1137年 皇帝トパーズ

 トパーズたちは早速、訓練場へと向かっていた。一階への階段を降りながら、ジェイスンがふと前を歩くトパーズに声を掛ける。
「……そういやお前、どのクラスにするか目星はつけてるのか?」
「そうだね。どの兵を選ぶんだい?」
 タウラスも気になったようで、ジェイスンに同意するように尋ねる。階段を降りきり少し歩いたところでトパーズは足を止め、二人に振り返った。
「んーと、私とタウラスが術で後ろに下がるから、ジェイスンと一緒に前で戦う感じの人たちになるかな~って思ってるけど……まあ、あたしのカンになるかなあ」
「は?」
「うん?」
 前半の言葉に二人もうんうんと頷いていたが、後半の言葉に二人の動きがピタリと止まった。それには気づかず、トパーズは腕組みをしながら更に言葉を続けていく。
「そりゃあ、もちろんバランスも大事だけどね? この人となら一緒に行動してもいい、って思える人じゃないとって思いまして」
「ああ、それはそうだね」
「おい、それで残り二人猟兵男女にしたら俺が前で一手に敵を引き受ける羽目になるってか?」
 続くトパーズの言葉に納得したようでタウラスは再び頷いたが、ジェイスンは反論しトパーズへ詰め寄る。だが、フリーファイターで槍や大剣といった近接武器を扱う彼にとって、一人で一挙に敵の動きを集めるのは溜まったものではない。それに何より、敵を引きつけ守りに徹するなら、重装歩兵が適任である。
 ジェイスンの最もな言い分を聞いて、トパーズは申し訳無さげに両手を合わせて言う。流石に良心の呵責はあったらしい。
「あー……そうなったらごめん。私が術で敵を殲滅できるように頑張るから!」
「マジかよオイ」
「ジェイスン、回復なら僕が生命の水の熟練度上げるの頑張るよ?」
「そういう話じゃねえんだわ!?」
 タウラスはと言えば、とてもいい笑顔でジェイスンの肩を叩きながら言う。
 そんな風に三人がやいのやいのと宮殿の廊下で話に盛り上がっていたまさにその時、彼女らの背後から柔らかな女性の声がかかる。
「――あの、通り道を塞いでいるの分かっています? そこの御三方」
「!?」
 三人がビクっと肩を振るわせ恐る恐る振り向く。そこにはチャコールグレーの長い髪を靡かせ、帝国兵に支給されている鎧とは違う、独自の派手な鎧を身に纏った美女――フリーファイターのメディアがいた。
「なんだよメディアかよ」
「なんだよじゃありません。全く、ここ最近の傭兵隊長の仕事、全部私に押し付けないで下さる? ――ああ、トパーズ皇帝陛下、ご機嫌麗しゅう。これから、どちらへ向かいますの?」
「ええと、あと二人、直属兵を選ぼうと思って訓練所や詰め所に行く途中で」
「まあ、そうでしたの! 貴女が一体どなたを直属兵に選ぶのか、皆気にしておりましてよ?」
 やけに大仰な様子でメディアが言う。メディアの言葉に、トパーズは目を丸くした。
「何を驚く事があると言うのです? 貴女の選択で、今後の兵の運命が決まるというのに」
「……そうね。うっかりしていたわ。あたしは兵を選び、兵はあたしに選ばれるのだものね。……じゃあメディア。あなたを選びたい、と言ったら、あなたはどうするの?」
 トパーズの言葉に、今度はメディアの方が目を丸くする。だが、それも一瞬のこと。すぐに目をスッと細めて微笑み——
「――お断りいたします」
 トパーズの誘いを、一刀両断した。ジェイスンとタウラスは思わずトパーズの方を見る。トパーズはと言えば、一瞬驚いた様子を見せるが、感情を露わにする様子もなく、一呼吸置いてから淡々とメディアへ話しかける。
「……理由を聞いても?」
「ええ。私、まどろっこしいのは嫌いなので単刀直入に申し上げます。私、貴女が嫌いなんですの」
「おい、お前!」
「――」
 あまりにもその直接的すぎる物言いに、ジェイスンは叫び、タウラスは絶句する。そこまでハッキリ言うことはないだろう、と二人の表情は雄弁に語っていた。けれど、当の言われた本人はといえば、うんうんと頷いている。
「ありがとう、ハッキリ言ってくれて。やっとこれで確信できたわ。あたしもなんとなく、あなたから嫌われていそうだな~って思ってた。だから、その上であなたのことを試すようなマネをして誘ったあたしも謝るわ。ごめんなさい」
