軍人
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「だから、それを考えるとやっぱり今の方がおかしいのかな……?」
フリッピーは不思議そうに言いながらお茶を啜った。
「もともと僕は軍人だったんだけど、あの──ベトナム戦争が始まって、最初の頃から前線にいた訳じゃないんだ。それでも戦場には派遣されて、そこでね、やっぱり……見えちゃうんだねああいうのは。死んでいく人とか、殺す人とか殺される人とか」
「…………」
「もう分かると思うけど、そういうのに、僕は耐えられなかった……弱かったんだ、とても。解かってたつもりだったんだけど、同じ肌の色の人たちが戦うのを見て、兄弟みたいな人たちが殺しあうのを見て、ああ、僕って何のために居るんだろう?って、あの人たちは何のために戦ってるんだろう?って、考え出すと止まらなくて」
取り乱しているようには見えないけれど、フリッピーは左手できゅっ、と胸のドッグタグを握っている。
「そんな時、僕たちのいたテントが襲撃された。皆驚いてたのを覚えてる。そのテントは、特に重要なところにあった訳じゃなくて、特に技術を必要とされない人の仕事場だったから。襲われるなんて、誰も思ってなかったんだ」
何の『技術』かは訊かない。それは──多分、『地雷』だ。
「もう命令系統も滅茶苦茶で……死ぬんだな、って、思った」
また、深緑の瞳は遠くを見つめる。
それは過去を見つめる目線で、オレには出来ない瞳。
「……でも死ななかった。僕だけ」
「ひとり、だけ」
「うん、生き残ったのは僕だけだ。勿論『僕』にその記憶はないんだけどね。そしたら、腕を買われて上司に異動させられちゃった。そんなもの無いのに」
緑の目は、努めて悪戯っぽく笑う。
笑わないでいいと、言うのは簡単だが、言われる方はそんなに単純じゃない。そういう事が分かるくらいにはオレは鈍くない筈だ。いや、分らないからこそ、言ってはいけない。
だから何も言わない。
例えその笑顔を見ていたくなくても。
「それでもいつでも僕だけは生き残って。それからはとんとん拍子。階級が少し上がって、僕の仕事場はどんどん前線って呼ばれてるところに近くなっていった。妙な仇名とかもついてたな、僕がいつまでたっても死なないから。その時はあんまり考えなかったけど、変な話だよね、『僕』にはなんにも状況が分かってなかったのに。知らないうちに立場が変わっちゃってるんだから」
フリッピーは舌を滑らせるためにまたお茶を飲む。オレも飲んだ。もう冷めていて、ひどく冷たい。
するとフリッピーはふっと笑った。さっきの笑顔とはまた別の笑顔だ。
「それで、ある日とうとう僕に部下がついて。二人だけだったけど、僕だって今よりもっと新参だったし異例、かな。──ちょっと変わってる人達だったよ。二人とも」
『だった』
フリッピーは今戦争の話をしていて、過去形で話すその意味。見せた、親しみの篭った笑み。
何で、戦争が終わったあともフリッピーがドッグタグをつけているのか。軍服を着ているのか。軍帽を被っているのか。
──少しだけ、合点が入った気がした。
まあ気がしただけだ。
話を聞いただけでその人の気持ちを知るなんて事は、オレには出来ない。
殆ど一気に喋り続けて、ここでようやく一区切りという風に、フリッピーはソファに少し凭れた。
「なんだか余計なことまで話しちゃってるかも。ごめんね、疲れるでしょこんな話」
「フリッピーがかまわないなら、オレはかまわない」
言い切ってお茶を飲んでいると、フリッピーは「イチちゃんは強いし優しいね」とどこか寂しげに言う。
「それで、アイツの話しに戻るけど、その二人はアイツの事も、っていうか、アイツとも知り合いだったみたい。僕はそんなこと全然知らなかったんだけどね。アイツが口止めしてたみたい」
そう言ってフリッピーははにかむように笑った。
確かに寂しげではあるけれど、何かを懐かしむような。前に話した時には何とも思わなかったのに、今は少しだけ──不謹慎だと分かっていても、羨ましくなる。過去を持っているこの人が。
「じゃあ、フリッピーがもう一人のフリッピーと会えるようになったのは」
「うん、実はこの街に来てからなんだ」
……フリッピーは、街から出た事があるだろうか。多分、ないだろう。根拠はないけれど。
ふと気づけば、フリッピーはじっとオレのことを見つめていた。
「それが病状として普通なんだとしても。それでも、ずっと何にも知らなかったんだ、僕は。アイツの事も、アイツがやった事も、二人の事も……僕はいつも自分の事でいっぱいいっぱいで、それなのに僕は、いつだって自分なんか……」
続けて何かを言い掛けて、はっと咄嗟に噤む。
ごめん、何でこんなに口が滑るんだろう、と自嘲するように言う。
それでもきっと堰き止めた何かは溢れて今更止まらなかったのだろう、逡巡するように深緑の色が揺れて、それを見咎めるように見つければやがてフリッピーは絞り出した声で零した。
「僕のことを、優しいなんていう人がいるけど、僕は弱いだけだ。凄くすごく弱くて、自分ひとりすらまともに護れない何もできない役立たずだ。それだけで、……それだけなんだ。本当に優しい人は、皆強いひとだもの」
どういうつもりでそれをオレに言ったのかは分からないけど、そこには羨望と、少しだけ卑屈な色が見えて。
多分それは、この人がこれまでどこにも吐き出せずに溜めていた言葉だったのだと、そう思った。
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