1137年 皇帝トパーズ


皇帝トパーズ、戴冠式から逃走中
~Empress topaz escapes from the coronation~

「汝、トパーズ・ゴルトファルベを新たなバレンヌ帝国皇帝とここに認める」
 アバロン宮殿・玉座の間。
 数多の人が見守る中、あたしは頭を下げるとレオン帝時代から帝国を支えているという貴族から王冠を授けられた。――ああ、これで『私』は名実共に『皇帝』となったのだ。
 あたしは息を吸い込みぐっと唇を噛み締め、頭に乗せられた王冠の重みに耐えながら、ゆっくりと頭を上げた。王冠を授けた貴族が頷いたのを確認すると、震える足を叱咤し意を決して後ろを振り向く。
 そこには、玉座の間に集った多くの人がいた。あたしが守るべき人たちであり、同時にあたしを支えてくれる人たちが。そう思った瞬間、息を自然と吐いていた。きっと、代々の皇帝達も同じことを感じたのだろう。あたしは、今度は思いっきり息を吸い込んだ。
「私は、トパーズ。皇帝トパーズ。このバレンヌ帝国の新たな皇帝である! 先帝の無念を晴らし、帝国をより繁栄させることを、今ここに誓う!」
 あたしがそう叫ぶように言えば、周囲から割れんばかりの拍手喝采が響いた。これでよかったんだろうか、と少しだけ不安になってつい両隣をチラリと見た。ジェイスンは目が合うとすぐに視線をずらしたかと思えば、あたしの背中をそっと叩いた。タウラスは目が合うと微笑んでくれた。二人のその優しさに、思わず目頭が熱くなる。――ああ、いけない。前を見なきゃ。もうあたしは選ばれたのだから。
 そうしてあたしは再び前を向き、もう一度玉座の間を見渡した。

 1137年、初夏。ここに新たな皇帝が即位した。皇帝トパーズ。後に送られた号は新緑帝。
 これは、長い新緑色の髪を靡かせ颯爽と走っていく彼女の姿からつけられたという。

***

「……」
 初夏とはいえ、夜明け前となれば空気はまだ冷える。あたしは掛けていた毛布を勢いよくめくって起き上がり、傍らに置いておいた草臥れたローブを羽織ってそうっと窓を開けた。
 東の空は黒から藍色、そして橙色へと徐々に明るくなっていた。こんな時間に起きている人間は、宮殿内で寝ずの番をしている兵士や夜職の人間くらいなものだろう。
「……」
 冷たい風が頬を撫ぜて、髪を靡かせていく。あたしは一度大きく息を吸い込んだ。
 ――これは、『あたし』が『あたし』である時の、最後の悪あがき。
 そして窓枠に足をかけて身を乗り出す。
 ――みんな、ごめんなさい。時間になれば戻るから。
「……っ!」
 ――だから、『あたし』が『あたし』でいられる時間をください。
 あたしは、窓枠を勢いよく蹴って飛んだ。風の術法エアスクリーンを幾重にも展開して、落下の衝撃に備える。
「……! っ、よし……」
 多少足がビリビリと痺れるがまあ想定内だ。辺りを見回し、周囲に人影がないかを探る。そうしてあたし誰もいない方へと一目散に駆け出した。

***

 アバロン宮殿の朝は早い。日が昇る頃にはもう各々持ち場について働き始めている。
 夜警の兵士から日中の兵士たちへの引き継ぎに始まり、厨房の料理人たちがその腕を奮い始め、メイドや使用人たちが皇帝の元へと挨拶に向かう。
「失礼致します、トパーズ陛下。朝の支度に参りました」
 皇帝の私室をメイドがノックする。だが返事はない。まだ寝ているのだろうか。メイドがドアに手をかけると、それは難なく開いた。――おかしい。昨夜、自分が確かに鍵を閉めたのに。
「し、失礼致します!」
 そのままドアを開ける。そのベッドは掛布が捲られたまま。そこにあるべき主人の姿は何処にもない。次に目に入ったのは開け放たれたままの窓。急いで駆け寄りその下を覗くが誰もいない。いるわけないと思いつつ、ベッドの下やクローゼットの中など室内を隈なく捜す。その時だった。机の上の羊皮紙に気づいたのは。
「!!」
"戴冠式にはちゃんと出席するので捜さないでください"
 とりあえず何者かに攫われたとかそういうものではない事に安堵するが、メイドは頭を抱えた。
「……これ、どうしよう……」
 だが捜さないという選択肢はこちらには存在しない。とりあえずメイド長に報告しなければ、とメイドは書き置きを握りしめて皇帝の寝室を後にした。

