祈願
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その日はとても珍しいことに、オレの家のドアがノックされた。
まずこの家に人が訪ねてくること自体が珍しい。
例外である双子は当然ノックなんてしないし、ランピーは手段を選ばずオレを外に連れ出そうとするのでドアはあまり介さない。モールさんはうちには来ない。オレがモールさんの家に行くからだ。
──だから、とんとん、と一般的な力加減でドアを叩かれた事に、オレは少しだけ戸惑ったのだった。
「ペチュニア……、ギグルス」
扉を開けてみると、最初に眼に入るのは仁王立ちをしても可愛らしいピンク色と、付き添うように微笑んで手を振る群青色。
おしゃれして連れ立った二人組みが、そしてその後ろには、
「フレイキー?」
赤い子供は陰に隠れておどおどしていたが、オレが呼ぶとぱっと顔を挙げた。
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「わ、わあぁ、きれい……!」
家の中へ招き入れれば、フレイキーは思わずといった様子で歓声を上げた。ペチュニアも、整頓しているのが気に入ったらしい。た だ、ギグルスだけがオレに非難の目を向けてきた。
「イチ、あなた本っ当にここに住んでるの?」
「……うん」
ギグルスの反応はごく一般的なものだと思う。双子に言われすぎて少し慣れてきたが、この家には物がないのだ。
ハンディがついでだと造ってくれた椅子と食卓机、ランピーが『引越し祝いー』と窓にかけた妙な色のカーテン。──本当にそれくらいしかない。
ちなみに、寝室はさらにがらんとしていて、ベッドとサイドテーブルしかない。サイドテーブルと言っても、要するに時計を載せるだけの棚……脚が付いているだけの『台』だ。テーブルとして売ればたちまち詐欺で訴えられるような代物だった。
「趣味でそうしてるならいいけど、……イチ、ご飯は食べてるんでしょうね!?」
「食べてるよ」
今日も今日とて可愛らしい衣装に身を包んだ女の子が掴みかかっては咥内を見せる。どうやらよっぽど貧乏なのだと思われたらしい。まあ、強ち間違ってはいないが。
ギグルスの剣幕にペチュニアも振り返って、困った事にギグルスに加勢し始めた。
「あら、でも前から思っていたのだけど……細いわよね、イチ。腕なんてギグと同じくらいじゃない?」
「いや、いくらなんでもそれはな、」
ペチュニアが頬に手を当て、余りにも尤もらしくそう言うので驚いて袖を捲くれば瞬間、腕をとられて、ギグルスの腕と並べられた。
どうもかまをかけられたようだ。
「……イチったらちょっと、洒落にならないじゃない」
群青色の少女は慄くように呟いた。
掴まれた右腕はギグルスと同じくらいか、まあ確かに、ひょっとしたらそれよりも細い。
若干の気まずさを覚え、言い返すも胡乱気な視線は四つに増えるばかりだ。
「……ちゃんと食べてるよ。もともとこういう体質なんだ、たぶん」
「だからって、だって、身長はあなたの方が高いのよ?」
「それは、まあ」
「今まで気がつかなかったわ、ぶかぶかじゃないこの上着!!」
ひらり、と視界の隅でスカートが舞う。
「イチ!服で膨らんでるだけであなた中身全然ないじゃない!?」
ギグルスが後ろからパーカーの腰の辺りを引っ張った。
「え、あるよ」
「あら、サイズがあってないのね?」
それは、まあ……そうだろう。
何しろ記憶喪失で着の身着のまま身一つで居たオレが、一張羅として重宝しているこの上着は……もともと保護者が部屋着として使っていたものを半ば已む無く譲って貰ったものなのだから。オレが着ると袖の余りそうなそれは、本来は七部袖らしいが。──とか、そういう事は今は言わない方が良いような気がする。察して黙れば腰元に纏わり付いている少女はともかく、いっそう微笑みを深くしたペチュニアが静かに、そしてはっきりと言った。
「ちょっと……脱いでみてくれない?」
「ぬっ、いや、それはちょっと」
「上着だけだから」
諭しながら動けないままのオレを捕まえ、袖を引っ張ってくる。なんだこれ。
「ふ、レイキー!」
助けを呼んだのだが、さっきから何故かぼんやりしていたフレイキーは当然のように間に合わなかった。
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