1000〜1002年 レオン・ジェラール帝

「あなたに従います、だから」

「……」
 もう、多くの者が寝静まるような深夜。ジェラールは一人、執務室で書類と格闘していた。
 部屋に響くのは蝋燭がジリジリと燃える音と、ジェラールが走らせるペンの音だけ。けれどそこに、部屋が開く音と誰かの足音が聞こえてきた。ジェラールは視線を書類の方に向けたまま、来訪者へ声をかける。
「こんな夜更けになんだい、ヘクター」
「ジェラール様、いい加減に部屋で休みませんかね? みんな心配してますよ」
「これが終わったら寝るよ」
 ヘクターが呆れたような声で言う。けれどジェラールは視線は下へ向けたまま早口で言う。その姿を見て、ヘクターは一瞬舌打ちしそうになった。
「……っ、それ、昨日も聞きましたけど俺の聞き間違いですかね?」
「……どうしても今日中にやらな……あっ」
 ヘクターは半ば強引に、ジェラールの右手を掴んで手を止めさせる。すると、ようやくジェラールの視線がヘクターの視線とぶつかった。
「アンタの仕事は、今すぐ寝ることだ」
「でも、」
「でももクソもねえ。そんな目の下にクマこさえた皇帝がまともな指揮を取れるとでも?」
「……っ、それは」
「みんなアンタを心配してる。けれどアンタは『大丈夫だ』の一点張り。お堅い帝国兵の連中はそう言われたらなんにも言い返せない。アンタ、分かって言ってるよな? だからアイツら、俺に諫言してこいときたもんだ。全く、傭兵をなんだと思ってやがる」
「へ、ヘクター?」
 ジェラールが皇帝になってからはなるべく丁寧な言葉遣いをしていたヘクターだが、この時ばかりは感情の方が優ったのが、普段の砕けた言葉使いでジェラールに向かって捲し立てていた。目を白黒させてジェラールがヘクターの名前を呼んだためか、ヘクターはハッと気づいて咳払いをする。
「……あー、とにかく! ジェラール様。その仕事は明日以降に回して今日は寝てください。つーか寝ろ。その内、宮廷魔術士の二人が薬盛りに来る前に」
「アリエスとエメラルドに限ってまさかそんな……」
「二人してこないだからよく眠れる薬草を宮殿周辺で血眼になって探してましたけど?」
 ヘクターが真面目な顔でそう告げると、ジェラールは目を丸くした。どうやら嘘を言っているわけでは無さそうであるし、宮廷魔術士の二人はお互いに生真面目ゆえに加減が効かなそうであった。
「……分かった。寝よう」
「最初っからそう言えば良いんですよ」
「ところでヘクター、手を離してほ……ええっ!?」
 ヘクターはジェラールの手を掴んだまま執務室の机をひらりと飛び越える。その行動にジェラールも声をあげて驚いてしまった。そしてそのまま、流れるようにジェラールを横抱きにする。
「へ、ヘクター!? 一人で歩け……」
「無茶をしてる罰として、寝室までこれで運びますから。これからは、夜更けまで仕事をしないと約束してくださいますか?」
「……分かった。約束しよう」
「ありがとうございます。……ジェラール様、皇帝に代わりはいても貴方はこの世に一人しか居ないんですよ」
「!」
「レオン様とヴィクトール様のような想いをするのは二度とごめんですから」
「……すまない。心配を掛けた」
「こちらこそ、強引な手段とってすみません。でも、それだけアンタの……いえ、貴方のことを気にかけているって事ですよ。俺を含めたこの帝国の人間全員がね」
「……そうか。ありがとう、ヘクター」
 そうしてヘクターがジェラールを寝室まで運んでいる途中で、ジェラールから寝息が聞こえてきた。
「……ジェラール様」
 なんの因果か、優しい第二皇子はその立場のまま生きる事を許されず、皇帝という国のトップへと祀り上げられた。あのような事がなければ、今もレオンが皇帝としてあらゆる采配を振い、戦いともなれば武勇に優れたヴィクトールが先頭に立って兵を率いていただろう。
 けれど、争いが続く世界はそれを許さなかった。ジェラールは早く平和な世界が訪れるように、と日々尽力している。そして家臣たちも、ジェラールの為にと皆一丸となって働いている。
「早く誰かに皇帝継いでもらって、思う存分好きな本を日がな一日読んでほしいんですよ、俺も、みんなも」
 心優しいこの皇帝が戴いた王冠を下ろすその時まで、何があっても守り続ける。ヘクターはあどけない顔で眠るジェラールを見て決意を新たにしたのだった。

愛は刹那@お題bot@l_is_m
「あなたに従います、だから」
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