「……というわけで現在逃亡中の皇帝陛下の捜索及び確保をよろしく頼む……」
「「……」」
 職付きの兵士たちの登城時間は、基本的に日が昇りきる頃である。にもかかわらず、フリーファイターのジェイスンと宮廷魔術士のタウラスは朝早くから宿舎の戸を叩かれ起こされ、大臣たちの詰所へと押し込まれた。先程の理由で。
 よりにもよって、戴冠式の当日にその人物が逃亡するなど、前代未聞である。
 目の前にいる大臣は手を組んでまるで祈りを捧げるようなポーズで、この世の終わりだとでも言いたい顔をしてる。タウラスはその場で叫び出したいのをグッと堪えたが、ジェイスンは盛大なため息を吐いた。
「……とりあえず、アイツが行きそうな場所に手当たり次第行って見るしかねーな」
「うん、そうだね……」
 宮殿内はすでに一般兵士たちによって捜されている。あと他にいるとしたら城下町の方だろうか。戴冠式まであと四時間。準備など考えれば三時間が限度だろう。二人はダッシュでその場を後にした。

***

「まさか格闘家になろうとしてた時の修行が役にたつとはね」
 宮殿の見回りを行う兵士たちに対して物陰に隠れてやり過ごすのに、素早く動けたのはかつて行っていた修行の賜物だろう。こんな事をする為に教えたわけじゃない、と父親からは怒られそうだが知ったことか。使えるものは何でも使うのが私の信条である。けれどあまりモタモタしていられない。もうすぐ日が昇る。
「……ニーベル村に行くまで、馬がないとなあ……」
 そう、戴冠式前にあたしが逃亡した理由。どうしても、戴冠式の前に自分の故郷に戻りたかったのだ。『皇帝』になる前に。もう二度と足を踏み入れるものかと思っていたけれど、今行かなきゃ後悔する気がして。そしてアバロンからニーベル村までは地味に遠い。馬で飛ばしたところでギリギリ間に合うかどうかだ。
「……とにかくやるしかない」
 皇帝を継承した事で、あたしに乗馬の経験はないが、歴代皇帝に乗馬経験があるお陰で乗れることは既に把握済みである。こんな事に皇帝としての力を使うんじゃないとツッコミがきそうだが、先程も言った通り以下略。
 あたしは厩舎を目指して再びコソコソと移動を始めるのだった。

***

「まあやっぱ見張りの兵はいるよね……」
 どうにか厩舎前に辿り着いたもののやっぱり人はいるもので。とりあえず見張りは一人だけしかいないようなので、あたしでもどうにかできる……はずだ。あたしの中にある歴代皇帝たちの力を使えば。
「(代々の皇帝陛下たち、私利私欲であなたたちの力を使う事を、今だけは目を瞑ってください!)」
 あたしは心の中でそう詫びると、着ていたローブをさっと脱ぐと、わざと手近にあった木の枝をガサガサと盛大に揺らした。
「誰だ!?」
 ――かかった!
 あたしはすぐさま隠れていた茂みから飛び出してローブを投げる。それはうまいこと兵士に当たり、視界を遮ってくれた。
「うわっ!?」
「ごめんなさい。馬を借りたいの」
 兵士が混乱している隙をついて、その太腿を勢いよく蹴り飛ばした。
「ガッ!」
 これでしばらく立ち上がることはできないだろう。ローブを拾ってから厩舎のドアを開けようとしたが開かなかったため、再び蹴り飛ばしドアを破壊して開けた。
「……」
 中に入ると物音で目が覚めたであろう馬たちがあたしをジッと見てきた。うう、起こしちゃってごめんね。
「朝からごめんなさい。どうしてもあなたの足を借りたいの」
 目があった一頭の黒い馬の目を見つめながら言う。言葉が通じるかどうもわからない。けれどその馬はあたしの頬に顔を寄せてきた。
「……いいって事?」
 馬はブルル、と鼻を鳴らした。そうだ、と言っている気がしてあたしはその顔を撫でる。
「じゃあ、ニーベルの村までお願いね」
ヒヒン、と嘶きを上げる。あたしは馬に乗った事はないけれど、身体が覚えているみたいな感じで苦もなく馬に乗る事ができた。
「よし、行くわよ!」
 あたしは、朝日を身体に受けながらニーベルの村を目指して走り出した。

