1137年 皇帝トパーズ

 ——この日は、よく晴れて雲ひとつない青空だったのを覚えています。
「ねえ、あなた! そこのピンクブロンドの軽装歩兵の人!」
「はい?」
 突然、背後から声を掛けられる。振り向けば、そこにはトパーズ皇帝陛下が、いた。
「——まあ、トパーズ陛下。ご機嫌麗しゅうございます。ええと、御身が訓練なさる……わけではありませんね?」
「そうね。今日は仲間を探しに来たの」
「なるほど、そうでしたか」
「ええ。あなた、名前は?」
「あ、そうですね。申し遅れました。私、帝国軽装歩兵の女性隊長を勤めております、シャーリー・フォン・リンデロッドでございます」
「シャーリー! 素敵な名前ね! 早速だけど、皇帝の直属兵にご興味はあって?」
「えっ?」
 その発言に、後ろから走ってきた傭兵と宮廷魔術士がとても驚いた顔でトパーズ陛下を凝視した。
 ——青天の霹靂とはこういうことを言うんでしょうね、と一周回って冷静になった私は思ったのでした。

***

 私、帝国軽装歩兵のシャーリーは、城の中庭にある訓練所で他の帝国兵たちと合同訓練を行っていた。同じ帝国軽装歩兵のハーバード、帝国猟兵のキャサリンとチャールズ。そして、アバロンの街の外壁に沿ってモンスターや野盗などがいないか、一般兵と共に哨戒に当たっているのは帝国重装歩兵のウォーラスとフリーファイターたち。
 私たちは、陣形を組んだ際の動き方、練習用の武器での素振りなど各々打ち込んでいた。
 私は、同じ女性隊長のよしみもあり交流のある猟兵のキャサリンとレイピアで互いに技の練習をしていた。
「フッ!」
「ハッ!」
 私がサイドワインダーを仕掛ける、が、それはキャサリンも同じだった。こうなってしまえば、あとは技の精度と繰り出す速さがものを言う。この一撃を制したのは——
「……わたしの負けね」
 私のレイピアの方が早くキャサリンの喉元に届いていた。キャサリンが負けを認めたことで私はレイピアを納めた。
「あーもー! 絶対いけると思ったのに〜!」
 キャサリンが文句を言いながらレイピアを納めてその場にしゃがみ込み、私を恨みがましい目でみてくる。そんな何気ない仕草が、どこか自分の妹たちを彷彿とさせるので可愛く見えてしまうのだった。
「でも、ほんの一瞬の差よ? 私、負けると思ったわ」
「……本当に? わたし、強くなれてる?」
「ええ。それに弓は向かうところ負け無しじゃない。私の方が先に始めていたのにもう追いつかないわ」
「そっか。ありがとうシャーリー。ただ、やっぱり兄さんにはまだ敵わないのよね。残念だけど」
 キャサリンが、肩をすくめながら猟兵たちが練習している方を見る。ちょうど猟兵のチャールズが的の中心に矢を当てたところだった。見れば、多くの矢がほぼ的の中心に刺さっている。私たちが見ている間に、彼の部下の兵がいそいそと新しい的へと替え始めていた。
 キャサリンとチャールズは実の兄妹だ。兄が弓を引いているのを見て、キャサリンもやりたいと思ったんだとか。兄妹で互いに切磋琢磨し合い、今では二人が帝国兵一、二位の射手である。
「経験の差って案外大きいものよね。私も軽装歩兵で武器は色々扱っているけど、大剣はダメね。どうしても振り回されるし隙が出来てしまって。やっぱりもうちょっと背が高かったらって思うわ。男性陣見てると」
 今度は一般兵と一対一で訓練している軽装歩兵のハーバードの方を見る。盾もなく両手に持った大剣のみで果敢に立ち向かう姿は、私には真似できない。また、ここにはいない幼馴染かつ婚約者のウォーラスも、身の丈程ある大盾に加えて長剣を構え、全身鎧も着込んで戦っている。それらの戦い方は出来ない事はないが、私にはどうしても負担が大きいものだ。
「わかる〜。まあでも、出来ることを地道にやっていくしかないんだよね、結局」
「そうね。変に抜け道を探すよりも、こういう訓練を積み重ねが大事なのよね」
 そう言って私とキャサリンは笑い合う。キャサリンはジャンプするよう軽やかに立ち上がった。
「シャーリー、ありがとう。小剣の立ち回りに付き合ってくれて」
「どういたしまして。じゃあ、今度は私の弓を見てもらおうかしら?」
「いいわよ! ついでにどっちが多く命中させられるか勝負しましょ! 兄さんも誘って」
「あら、ちゃっかりしてるわね。自分の有利な武器で勝負だなんて」
「だって小剣はシャーリーの独壇場じゃないの! ほら、早く射場へ行きましょ!」
「そんな急がなくなって射場は逃げな——」
 キャサリンに急かされて猟兵たちが練習する射場の前に行こうとしたまさにその時だった。
「ねえ、あなた! そこのピンクブロンドの軽装歩兵の人!」
 冒頭の出来事が、起こったのである。

