自分の認識に、人格に、齟齬が出ている気がして。
それでも、身の内から競りあがる焦燥感だけが止まらなくて。
「……誰に影響されたのか知りませんが、事を急き過ぎではありませんか」
──
「だよねぇ、ご飯たべられないくらい考えちゃうのはあんまり良くないよーっ?」
そうして軽い声が続いてオレの保護者は溜息を吐く。
産まれて初めて出会った二人の、その光景は、あんまりにもその時と変わりがなくて、あんまりにもいつも通りで。思わず手元のシーツを固く握り締めた。だって居心地が良すぎて、もうずっとこのまま、二度と歩き出せないような気分になったから。
「あ、えぇっと、そだ……ごめんねぇイチちゃん、僕このあと診察の予定があってー」
珍しくぅ、と自分で言いながら笑う医者。そうだな、だから、早く出て行かないと。
「だから、ちょっと外に出てるけどイチちゃんはもう少し眠ってから来るんだよー?」
「……えっ」
「えっ?」
続いた言葉に思わず声を上げれば釣られたようにランピーは繰り返す。
「ここに……居て、良いのか?」
「えっ、いーでしょ。ダメなの?」
えっ俺なんかまずい事いったっけ?とモールさんを振り仰ぐのだが、だって。
「……確かに養生所としての信頼は低いですが」
「えっ、ひどくなぁい?そういう事なの!?」
思わずといった体で立ち上がる白衣に慌てて口を動かした。
「いや、そう、じゃなくて。だって診察が、あるんでしょ?」
「んん?ぁーあへーきへーき!その辺でやるからぁ~」
へらりと笑ってひらひらと掌を振る。
患者が誰かも知らないが、そんなその辺に追いやる訳には行かないだろう。やっぱりオレがさっさと出て行けば良いだけの話なのだ。それにオレは、やっぱりまだ……落ち着いてしまうことが落ち着かない。
困って……同意してくれないものかとモールさんを見ればサングラスの奥の瞳は何故かゆったりと閉じられたままになっていた。
「だぁいじょぶだいじょうぶ、元気になってからまた遊びに行けば良いよ」
それは本当に軽い声で、何の解決にもなっていないしそもそもランピーはきっとオレの事情なんて斟酌せずに言っている言葉の筈なのに。
吃驚するほど、オレの足を留めた。
ぼすん、と不意にぼふっと降りて来た手によってオレの視線が床を向く。
「あっ、それともやっぱり試すぅっ?」
「イチ、出来るだけ医者には罹らないようになさい」
視界の外でまた何か不穏な音がしたけれど……それはもう、オレが布団を出る言い訳にはなり得なかった。
▼
「まぁ、何にせよ」
モールさんは右手の杖をランピーの肩口に押し付けながら言った。
「家では寝難いのなら、ソファくらい貸しますので言いなさい」
「……うん」
軽い溜息と、モールの待遇差別ぅぅ!とランピーの泣き言が響き渡る。
そして、このときは思いもよらなかったが、
オレは遠からずモールさんの言う通り、……ソファを間借りしなければならない状況に陥るのだった。
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