***

「ジェイスン殿、タウラス殿!」
「ん?」
「はい?」
 二階から勢いよく降りてきたジェイスンとタウラスを呼ぶ声に、二人は足を止めた。正面から走ってくる一般兵士が手を振って駆け寄ってくる。
「お二人共、トパーズ様をお捜しなのですよね?」
「ああ、そうだ。これからアバロンの町の方を捜しに」
「いえ、もうトパーズ様はおそらくここに居りません」
 ジェイスンがそう口を開くが最後まで言葉を続ける前に兵士は頭を振りキッパリと言った。
「えっ!?」
「どういうことだ」
「……早朝、厩舎の見張り役が倒れていました。厩舎のドアは破壊され、厩舎からは一頭、馬がいなくなっていました。そして、見張り役は不審者から攻撃を受ける前に声を聞いたのですが……その声がトパーズ様の声だったと……」
 ジェイスンとタウラスは思わず顔を見合わせる。そして同時にため息を吐くと手で顔を覆った。
「……つまり、見張り役をぶっ飛ばしてさらに厩舎の扉をぶっ壊し、馬をパクってどっかへ行った、と」
「ええと、はい。状況を見れば……」
「……トパーズ、だからどうして君はそういう方向に思い切りがいいんだい……?」
 兵士は二人が更に盛大なため息を吐きながら両手で頭を抱えた。そこへまた忙しない足音が近づいてくる。
「ジェイスン、タウラス!」
「聞いたぞ、トパーズ様が脱走したって」
 やってきたのは薄紅色の髪を靡かせた女性――軽装歩兵のシャーリーと、全身鎧を身に纏った黒髪の長身男性――重装歩兵のウォーラスだった。この二人は、トパーズが皇帝になったあと、己の近衛兵にと本人が直々に選んだ者たちだ。
「シャーリー! それにウォーラスも!」
「あ、アンタらも呼ばれたクチ?」
「そうよ。あと来る途中で聞いたけど、トパーズってば馬に乗ってもうアバロンから出ていったみたいね」
 シャーリーが頬に手を当て困ったように言えば、ジェイスンが呆れつつ顎でしゃくりながら兵士を見た。
「おう、さっきそいつから馬パクったの聞いた」
 兵士はうんうんと頷く。シャーリーは溜め息を吐き、隣にいたウォーラスが笑う。
「はっはっは。なんでも夜警の兵士に『皇帝命令だから門を開けろ』と豪語したらしいじゃないか。あれだけ『皇帝なんて向いてない!』って言ってたのに、いざって時はちゃんと権力行使するんだな、トパーズは」
「いやあの、笑い事じゃないと思うんだよウォーラス……」
「ま、こんなところで油売ってる暇あったら探しに行かないとよね。二人は付き合い長いし、行きそうな場所とか分からない?」
 シャーリーがジェイスンとタウラスに声をかける。思わず二人は顔を見合わせた。
「……トパーズの」
「行きそうな場所……?」
「えっちょっと待って。手がかりが無いまま、しらみ潰しに南北バレンヌを探してたら戴冠式どころじゃないわよ!?」
 そのまま考え込み始めた男二人対してシャーリーが焦る。元宮廷魔術士と軽装歩兵の間柄、トパーズとは接点は少なくまだ付き合いは浅いのだ。同時期に帝国兵入りした故に仲が良いこの二人が知らないのであれば、手の施しようがない。
「まあまあ、気持ちはわかるが落ち着け、シャーリー。焦ったところで結果がすぐ出るわけでもない」
「それはそうだけど!」
 ウォーラスは笑いながらシャーリーの肩を叩く。シャーリーとは実家が近く幼馴染という間柄で、彼女より少し年上の彼はどことなく兄のようなつもりで彼女と接していた。
 そして未だウンウンと悩むジェイスンとタウラスを見たウォーラスが二人に声をかける。
「馬を使ったって事は、それなりに距離があるってことじゃないのか?」
 ウォーラスのその一言にハッとタウラスが顔を上げてジェイスンの肩を勢い良く掴んで話しかける。
「! ジェイスン、トパーズの出身って南バレンヌのニーベル村だよね!?」
「あっ!」
 言われて気づいたジェイスンも顔を上げる。手掛かりが見つかった事にシャーリーとウォーラスは安堵した。
「決まりね。じゃあ二人がトパーズを迎えに行ってあげて。私たちは今アバロン中を探してる兵士たちに伝えてくるわ。あと戴冠式の準備も万端にしておく」
「アバロンの方は任せてくれ」
 ニコニコと笑顔で言うシャーリーとウォーラスに、タウラスとジェイスンは戸惑いを隠せなかった。
「えっ……助かる、けど」
「一緒に行かなくていいのかよ」
「もちろん、私だって迎えに行きたいわ。でも、この混乱する宮殿内を放って置けないわよ」
「まだ情報が色々錯綜しててなあ。俺たちが現場指揮を取るって事で」
 さっきから、四人が話している横で兵士や城のメイドたちが忙しなく右往左往している。ジェイスンとタウラスを呼び止めた兵士も、いつの間にか居なくなっていた。
「あー……サンキュな」
「二人とも、ありがとう。必ず連れ戻すから」
「ええ。お願いね」
「まあ最悪、時間はしょうがないとしてもトパーズが戻ってきてくれたらそれでいいさ。大臣たちには俺たちから言っておくよ」
「助かる。なるべく戴冠式には間に合わすようにはするから! 行くぞ、タウラス」
「うん。じゃあ行ってきます!」
 そうして、一目散に走っていくジェイスンとタウラスの二人をシャーリーとウォーラスは見送った。
「……さて、シャーリーよ」
「何? ウォーラス」
「まずは大臣に頭、下げに行くか」
「……そうね。貴方と二人でよかったわ。一人だったらちょっと耐えられなかったと思う」
「俺もだよ」
 二人は顔を見合わせる苦笑する。全くとんでもない皇帝に仕えることになったものだ、とその目が語っていた。

