1000〜1002年 レオン・ジェラール帝

 運河要塞攻略を終え、南バレンヌを平定した皇帝ジェラール。しかしその周辺では残党が未だ跋扈し、近隣住民を悩ませていた。また、運河要塞跡地の利用法や解体作業の遅れなど、皇帝としての悩みは尽きない。七英雄クジンシーを倒し、破竹の勢いでバレンヌ帝国の嘗ての領土を回復させたことで周辺国からの目の色が明らかに変わった。書状が各地から届き、その整理にも時間が足りないくらいである。
 ジェラールと各部門を対応する大臣たち、そして皇帝近衛や懐刀たるシーフギルドの者たちは、連日連夜、その作業に追われていた。
「――では、会議を閉会とする。皆の者、ご苦労であった」
 ジェラールのその一言で、全員が一斉に立ち上がり我先にと会議室から退室していく。早く仕事を片付けたいのだろう。ジェラール自身もさっさと執務室に戻って机の上に山積みになっているであろう書類を片付けなければいけなかったが、どうにも足が動かなかった。そのまま、会議のテーブルに突っ伏してしまう。
「……もう、書類は、みたくない……」
「ふふふ、流石のジェラール様でも音をあげましたか」
 聞き慣れたソプラノに顔をあげれば、盆をもった金髪碧眼の女性、帝国猟兵のテレーズがいた。その上にはティーカップが二つ、湯気を立てている。
 上品に微笑む彼女の顔がまるで母か姉のように見えるのは、ジェラールの気のせいではないはずだ。先代、ジェラールの父レオン帝からの直臣で、ジェラールはその時から何度も彼女の優しさに救われていたのだから。
「ああ、テレーズか。すまないな、気を使わせてしまって」
「いいんですよ。私が好きでやってることですから。はい、どうぞ」
「ありがとう。いただくよ」
 テレーズからカップを受けとり、一口飲む。薬草茶の温かさと仄かな甘味が身に沁みるようだった。思わず溜め息が出てしまうほどに。
「本当にお疲れさまです、ジェラール様」
「ああ、いや……うん。そういえば、出陣の時以外、父上はいつも執務室で書類を捌いていたね」
「そうですね。だから、出陣がいい気晴らしになっていたところもあったようですよ」
「そうだったのか……」
「先代は……レオン陛下だって、今のジェラール様と同じで事務仕事には苦労されていました。今だから言いますけど、私やライーザ、エメラルドも手伝っていたことあるんですよ?」
「何? それは初耳だぞ」
「初めて言いましたから」
 ジェラールが驚いて目を丸くすれば、テレーズは悪戯が成功した子供のようにくすくす笑う。文武両道と謳われた父レオンの以外な姿に、ジェラールもつられて微笑んでいた。
「テレーズ、美味しいお茶、ありがとう。このあとの仕事も捗りそ……あれ、なんか、眠気が……」
「大丈夫ですジェラール様。後は私たちにお任せください」
「いや、でも、君たちに任せてばかり……」
「もっと任せてくださって構わないんですよ。さ、おやすみなさい」
「う……」
そして、どこか持ってきたのかテレーズはジェラールにそっと毛布を掛け、優しく背中を叩いた。ジェラールは毛布の暖かさに陥落せざるを得なかったのである。