***

「訓練所、ついたぞー!」
 メディアとの一悶着ののち、あたしとジェイスンとタウラスは訓練所へと足を踏み入れた。見れば多くの帝国兵がそれぞれ武器を持ち鍛錬を行っている。宮廷魔術士時代は、他の帝国兵がいない早朝時を狙って身体の鈍り解消に来ていたので、なんだか新鮮な光景だった。
「今いるのは……軽装歩兵と猟兵か」
「そういえば、見学許可貰いに行った時、軍務大臣が今日は街の外の哨戒に重装歩兵と傭兵が行ってるって言ってたね。……ジェイスン、良かったの?」
「何がだよ?」
「行かなくて良かったのかい? 哨戒」
「あ、そういえばそうね?」
「……それをいうならタウラス、お前も研究所に居なくていいのかよ? ってことになるが?」
「……それもそうだね。もう一般的な宮廷魔術士の仕事は後輩のジェミニに任せてるから。まあ、たまには行くけど」
「うんうん。私も後輩のガーネットに一任してるし」
「俺もだっての。全部シーシアスとメディアに任せてある」
「そっか、良かった〜!」
「あ、さっきメディアが文句言ってたのはそう言う……」
「あー、それより! 選ぶんだろ!」
「そうだった目的忘れるとこだった!」
「おいコラ」
 そう言ってあたしはゆっくりと歩き始める。雲一つない青空の下、帝国兵たちが切磋琢磨し合っていた。そうして、先程のメディアの言葉を思い出す。

 ——何を驚く事があると言うのです? 貴女の選択で、今後の兵の運命が決まるというのに。

 そう。あたしの選択一つで兵の未来が決まる。この国の未来が決まる。皇帝とはそういう存在だ。それはとても恐ろしい。その選択が間違っていたら、重大な事件が起こってしまったら。考えれば考えるほど身動きが取れなくなってしまう。でも。
「——それでも、誰かがやらないといけない。皇帝の歩みはとめられない」
「トパーズ?」
「ううん。なんでもない!」
 だから、選ぼう。あたしと共に歩んでくれる人を。あたしが間違っていたら、止めてくれるような人を。そう思って再び歩きながら訓練所全体を見渡してみる。
 その時、凛とした横顔をした女性の兵士に、あたしは目を奪われた。そして気づいたら走り出していた。
「トパーズ!?」
「おい待てコラ!」
 二人が叫ぶがあたしは足を止められなかった。あの人なら大丈夫だと、あたしの直感が告げている。
「ねえ、あなた! そこのピンクブロンドの軽装歩兵の人!」
「はい?」
 振り向いて、優しげなアンバー色の目が合う。——ああ、この人ならきっと大丈夫だ。
「——まあ、トパーズ陛下。ご機嫌麗しゅうございます。ええと、御身が訓練なさる……わけではありませんね?」
「そうね。今日は仲間を探しに来たの」
「なるほど、そうでしたか」
「ええ。あなた、名前は?」
「あ、そうですね。申し遅れました。私、帝国軽装歩兵の女性隊長を勤めております、シャーリー・フォン・リンデロッドでございます」
「シャーリー! 素敵な名前ね! 早速だけど、皇帝の直属兵にご興味はあって?」
「えっ?」
 あたしの言葉に、アンバーの瞳が丸くなる。そりゃそうだよね。突然ごめんなさい。シャーリー、あたしはあなたが良いって思ったんです。