***

 ジェイスンとタウラスは厩舎の前まで辿りついた。ジェイスンは二、三回ほど息を整え涼しい顔をしているが、その横ではタウラスが膝に手をついてゼエゼエと荒い呼吸を繰り返している。
「ところでタウラスさんよ」
「……なんだい? ジェイスン」
「お前、馬乗れるか?」
 ジェイスンのその当然とも言える質問に対しタウラスは目を丸くする。そして深呼吸をして丸めていた身体を起こすと、にっこりと笑って答えたのだった。
「あのさ、僕の職業、知らないとは言わせないよ?」
 タウラスのその顔が「乗れません」と言っている。分かっていた答えに細く息を吐いて、壊れた厩舎のドア横目に見つつ中へ入っていく。
 厩舎番をしていた兵士の話では、黒毛の馬が見当たらないので恐らくその馬に乗って行ったのだろう、ということだった。
 一頭一頭、男二人が乗れるような馬はないかと見ていると、体格の良い白馬が目に入った。
「振り落とされるんじゃねえぞ宮廷魔術士さんよ」
「えっ? フリーファイターの君がしっかり手綱握っててくれれば大丈夫でしょ」
 ジェイスンの言葉にタウラスはしれっとしながら返した。ジェイスンが一瞬目を見張るがすぐに口角を上げる。
「さーて、あのお嬢様をさっさと迎えに行きますかねタウラス君」
「うん。行こう、ジェイスン」
 二人は改めて顔を見合わせ拳を合わせた。とにかく彼女をなんとしてでも連れて帰らねば。戴冠式の時間は、刻一刻と迫っているのだから。
 
***
 
 首都アバロン・正門。あらゆる人々が行き交う町の入り口は、今は固く閉じられている。そして、そこには夜を徹して門を守る兵士の姿がある。
「ふあ……」
「おい、寝るんじゃないぞ」
「分かってるって。だけどこの明け方が一番眠くなるんだよなァ」
「ま、今日も眠くなる程度に平和ってことだよな。あふ……」
「お前だって他人のこと言えねーじゃん」
「てめーのあくびがうつっただけだっつーの!」
 それは、彼らにとっていつもと変わらない何気ないやりとり。今日も何もなく平和な夜であり、安心して夜明けを迎えられたことに感謝しつつ、早く朝の番の者と交代したいなあと兵士たちがぼんやり考えていたまさにその時だった。
「……おい、なんか音が聞こえねえか?」
「えっ? あっ」
 徐々に音が近づいてくる。石畳を馬が、何者かが馬に乗り、メインストリートをものすごい勢いでこちらへ突進してくる。よく通る声で叫びながら。

「そこな兵士! 今すぐ門を開けなさい!!」
「こ、ここを開けることは何人足りとも出来ぬ!!」
「さ、去れ! 不届者!!」
 その声に対し、門番兵が槍を構えて叫ぶ。だが、その人影が近づいてくる度に、徐々に周りが明るくなってゆき、やがて朝日が照らし出す。それは、二人にとってありえない光景であった。その声の主は、とてもよく見知った存在で。
「だーれが不届き者よ! つべこべ言わずに開けなさい!! 皇帝命令よ!!」
「「――は?」」
 ヒヒン! と黒毛の馬が嘶きを上げ二人の前で停止する。早朝から馬を駆るその人は――本日戴冠式を迎える皇帝、トパーズその人だったのだから。

***

「……」
「……」
 一頭の白馬が、金と茶の混じった長髪の男性と、深緑色の短髪の男性二人を乗せて街道を疾走していく。手綱を握るのは、前方に乗る長髪の男性だ。
 雲ひとつない空から容赦なく降り注ぐ日光は、すでに真夏の様相だった。二人の首筋や背中から汗が伝う。休んでも良いような暑さであるが、無言で馬を走らせ続けている。
「……大丈夫か、タウラス」
「とりあえずは平気。そっちこそ大丈夫?
 ジェイスン」
「まあな。……やっぱ結構距離あるよな、ニーベル」
 前方の男性――ジェイスンが後方の男性――タウラスに向かって話しかける。お互いに気を遣っている様子が見てとれた。
「そうだね。トパーズはもう到着してるかな。すれ違いにならなきゃ良いんだけど……」
「あの暴走お嬢様がこの街道から外れてねーことを祈るっきゃねーな」
「……だよねえ」
 はあ、と何度目かわからない溜め息をタウラスが吐く。とにかく二人は戴冠式までに彼女を連れて帰らなければならないのだ。まだ目的地のニーベル村は遠い。彼女が村に到着して滞在していることと、このメインの街道を外れて帰っていない事を祈るしかなかった。
「……トパーズさ、戻ってくるよね」
「あの書き置きは、アイツなりの誠意だと思うけどな。絶対戻ってくるっていう」
「うん、僕もそう思う。……ごめん、彼女を疑うこと言った」
「まあ、突然居なくなったら思いたくもなるわな。俺だって思ったし」
「そっか。ちょっと安心した」
「ま、言いたいことはあのお嬢様に直接言ってやろうぜ、タウラスさんよ」
「そうだね、ジェイスン。僕らがどれだけ心配したのか言わないと」
 そう言って二人は笑った。ジェイスンは馬へ向かって話しかけながら手綱を少し緩めた。
「うっし! ――悪いな、ずっと走り通しでよ。もうちょい頑張ってくれるか?」
 ヒヒン! と馬がそれに応えるように鳴く。走るスピードを速めた馬が、青草薫る街道を走り抜けていった。