* * *

「――はい。という訳でジェラール様に代わりまして我らで溜まった仕事を片付けようと思いまーす。異論は認めませーん」
「あんた、マジでやりやがったのか……」
「ええ、マジでやりやがりました」
 呆れたように呟いたのは男性傭兵隊長のヘクターだ。テレーズがにこりと有無を言わせない笑顔で鸚鵡返しに言えば、彼は天を仰ぎ、その隣にいた女性傭兵隊長のアンドロマケーに肘鉄を食らっていた。
 ジェラールの執務室には各帝国兵の隊長たちが揃っていた。テレーズを始め、同じ帝国猟兵の男性隊長であるヘンリー、帝国重装歩兵のベア。帝国軽装歩兵男性隊長のジェイムズと女性隊長のライーザ。宮廷魔術士男性隊長のアリエスと女性隊長のエメラルド。術法研究所常駐のレグルスとローズ、シティシーフのキャットとスパローまでもいる。ここまで揃うと圧巻である。
「……やるのは書類だけじゃないんだろう、テレーズ」
「もちろん。なんのために全員呼び出したと思ってるの。この机に溜まってる書類の他、運河要塞周囲にいる残党狩り及び害為すモンスター討伐、周辺各国の調査だってあるわ。各々得手不得手あるでしょう。得意分野で片付けていただきますからご安心を。あ、あと竜の穴の皆様には引き続き要塞の解体作業に協力していただいています」
 ジェイムズが尋ねればテレーズは淀みなく答えつつ全員に今回の業務を纏めた紙を配りはじめた。既に誰がどの作業を行うのか割り振られている。
 残党狩り及びモンスター討伐第一部隊、隊長はベア、隊員にヘクター、レグルス、ライーザ、格闘家のカール。第二部隊に隊長がジェイムズ、アンドロマケー、アリエス、ヘンリー、ローズ。周辺各国の調査にキャットとスパロー。書類及び雑務処理にテレーズ、エメラルド……となっている。
「ほう、この采配は……ジェラール陛下ですかな」
「はい。フリーメイジの皆様を使うのは、と悩んでおいででしたが……やっていただけますね、レグルスさん」
「勿論だとも。まだまだ若い者には負けんよ。期待以上の働きをしてみよう」
「じーさん、張り切りすぎてぎっくり腰とかやめてくれよ。担ぐのはごめんだぜ」
「はっはっは。善処しよう」
 フリーメイジのレグルスが書かれている名前を見ながら呟く。彼は残党及びモンスター狩りの一員になっていた。回復・保護術である水と土術に特化している為であろう。同じ討伐隊に所属しているヘクターからツッコミが入るが気にしていないところが彼らしい。
「あら、格闘家もこっちに協力してくれるのね」
「ニーベルの村に近づく怪しい人間がいるっていう報告があったのよ」
「なるほどねえ」
 ライーザがテレーズに近寄り紙を見ながら尋ねればその理由に大きく頷いた。あの格闘家集団に喧嘩を売るとはいい度胸ねぇ、と呆れと賞賛を含みながら。それに同意するようにヘンリーも口を挟んだ。
「元々、あの地域は彼らの土地だ。向こうの方が地の利がある」
「ふふふ、腕が鳴るねぇ。久しぶりに楽しめそうだ」
 そして指をポキポキと鳴らして意気込むのは女だてら傭兵で生計をたてているアンドロマケーだ。戦場で生きてきた彼女にとって、今回の出陣は正に渡りに船といったところだろう。
「若いのは元気ねぇ~。アリエスも若いんだからもっと元気にいきましょ?」
「えっ!? あ、あの、僕は術士で後方支援メインですし……」
 その後ろで楽しそうにころころと笑うのはフリーメイジのローズだ。隣に立つ宮廷魔術士のアリエスに無茶振りしてその反応を楽しんでいるようにしか見えない。
「あたしとスパローはやっぱりそうなるよねぇ」
「あなた方のお陰で運河要塞を首尾よく解放できたのだもの。ジェラール様も期待しているわ」
「ありがと。ま、あたしは皇帝さんに借りがあるからね~」
「あのタコ退治やってもらったし、シーフギルドが皇帝公認になったからな。上手くやって、もっと資金を回してもらおうか」
 得意気な顔をしてキャットとスパローのシーフコンビが言う。彼等の協力を得たことで、余分な兵力を割かずにあっさりと運河要塞に攻め込むことができたのだ。これから帝国を発展させるためにも、彼等にはもっと動いてもらう必要があるだろう。
「で、私は貴女と書類の山を片付ける……と」
「よろしくね、エメラルド。貴女の書類捌きに期待しているんだから」
「お世辞はよしてよ。じゃあ早速始めさせてもらうわね」
 スッとテレーズの前に現れたのは宮廷魔術士のエメラルドだ。そしてそのまま執務室に積み上げられた書類の山を一束抱えて取り掛かる。その表情は「もうわかってる」と雄弁に語っていた。
「それじゃ、もう質問はないわね。——各自出陣! 健闘を祈る!!」
『おう!』
 こうして、テレーズ主導による「ジェラール様が寝てる間に仕事片付けてやろうぜ大作戦」が今ここに開始されたのである。なお作戦名に関して数名から「どうにかならなかったのか」と抗議の声が上がったものの、テレーズ女史が笑顔で黙らせるというやり取りがあったことをここに記す。

* * *

 そして、ジェラールが覚醒したときにはほぼ片付いていた。運河要塞の解体も残り僅か。近隣住民を悩ませていた残党やモンスターたちも殆ど倒し、あとは定期的に巡回すればいいくらいで、一般兵士たちにも勤まるレベルにまで落ち着いていた。また、書類もあとはジェラールが目を通して判子を押すだけ、というくらいだ。近隣諸国の情報も現時点で最新のものが出そろっている。
「まさか一服盛られている間にほとんど終わっていたとか……これでは皇帝としての面目が……」
「皆様張り切っておいででしたよ。ジェラール様の負担を少しでも軽くするのだと。もっと頼ってくれていいのだとも仰っておりました」
 ジェラールはきちんと分類された書類に目を通しつつ判子を押しながら、お茶を入れてきてくれた侍女に思わず愚痴をこぼしていた。侍女はくすくすと笑いながら応じる。
「なんだ、君も彼らの味方か」
「あら。私も、皆様も、このアバロンにいる全員がジェラール様の味方でございますよ? そうでなければ、こんな大それたこといたしませんわ。もう二度と同じような目に遭いたくなければ、もっと頼ってくれと皆様からの言伝です」
「……わかったよ。彼らにそう伝えておいてくれ」
「はい、畏まりました」
 そして恭しく一礼すると、侍女は退室した。後にはジェラールと、湯気を立ち上らせる薬草茶のみ。
 もう二度と部下を暴走させないよう気を付けねば。決意を新たに、ジェラールは目の前の仕事に取り掛かった。
【終】
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