***

「ええと……トパーズ陛下、私を貴女の直属兵に、ということで宜しいのですか?」
「そういうことです!」
 私は思わず言われた言葉をそのまま繰り返してしまったが、トパーズ陛下はにっこり笑って頷いた。ああ、なんて眩しい笑顔。この青空のように一点の曇りもない。
 その笑顔を見ると断るのはしのびなく、けれど応じるにも少し心の準備がほしかった。なので、どうにか角が立たないように、言葉を選んだ。
「ご指名いただき、誠にありがとうございます。ただその、あまりにも急でして……少し考えるお時間をいただきたく存じます。大変申し訳ございません」
「えっ、あっ……そ、そうね! そうだよね!! ごめんなさい!! もうあたしってば勢いでそのまま……!」
 私の言葉にトパーズ陛下はハッとなって急にオロオロと狼狽え出した。それを見ていたフリーファイターのジェイスンと宮廷魔術士タウラスは同時にため息を吐いている。
「お前さあ、もうちょい順番とか考えようぜ?」
「まあうん、時には勢いって大事だけどね……」
「う、だ、だって……」
 二人からの容赦ない追撃にトパーズ陛下は視線を彷徨わせる。それを見て私の良心が痛んだ。
「大変申し訳ございません」
「そんな! いいのよ。むしろゆっくり考えてほしいな。だって、あなたの今後を左右する事になるのだから。シャーリーにも選ぶ権利があるもの」
「——私にも選ぶ権利が、ある?」
 また、聞き返してしまった。私がポカンとしていると、トパーズ陛下はずいっと私に近づいて話しかける。
「だってそうでしょう? いくら皇帝命令とはいえ、それがやりたくないことだったら……あたしは嫌々承諾されるよりは、はっきり嫌って言ってほしい。嫌々受け入れる、命令だから単純に従うのはやめてほしいの。……あっ! ええと、あたしが皇帝でいる間は、になるけど。——というか、そもそも私に選ぶ権利があるなら、あなたにだってなきゃおかしいと思わない?」
「……」
 驚いた。皇帝の命令は絶対だというのに、この人は嫌なら断ってもいいと言う。こんな皇帝、前代未聞だろう。見れば隣にいたキャサリンは目を白黒させている。
 私は一度、小さく呼吸を整えると、改めてトパーズ陛下と向き直った。その名の通り黄玉色の輝く瞳と目が合う。
「……私にも選ぶ権利を下さりありがとうございます、トパーズ皇帝陛下。それでは、訓練の途中でしたので、これにて失礼いたします」
「ええ、こちらこそ邪魔してごめんなさい」
「キャサリン、行きましょう。弓の訓練と勝負をするのでしょう?」
「えっ、あっ、はい!」
 そうして、私は深々と頭を下げたのち、射場へ向かった。キャサリンもまた、「失礼いたします!」と大きな声と共に最敬礼をし、私と共に射場へ向かったのだった。

***

「うーん、保留かあ。まあそうなるよね……」
「権利だのなんだの言わず、皇帝命令だって言えば良かったじゃねえか」
「それはまあ、そうなんだけどさ……」
「……嫌、だったから?」
「うん。あたしに皇帝を拒否する権利は無くて、それが嫌だったの」
「「!!」」
「だったら、あたしも選ぶし、相手もちゃんと吟味した上で付いてきてほしいなって。……っていうか今更だけどジェイスンとタウラスは直属兵でいいの……?」
「マジで今更だなオイ!?」
「い、今それ言う?」
「えっだってそういえば全然ちゃんと二人に確認とってないじゃん!? って今気づいたんだもん!!」
 トパーズの叫びにジェイスンとタウラスがお互い顔を見合わせる。——きっと、思うことは一緒だろう。
「あー、うん。俺はお前について行く。それだけだ」
「改めてよろしく、トパーズ。僕も君について行くよ」
「……うん。二人とも、改めてありがとね! ところで相談だけど、シャーリーの件はまあ保留ということで、もしシャーリーに断られたら……ハーバード選んでもいい?」
「僕は構わないけど……」
「……悪りぃ。無理」
「やっぱりダメかー」
「お前がメディア苦手なように、俺もアイツのことが苦手なんだよ……」
「採用試験で思いっきり叩きのめされたもんねえ……」
「僕だってあれだけされたら嫌になるよ……うん……」
 トパーズとタウラスが当時のことを思い出して遠い目になり、ジェイスンは苦虫を噛み潰した表情になる。
 そう、あれはジェイスンがフリーファイターに採用される時に行われた、一対一の模擬試合の出来事だった。
 当時の採用試験官だったフリーファイターと顔見知りだったジェイスンに対する処置で(身内に対し採点が甘くなるのを避ける意味で)、代わりに同じく大剣使いの帝国軽装歩兵ハーバードがジェイスンの試験官となったのだった。
 ハーバードは自他共に厳しい事で有名で、これほどうってつけの人物はいないと、実技採用試験時に試験官としてよく選ばれていたという。軽装歩兵という事で、あらゆる武器に精通している、という理由もあるが。
 当時、まだ十代で調子に乗っていた気もあったジェイスンはハーバードに完膚なきまでにボコボコにされた。けれど、何度吹っ飛ばされも立ち向い、どうにか一本、彼から勝利をもぎ取った。その諦めない心と粘り強さを買われてジェイスンは見事、採用試験に合格したのである。
 けれど、鬼気迫る相手にボコボコにされた事はやはり相当トラウマだったらしく、未だに避けられるなら避けているようである。
「そういえば、キャサリンは誘わなくて良かったのかい? シャーリーと一緒にいたけど」
 ふと、気になったようでタウラスが声をかけた。するとトパーズは腕を組んでむむむ、と唸る。
「うーん、私のカンにピンと来なかったんだよねえ」
「だってさ。良かったねジェイスン。帝国重装歩兵の真似をしなくて済みそうだよ」
「そりゃどーも。チャールズの方はいいのか?」
「見に行こうと思ったけど、あの二人が行っちゃったからな〜。外回りに出てる重装歩兵の方を見たらもう一回覗いてみるね」
「りょーかい」
「うん、いいと思うな」
 そうして、私は訓練所を一度後にした。

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