***

「……着いた」
 ひたすら街道を馬で走らせ、ようやくあたしは自分の生まれ育ったニーベル村へと辿り着いた。ゆっくり馬から降りて、労うように撫でる。馬はブルル、と鼻を鳴らした。
「ずっと走りっぱなしでごめんね。えーと、確か宿屋のところに旅人用の馬小屋があったはず……! ごめんね、もうちょっとがんばって!」
 ここまで休まず走らせた馬には申し訳ないと思うが、このまま入り口に放置しておくわけにもいかない。
「……知り合いに会いませんように」
 あたしはそう呟くとローブを羽織り直し、手綱をゆったりと引いて馬と共に歩き始めた。
 村の中にいる人はまばらだった。きっとみんな、それぞれ仕事に勤しんでいる頃だろうか。――父も、龍の穴に籠って修行をしているのだろうか。
 脳裏にふと過る父親の姿。私が、これから向き合わねばならない相手。歩いていた足を止めると、馬が私の頬へ顔を寄せてきた。
「わっ!? ……心配、してくれてる?」
 夜空のような瞳がじっとあたしを
見つめてくる。ここまでくる足が欲しくて馬に乗って来た訳だけど、どうやら私はちょいとばっかし怖気付いてしまったらしい。一緒にいて心強いと思っているのだから。
「ありがとう。もう少しで宿屋の厩舎に着くからね」
 あたしは馬の体をひと撫ですると、記憶を頼りに宿屋へと再び歩き始めた。

***

「……着いたな」
「……着いたね」
 ジェイスンが初めに馬から降り、タウラスへ向かって手を差し伸べる。タウラスはその手に捕まりつつ、よろよろしながらもどうにか馬から降りたのだった。
「誰もいないね」
「まあ真昼間だしな。どっかに村人はいるだろ。トパーズを見てりゃいいんだがな」
 タウラスが周囲を見渡し、ジェイスンは馬を撫でながら言う。馬を出来るだけ早く走らせてはきたが、もうだいぶ時間が経ってしまった。アバロンは任せろ、とシャーリーとウォーラスは言っていたが、それだって限度というものがあるだろう。出来るだけ早くトパーズを連れ戻さなければならない。
「とりあえず宿屋か酒場近くに馬小屋あるだろ。いくぞ」
「あ、うん」
 馬の手綱を引きジェイスンが歩き始める。タウラスが少し遅れて着いて行った。

***

 宿屋の主人に、休憩のために外に馬を繋いでおきたいと申し出れば快く応じてくれた。お金を払おうとしたが、まだ日の高いうちからいらないよ、と言われてしまった。
 すぐこの村から出ていくことになるので、タダで休ませていただくのは申し訳ないと言ったが「先を急ぐ旅なら金は入り用だろう?」と言われてしまった。それ以上言うのは野暮というものだろう。私はありがたくその好意を受け止めた。
「とりあえず、よかった……というか、あたしだってバレてなかった……よね?」
 一応ローブのフードは目深に被っていたから、特徴的なこの瞳と髪は見えないはずである。あたしは宿屋の外へ出てから物陰に隠れると、周囲を見渡してから恐る恐るフードを外し、馬の元へと急いだ。
 簡素な小屋であるが、休ませる場所があって本当に良かった。ありがたく手綱を柵に結ばせてもらうと、馬は用意した水桶へ勢いよく顔を突っ込み水を飲み始めた。その隣の飼い葉桶には干し草がこんもりと盛られている。
「ゆっくり休んでいてね。あたし、これからやらなきゃならないことがあるから」
 馬は水桶から顔を上げると鼻を鳴らした。それがまるで「行ってこい」と言われている気がして、あたしは笑って馬に頷くとその場から駆け出していく。あたしがここへ来た目的果たすために。

