壱
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ずっと、考えるのを止めなかった事がある。
本当に俺にできることは他に何かなかったのかと。
彼女がそれを望んでいたとはいえ、その帰着を迎える以外にも、何か。
言っても仕方がないことだとは分かっている。
いつも外へと戦いに行き、俺に居場所を求めていた彼女は、もう逝ってしまったきりだ。
それでも俺はまだ考えるのを止められない。
妹が帰ってこなくなってから十年間、ずっと。
「壱ッ!」
「……っはい!」
ぼんやりとしていたところに、名前を叫ばれてはっとした。
体が跳ねたのを自覚しながら咄嗟に返事を返すと、思い出したように香ばしく慣れた香りが鼻腔を擽る。声が飛んできた方を見遣れば、中年というには歳を取りすぎ初老というにはまだ若い女性が肩を怒らせながら立っていた。彼女はこの店、パン屋の店主であり、今は二階に居たはずなのだが。
未だに思考の渦から抜け切っていない頭を必死に働かせていれば、俺の上司はますます憤慨したように眉を吊り上げる。
「お客さん!待ってらっしゃるわよ!!」
雇い主の叱咤に気づいて前を向くと、そこには幸いにも寛大な老婦人がくすくすと笑っていた。しまった。そうだ、俺、今レジを任されてたんだった。
「っあ、すみません!すぐやります!!」
いくらなんでも店番がこんな、呆けっとするにも程があるだろ……。
慌てて精算を始めると、後ろから散々苛められた。女だてらに自営の店主をやってるだけあって、この人に容赦の二文字は無い。当たり前でしょうに、と憤る彼女を、まぁまぁオカミさん、と老婦人が微笑ましく宥めた。
「いくら賢いからってこう惚けられたんじゃねぇ、パン屋じゃ何の役にも立ちゃしないよ?」
「ぅ、はい、肝に銘じておきます……」
客人はそんな掛け合いを楽しそうに見て、「いいじゃないの、働き者なんだし」と、笑いながら、結局クロワッサンを追加で二つ購入し、またね、それからおめでとう。と手を振って店内から出て行った。
俺はそれを見送りながらぱちぱちと頬を叩いた。別に眠たいわけではないのだけれど、どうしても今日は上の空になってしまう理由があるのだ。
「ま、そうなんだけどねぇ」
「え?あの、本当にすいませんでした」
もう一度謝ると、やり手の経営者は何故か呆れたような顔をする。
「野暮だねぇ、アンタが気の入らない訳は知ってんだから……もういいから、今日はあがっていいよ」
「へっ?いや、そうい訳には……」
甘えたいのは山々だが、一応は、と固辞してみれば彼女の面持ちは再び呆れを通り越し、俺の脳裏ではそのこめかみに青筋が浮かぶ光景が安々と反芻できた。ああやばい。しかし予想に反して店主の表情は柔らかかった。
ただ、怒鳴り声は健在だったが。
「アンタなんで私がここにいると思ってんだい?アンタを呼びに来たんじゃないか!」
そうやって背中をぶっ叩かれて、必要以上に鈍くなっていた俺はようやく意味を理解した。一瞬放心した後に急いで帽子を脱ぐ。
「あ、ありがとうございますお義母さん!」
「早く行ってやんな」とパン屋の店主はぶっきらぼうにいい、俺は言われなくてもそうするつもりだ。
階段へ向かえばにこやかに微笑む助産師さんとすれ違う。急いで二階に上がって、ちょっと躊躇ってから、奥の部屋のドアを叩いた。
「入るよ……」
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