 そう言うと、トパーズは頭を下げる。メディアはフッと笑った。
「……嫌われているであろう相手にも誘う勇気、流石は皇帝陛下ですわ。かの皇帝ジェラール様も、初めの頃は当時の傭兵に侮られていたと聞いております」
「あの人は、己が力を傭兵に見せて納得させたけれど……あなたはあたしが皇帝である事が気に食わないの? それとも、あたしという存在そのものが嫌い?」
 トパーズが頭を上げて口を開く。どうやら彼女なりに理由が知りたいらしい。
「……何も覚悟も持たない上に人騒がせな事ばかり起こす帝国兵の風上に置けないような小娘がどうして選ばれたのか、心底理解できませんでした」
「……そうね。あたしはしょっちゅう仕事はサボるし詰め所や研究所で術を暴発させまくって問題行動が多かった」
「でも、皇帝に選ばれてからはそういった話しはほとんど聞きません」
「そりゃあね。いくら歴代皇帝の知識が引き継がれているとはいえ、あたし自身、皇帝の自覚があんまりなくてね。今必死に勉強しているんですよ。これでも一応」
「……皇帝の責務を放棄するような人間でしたら、私はとっくに出ていきました。けれど貴女は違った。貴女に皇帝としての覚悟があるなら、私は忠誠を誓っていいと思っていますの。――個人的な嫌悪は置いといて、ね」
「えっ」
「でも、私と貴女の性格的に、多分合わないと思いますの。だから、一緒にいたらきっとお互い、気疲れしてしまいます。ですから、せっかくの有り難い申し出ではありますが、辞退させていただきます。先程の不躾な物言い、大変申し訳ございません、皇帝陛下」
「うわちょ、そんな、頭あげてよ!」
「いいえ。私は少なくとも貴女に、皇帝陛下に不敬働きましたわ。処分なら如何様にもお受けいたします」
「……そりゃあ面と向かって嫌い、はびっくりしたけどあなたの言い分は最もだし、あたしも嫌いって言われた相手と一緒にいるのはやっぱりモヤっとしちゃうし……でも、あなたはとても強くて、頼もしいフリーファイターなのは知ってるわ。だから、辞めないで、あたしが宮殿を、アバロンを留守にする間、ここを守って欲しいのよ。他の帝国兵と一緒に」
「……トパーズ陛下。その寛大なお心遣い、誠に感謝いたしますわ。――先程申し上げた通り、私は貴女の皇帝としての覚悟に忠誠を誓います。一国の主という重大な責務を果たす貴女に、改めて臣従いたしましょう」
「えっと、あ、ありがとう……」
「トパーズ皇帝陛下。貴女様がどうか良き仲間と巡り会えますよう、祈っております。それでは、失礼致しますわ」
 そう言ってメディアは目元と口元を綻ばせ、一礼した後に踵を返して三人の元から立ち去って行く。その言葉に、当初感じていた刺々しさはなく、純粋にトパーズのことを応援しているのだという気持ちが伝わってきて、トパーズの胸がじんわりと熱くなる。
「……ま、断られちまったけど、良かったんじゃねえの? メディアもなんだかんだで認めたみてえだし」
 そう言うなりジェイスンがそっとトパーズの肩を叩き、タウラスは盛大に息を吐いてから口を開いた。
「もうどうなることかと思ったよ……トパーズ、大丈夫かい?」
「二人ともありがと! まあびっくりしたと言えばそうだけど……まあそりゃあ自分が万人に好かれてるとは思わないし……あと色々やらかしてたから反感買ってるだろうなとは思ってたし……」
 尻すぼみになりながら言うトパーズに「自覚はあったんだな……」とジェイスンとタウラスは同時に思った。彼女はきっと怒るだろうから口にはしないが。
「気を取り直していこうぜ。他にも兵はいるんだし」
「そうだね。トパーズに協力してくれる兵はいるよ、絶対」
「……そうね! 二人ともありがと。じゃあ改めて直属兵探しに行くわよー!」
 拳を高らかに上げ、笑顔で叫ぶトパーズに、ジェイスンとタウラスは眩しいものを見るかのように目を細める。トパーズには今のように笑っていて欲しい。だから、彼女の笑顔を、ありのままの彼女を見守ってくれるような人物が仲間になって欲しい。二人はそう思っていた。
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