***

 ジェイスンとタウラスは馬を連れて村の中をゆっくりと歩き始めた。すぐ近くに宿屋があり、簡素な小屋が隣接されている。恐らく、旅人用の厩舎だろうか。近寄ると、馬が一頭、繋がれている。
「……」
「……」
 ジェイスンとタウラスは思わず顔を見合わせる。そうしてどちらかともなく頷くと足早に厩舎へと近寄る。そこには、立派な毛並みの黒い馬が一頭干し草を喰んでいた。
「タウラス、もしかしなくてもこの馬さ……」
「うん、トパーズの乗ってた馬だと思う。宿屋の主人に確認してみようか」
「おう。ついでに俺らの乗ってた馬も休ませてやろう。お疲れさん。よく頑張ったよ」
 ジェイスンが白馬の身体を労うように撫でれば、白馬はその顔をジェイスンへとすり寄せた。そうして二人は馬を小屋へと繋いだあと、宿屋へと入っていった。
「見慣れない、馬を連れた旅人? ああ、来たよ」
 二人が宿屋の主人に誰か来たか尋ねれば、特に隠しているようでもなく、すんなりと答えてくれた。ジェイスンが畳み掛けるように言う。
「そいつの容姿は?」
「うーん、フードを深く被っていたからなあ。……ああでも、身体は細っこいし声が高いから若い女性だったんかな? なんだ、知り合いなのか?」
「ええ、まあ。……一緒に旅をしていたんですが、逸れてしまって」
 タウラスが苦笑しつつ答えれば、宿屋の主人は顎に手を当てながら言う。
「なるほどねえ……」
「あと、どこに行くのかとかは言ってなかったか?」
「いや、聞いてないな。馬を繋いでおきたいとしか」
「そうでしたか。あとすみません、僕たちの馬も繋いでおきたいんですが……」
「いいぞ。自由に使ってくれ。早く見つかるといいな」
「ありがとうございます」
 二人は主人に見送られ、宿屋を後にする。出た途端、二人は同時に溜め息を吐いた。
「……ここに来て振り出しかよ……」
「……まあでも、この村にいるのは確実なんだし……」
「そうだな。とっとと捜さねーと、マジで間に合わなくなる!」
「とにかく、村人さんたちに聞くしかないよ」
 そうして二人は村の中を歩き始める。その時、何か思いついたのかジェイスンがタウラス尋ねた。
「あ、そうだ。なんかさ、術の痕跡辿るとかそう言うのできねーの?」
「……それ思いついてやったけど、皇帝の寝室の窓からエアスクリーン使って飛び降りたことしか分からなかったよ」
 タウラスが苦笑しながら答えれば、ジェイスンはこめかみを指で押さえた。
「……なんつう事に術使ってんだあの暴走皇帝は」
「それには同感する。ということだから地道に捜すしかないよ、ジェイスン」
「……わかった」
 二人は目についた村人たちに、トパーズのことを見たかどうか手当たり次第聞き込みをしていくのだった。

***

 きっともう『あたし』は『あたし』でいられない。だって『私』は『皇帝』だから。――伝承法なんて冗談じゃない。なんでこんな向いてないあたしを選んだの。もっと他に適任がいたでしょう?
 何度も何度も心の中で一人呟く。けれどそれに返ってくる言葉はない。ただ歴代皇帝たちが微笑むだけだ――君は皇帝なのだよ、と言うように。
 だからあたしは、まだ「ただのトパーズ」である内に、心残りをなくしておきたかった。あの時ああしていれば、って思いたくないと思ったんだ。
 そう、あたしは――家出同然で飛び出した実家へ、一度戻りたかった。もう二度と顔を合わせたくない父親に、最後に一度だけ会って言っておきたいことがあったから。
「……おとう、さん……」
 そう、言いたい事は山ほどあったのに。
「……」
 実際、その人を目の前にすると色んな感情がぐちゃぐちゃになって、何も言えないなんて思わなかった。

 ***

「見慣れない、ローブを羽織った旅人のような人? うーん見てないわね。ごめんなさい」
「そうですか……すみません」
「全然見つからねえな」
「うん……行けそうなところにも行ったけど、全然手掛かりないね……」
 ジェイスンとタウラスは途方に暮れていた。もう時間がなくなってきていると言うのに、トパーズの足取りが全くわからない。二人は村と外とを隔てる柵に寄りかかって休んでいた。
「……って言うか、あの猪突猛進なお嬢様がなんで急に里帰りしてんだ」
「そこなんだよね。というかトパーズ、故郷の話は全然してこなかったし……」
「あいつ、地元の話全然しねーからあんま突っ込んでこっちも聞こうと思わなかったし……」
「父親が格闘家で、母親が術士やってだったってチラッと聞いたけど」
「そういやそんなこと言ってたな」
「……僕たち、トパーズのことが好きで一緒にいる癖に、本人のことちっとも知らなかったんだね」
 タウラスが空を見上げながらぼやく。太陽が眩しいのか手を翳して目を細めた。ジェイスンはそんなタウラスを見ながらポツリ呟く。
「……そうだな。でも、そういう事はこれから知っていけばいい。そうだろ?」
「……ジェイスン、すごいね。そうやってすぐ切り替えられるところ」
「ま、アバロン来るまで傭兵としてあちこち渡り歩いてその日暮らししてたせいだな。いちいち悩んで立ち止まってたら、何にも出来なくなっちまう」
「そっか……そうだね。僕はつい悩んでしまうから羨ましい」
「……俺からしたら悩めるお前が羨ましいけどな」
「えっ」
 ジェイスンがポツリと呟いた一言に思わず反応するが、それについて聞く事は叶わなかった。
「あっ、アンタたち! ローブ頭から羽織った旅人、見たわよー!!」
 二人を見て大声で駆け寄る中年女性がいたのだ。トパーズの新たな情報に、思わず二人は顔を見合わせる。
「これでやっと連れて帰れるな」
「そうだね……見つかってよかったよ」
 そうして二人は女性の元へと足を運ぶ。その最中、タウラスはチラリとジェイスンを見る。——さっきの言葉は、この騒動が終わったら後でゆっくり聞くとしよう。

