第一章 リーリエ・スカウトされる

 晴れた青空。大地はどこまでも続く草原に彩られ風に揺られている。そこを整備された石畳の街道が一本通っており、今は一頭立ての荷馬車がゆっくりと走っていた。御者は白髪が目立ち始めた壮年の男性。荷車には薄茶色の多くの布袋。——そして、紅い髪を肩まで伸ばした少女が、荷車から身を乗り出すようにして乗っていた。
 彼女がキョロキョロと周囲を見渡すたびに紅髪は炎のように揺らめき、また同時に黒いクロス形の髪留めが日の光を受けて鈍く光っている。その華奢な身には似合わないブカブカの、粗末な黒いローブを羽織り、背中には荷物袋を背負っている。だが、一体何が入っているのかかなり重そうに見えた。
「今のところ、魔物の影も形も見えないね。よかったよかった」
 長閑な光景が広がるのを見て少女は胸を撫で下ろし安堵する。すると少女の隣に、黄緑色の肌と髪を持つ美しい女性が音もなくスッと姿を現した。
『ワタシの目にも見えないから安心していい、リーリエ』
 その口から出ているのは、まるで風の音だった。しかし少女——リーリエには伝わったようで、彼女もまた、口から風の音を出し言葉を交わす。
『うん。ありがとう、ホワイトリリー。貴女が風の精霊で本当に良かった』
『ふふ、こちらこそ。では引き続き怪しい影がないか監視を続けるよ』
 そうして音もなくホワイトリリーと呼ばれた風の精霊は姿を消した。すると、御者の男がリーリエに笑って話しかける。
「はっはっは。お嬢さん、ここは帝国の帝都に繋がる道さね。定期的に騎士様やそれぞれの村や町の自警団、時に冒険者を雇って巡回してるんだ。そうそう出てくるもんじゃあないさ」
「なるほど! だから平和なんですねえ。この頃、魔物が活発になってきたって聞いて心配になっちゃって」
「確かにね。俺んとこの村の近くでゴブリンっていう小鬼が出たって噂になったよ。襲われないように隣近所の村と連携して、自警団の巡回の数を増やしてるんだ」
「はー、それは大変ですねえ……」
「そんな中で一人で旅してるのも大変じゃあないのかい?」
「あー、えーっと……」
 リーリエが言い淀んだその時だった。
『リーリエ! 東の方からゴブリンの集団がやってくる!!』
『なんですって!?』
「うわっ、なんだこの強風!!」
 突然の強風に馬は嘶き、荷車が揺れる。急いでリーリエの元に舞い戻ってきたホワイトリリーが発生源だった。リーリエが東側を向くが、まだホワイトリリーのいうゴブリンの集団は見えない。だが、精霊や動物などを使役する者たちは、彼らの見たものを共有できる。
『ホワイトリリー、私にも見せて。あとこの距離で私たちは逃げ切れる?』
『ああ、今見せる。多分、逃げ切れるとは思う』
 ホワイトリリーの手がリーリエの手に触れる。すると、視界があっという間に広がった。広大な草原。なだらかな丘陵の向こう側から、小柄な子供のような、皮膚が緑色でツノの生えた小鬼——いわゆるゴブリンと呼ばれる魔物たちが手に棍棒や槍などを持ち十名ほど徒党を組み行進していた。確かに、この距離でこの馬車の速さならば追いつかれる事はないだろう。
「(奴らの目的は、何?)」
 ゴブリンが真っ昼間に徒党を組み現れることは珍しい。大体、夕暮れどきに現れるのが定石だからだ。——何か、何か目的があるはずだ。
 リーリエはホワイトリリーの視界を借りてゴブリンの目指す先を見る。そこに、おそらく目的のものが、あった。
「放牧……牧草地……」
 そこには、草を喰む多くの羊がいた。近隣の村で飼育され、定期的に放牧されているのをゴブリンたちに目をつけられたのだろう。
「ああ、この辺は近所の村の牧草地でもあるのさ。だけど魔物が増えてからはあまり遠くでは行わないようにって上から通達が出たんだが……」
 リーリエの呟きに答えるように、御者は説明する。リーリエは聞きながら荷車の縁をギュッと掴んだ。そして一度目を閉じて大きく息を吸い、吸った息を全て吐き出し終えてからカッと目を見開いた。髪と同じその紅い瞳は、燃え盛る炎のようだった。
『リーリエ……』
 心配そうに見つめるホワイトリリーに、リーリエはニコリと笑った。
『ホワイトリリー、着地任せた』
 ホワイトリリーは黙って頷く。そして今度は、御者へ向かって叫んだ。
「……おじさん、ごめん! ちょっと私、そこの放牧地行ってきます!!」
 そう言ってリーリエは走る馬車からひらりと飛び降りた。——ホワイトリリーに抱えられて。それに驚いたのは御者の方である。
「えっ、あっ、お嬢さん!?」
「私なら大丈夫! これでも魔術師なのでー!!」
 御者が慌てて馬を止める。馬は驚き、悲鳴を上げるた。振り向けば飛び降りた少女は笑ってこちらへ向かって手を振っている。
「全く! 驚かせるんじゃないぞ!!」
「ごめんなさ〜い! ここまで来れば、歩いて帝都までいけるはずなので! 乗せくれてありがとうございました!!」
「おう! 気をつけてな! 旅の魔術師のお嬢さん!!」
「はーい!」
 そうして黒い重そうなローブを翻し、少女は颯爽と駆けていく。御者は、その小さな背中が見えなくなるまで見送っていた。
2/2ページ
スキ