 ***

「お母さん、ただいま……家出するような娘で、なかなか来られなくてごめんなさい」
 母の墓前に祈りを捧げる。あたしが格闘家になりたいと言った時も、格闘家を諦めると泣いた時も、言葉は少なくともあたしに寄り添ってくれた母。
「あなたがやりたいと思った事をやればいいの」
と言う言葉に、どれだけ救われたか。
 けれど母が病気になり、何も出来ずただ見守る事しかできない自分が辛くて、母だって病気で辛いだろうに。
「そばにあなたがいるだけで嬉しいのよ」
そんなことを言う母に、他人を思いやる気持ちとは、と教えてもらった気がした。……だけど、それは父には出来なかった。
 父には憧れがあった。あんなふうに強くなりたいと思ったのは本当だ。けれど、家にいるより龍の穴に篭りきりだった父。格闘家の火を絶やさないと言いながらあたしのか見向きもしなかった父に、幼いあたしの心が傷つけられ、父の全てを突っぱねてしまった。
 今思えば、父親としては家族なのだから母もあたしも一番に守るべき対象で、だからこそ危険と隣り合わせのこの道を継がせるべきかどうか悩んだのだろう。そして父はあたしを遠ざけた。……歴代皇帝の記憶を垣間見て、それに気づけた。でもね、それでも遠ざけるならちゃんと分かるように説明して欲しかった。
 そしてあたしは、守られていた場所から飛び出し、母からの教えと自己流でどうにかした術法の力で帝国の宮廷魔術士となった。そのあたしが、今や帝国を守り領土を広げ、七英雄と戦う皇帝になった。
 もうあたしは――ただ守られるだけの存在ではなくなったのだ。

***

 二人にトパーズのことを教えてくれた村の女性は、見慣れぬ人が共同墓地へと入っていったと教えてくれた。そこは村の片隅にあった小さな区画。どこか寂れた雰囲気の、閑散とした場所だった。
「ここが共同墓地か」
「……トパーズ、誰かのお墓参りがしたかったってこと?」
「まあ、墓場でのやることっつったらそれくらいしか理由ねーだろ」
「お墓参りくらい、ちゃんと言ってくれたら時間作ってくれたと思うけどな……」
「ま、その辺の理由はご本人サマに聞くとしようぜ……ってまあすぐ見つか……誰と一緒にいるんだ……?」
「あっ! ……本当だ。トパーズの目の前の人は誰だろう?」
 二人は周囲を見渡しながら墓地へ入っていく。歩いていく内に、遠くからだが彼女の特徴的な姿を捉えることができた。新緑の長い髪の女性が、とある墓石の前に立っている。そして、彼女に向き合う形で、もう一人いた。見た様子だとしっかりした体つきの男性のようだった。
「……」
「……」
 二人は無言で頷くと、墓石に隠れるように近づいていく。やがて、二人が話している声が聞こえてきた。
「……お父さん。あたし、バレンヌ帝国の皇帝になった」
「「!?」」
 トパーズのその声に、思わず声が出そうなのを二人は慌てて口を押さえてやり過ごした。思わずお互い顔を見合わせる。そうして再び頷くと、その場でトパーズと彼女の父親のやり取りを見守る事にしたのだった。

***

「……お父さん。あたし、バレンヌ帝国の皇帝になった」
「……ああ」
 あたしは父親の目を見て言う。けれど、その表情は何を思っているのか被っている仮面で見えない。
「きっと、ニーベルへ気軽に帰れるのは今日で最後。だから来た」
「そうか」
「……今まで、あたしとお母さんを守ってくれてありがとう」
「……!」
 父親を前にして、すんなりと感謝の言葉を言えると思ってなくて、自分でもびっくりした。その流れで、今までずっと言えずにいた言葉が次から次へと溢れて出てくる。
「でもね、あたし、やっぱり格闘家にはなりたかったの。あたしやお母さん、村のみんなを守るお父さんがカッコいいって思ったからなりたかったの。だけどね、皇帝になってわかった。手段はなんでもよかった。あたしが大切な人を、大切な場所を守れるなら、その形はなんでも良かったんだって」
 あたしはここで一度息を吐いた。お父さんは微動だにしていない。
「……」
 そしてあたしは再び息を吸い込み思いの丈を言葉にしていく。ここまできたら、もう全部言ってしまえ!
「……そう、あたしは、誰かを守る力が欲しいって思ったんだよ。それはきっと、みんなを守るお父さんと、あたしをずっと守ってくれたお母さんのお陰。格闘家に固執することなんてなかった。でも、やっぱり最初になりたいって思ったのはお父さんと同じ仕事だったから、お父さんに無理だって言われるのは嫌だった」
 言い切った後で、ふう、と息を吐く。お父さんはどう思っているのだろう。そう思った瞬間、お父さんの声が聞こえてきた。
「……あれは……今更かと思うが……幼いお前を傷つけた……すまなかった。サファイアにも言われたよ」
「!? ……お母さんにも?」
「ああ。もう少し言葉を選べと散々怒られた」
「そりゃそうだよ……ま、でもちゃんとわかって謝ってくれたし、お母さんにも怒られてたんならいいや」
「いいのか?」
「あたしが良いって言ってんだから良いでしょ?……じゃ、あたしもう行くね。アバロンに待ってる人がいるから」
「……トパーズ」
「なに?」
「……守る戦いは、辛いことも多いだろう。だが、お前だって、皇帝である前に、守られる一人の人間であることを、忘れるな」
「……! ありがとう、お父さん」
 そして、あたしはくるりと踵を返すと、振り向かないで走っていく。もうこれで、心残りは消えた。早く、アバロンへ帰らなきゃ!

***

 トパーズが走り出したのを見て、ジェイスンとタウラスの二人もその場から急いで動こうとしたその時だった。
「そこにいるのは誰だ」
「……」
「……」
 二人の気配を感じ取ったのか、トパーズの父親に声をかけられた。二人は無言で頷くと、墓石の影から出ることにした。
「お前らは、トパーズのなんだ?」
「俺らは……トパーズの同期だよ。ちょうど同じ日に帝国兵に採用されたんだ。俺はフリーファイターのジェイスン」
「彼女を、皇帝になる前から知る友人でもあります。僕は宮廷魔術士のタウラスです」
「……」
 二人がトパーズとの関係を話しつつ自己紹介すると、トパーズの父親はじっと二人を見つめた。長いようで短いようなその時間は、父親が言葉を発した事で終わりを告げた。
「そうか。……トパーズを、私とサファイアの愛娘を、どうかよろしく頼む」
 そうして父親はその場で深く腰を折り礼をする。三人の間にあった、張り詰めた空気が緩んだ。
「ああ、もちろん」
「はい、わかりました。それでは、僕らはこれで」
 そうして、二人はトパーズを追いかけるべく走り出した。トパーズの父親は身体を起こすと、その姿が見えなくなるまでずっとそこで見送っていた。

***

「さーて、早く帰らないとね! ってあれ。馬がもう一頭……?」
 町外れにある共同墓地から文字通り走って宿屋まで戻ってきた彼女は、馬小屋を見て驚いた。自分の乗ってきた黒い馬の他にもう一頭、白馬がいたのだ。そして何より、帝国の紋章が刻まれた鞍が付けられている。
「えっ、誰か追いかけてきたってこと!?」
「ああ、そうだぞ……」
「トパーズ、帰ろう……」
「ジェイスン! タウラス! どうして……」
 後ろからゼイゼイと荒い息と共に聞こえてくる声にトパーズが振り向けば、そこには見知った二人、ジェイスンとタウラスが立っていた。
「あのな、どーしてもこーしてもねえわ! 戴冠式前に逃亡する皇帝なんざ前代未聞だぞ!!」
「だ、だって……どうしてもここに、来たかったんだもん!!」
「だったら、もうちょっと前に、行ってほしかったというか……あとジェイスン、強く言い過ぎだよ」
「それは……言おうかどうしようか迷ってる内に今日になっちゃって……ごめんなさい」
 初めはジェイスンに怒鳴られた影響で強く言い返していたが、タウラスから困ったように話し掛けられトパーズはしどろもどろになりながら言う。
「あー……すまん。俺も悪かったカッとなっちまってよ……」
「いいよ。だってこんな当日に飛び出したあたしが全面的に悪いもん……」
「うん。詳しくは宮殿に戻って、戴冠式が終わってから聞くから! さ、早く帰ろう。みんなが待ってるよ、トパーズ」
「——うん。帰ろう、アバロンに!」

***

 三人が急いで帰ると、あとはトパーズの準備が終われば戴冠式が始められるという段階であった。トパーズは帰るなり問答無用でメイドたちにガッチリホールドされ引きずられて行った。
「よかったよ、間に合って」
「もうこれ以上、引き伸ばしは無理だって言われてたから本当にギリギリだったわ。ありがとう、二人共」
 ウォーラスとシャーリーが連れて帰ったジェイスンとタウラスを労う。けれど、その二人も、顔に疲労の色がありありと浮かんでいる。
「ウォーラスもシャーリーも本当にお疲れ様だよ……」
「こうなったら特別手当て出してもらおうぜ」
「はっはっは、迷惑料だな!」
「全く本当に、とんでもない皇帝が即位したものだわ。……さて、私たちも準備しないとね」
「ああ、そうだな」
 四人は円陣を組み拳を互いに突き合わせると、各々準備に入っていった。

 ——こうして、戴冠式直前に皇帝が逃亡すると言う珍事件は幕を閉じたのです。

【終】
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