サガ50題。

 ――マラル湖。
 世界最大の湖にして“大湖の主”とも呼ばれる四天王の一人、水竜が住まう場所である。
 ここマラル湖のあるクジャラートでは慢性的な水不足に昔から悩まされており、その度に若い娘をいけにえにして水竜に恵みの雨を降らせて貰った。
 俗に言う『水竜の祭り』である。
 この地域では一般的な神々への信仰よりも水竜への信仰心の方が高かったのだ。
 ……しかし、それも昔の話。灌漑設備が充実し始めた今では水竜への信仰は次第に忘れられ、クジャラートの中心はマラル湖近くのタルミッタではなく、ローザリアに程近いエスタミルへと遷ってしまった。
 つい最近、タルミッタ大守・トゥマンが祭りを蘇らせるまで実に半世紀以上の時が 過ぎていたのだ。
 そんなマラル湖の水上を、今は一艘の小舟がゆらゆらと走っている。
「……しっかし、四天王って奴らはみんな人使い荒いよなー。お使いの次は餌を増やせって酷くね?」
「でも、依頼を引き受けるジャミルもジャミルじゃないの~?」
 舟のてっぺんから気だるげな声が聞こえてくる。下で櫂を操っていたダウドは帆の真上を陣取っているジャミルに向かって声を張り上げた。
 それに対し、ジャミルは怒鳴り声で返す。
「うるせー! 文句はオレじゃなくてラザの野郎に言え!!」
「何を言うかジャミル殿! 我らが信仰の源をないがしろにしてどうするのだ!!」
「だーっ! オレは水竜信仰してねーよ! つーか神だのなんだの信じちゃいねぇっての!!」
 それからしばらく、小舟のてっぺんにうまい具合いに乗っかったジャミルと、下で櫂を動かしていたクジャラート兵のラザが喧喧囂囂と言い合いを始めたのだった。
 二人の喧嘩はこれが初めてではない。例え出身が同じ国でも育った地域が違えば意見が異なる、といういい例を示していた。
 そんな風に上と下で子どもの喧嘩じみた、いつもの意見のぶつかりあいが始まってしまった。ダウドは助けを求めて反対方向で櫂を操るミリアムとダークの方を見るが、そちらもジャミルとラザのような状態に陥っていた。
「あたしはやっぱアムトだな~。北エスタミルに神殿あるし。……ねー、ダークは? 何か信じてる神様とかいるの?」
「アサシンに信仰を聞く人 間を初めて見たな」
「だからってそんなヘンな目で見ないでよ。どーせ信じているのは自分の腕とか言うんでしょ?」
「当たり前だ。そんな気まぐれにしか手を貸さぬ神に祈っても意味がなかろう。第一、俺が祈るとしたらこれから倒そうとするサルーインだぞ?」
「それもそうよねー。でも、アンタの中にいたもう一人はアムトに祈ってそうな勢いだったけど?」
「それは愛しいと思う相手がいたからだろう。俺には関係ないことだ」
「……やっぱりあんた、記憶が戻らない方がよかったんじゃない? 今より円滑にコミュニケーション取れてたわよ絶対」
「何を言うか。これが俺の素だ」
「……」
「……」
「なんでみんなそうやって喧嘩するんだよー……」
 ケンカするほ ど仲が良い、という言葉はあるが正直これは度が過ぎているんじゃないのだろうか、とダウドは頭を抱えた。
「だーかーらー……っと、オイ! 神殿の入り口が見えてきたぜ!! 準備はいいか?」
「あったり前でしょー? そろそろ湖の風景にも飽きてきたのよね~」
「ほう、珍しく奇遇だな。俺もだ」
「あら珍しい。明日は雪でも降るのかしらね?」
「出来ていないわけないだろう! 待っていてください水竜様!」
「おいらも大丈夫だよ、ジャミル」
 ダウドはこの仲間たちの変わり身の早さには舌を巻いている。やるべきときにはちゃんとやり、そうでないときは思いっきり羽目をはずす。そんなメリハリあるパーティだからこそ、ここまで生き残れてきたんだろう。
 お互いの力量はしっかり認めているし、些細な動作ひとつで次にどんな技を繰り出すのかわかるようになってきていた。だから連携がとれている。
「うっし! それじゃあいっちょ水竜サマを拝みにいきますか!」
 ジャミルの号令とともに、巨大な神殿の入り口へと小船は進んでいった。
 ――悲劇が既に起こっていることもことも知らず。

* * *

「……どういうことだ?」
「なんで水がこんなに濁ってるの……?」
「いったい何が……? 水竜様! いるのならば返事をしてください!!」
 神殿の内部に住み着いているモンスターを避けつつ、ジャミル一行は神殿の奥にいるであろう水竜の元へと急いだ。
 その奥の広間にある澄んだ美しい水のカーテンがまるで大雨の後の川のように泥水で濁っており、神聖な空気を纏っていたはずのその場所にはどことなく不穏な空気が漂っていた。
 そして何処からともなく地響きがし、泥水のカーテンの向こう側から何かがやってくる気配がした。
「ジャミル……なんかおいら嫌な予感がするんだけど……」
「言うな、ダウド。オレだってそうなんだから」
「……くるぞ。言いたくはないが武器の準備をしておくんだな」
「……」
 全員がいつでも戦闘が出来るように臨戦態勢を整えたそのとき、姿を現したのは……水竜ではあったが水竜ではないものだった。
 美しかった鱗は汚れて剥げ落ち、表情は醜く歪んでいる。そして、その口から発する言葉は驚愕の事実だった 。
『……よくやってくれた。水竜は我が手に堕ちた。貴様らには礼をくれてやろう。――死ね!』
 水竜だったものはジャミルたちに向かって巨大な氷の弾丸を吐き出した。
「チッ……!」
「くそっ!」
「うわあぁぁぁあ!!」
「きゃあぁああ!!」
「ぐぁ……っ!」
 水竜からの突然の攻撃にジャミルとダークは手にしていた武器を使い氷の弾丸を叩き落としたが、ダウド、ミリアム、ラザは受け身が間に合わず、その衝撃で後方に吹き飛ばされてしまった。
「みんな、無事か?!」
 仲間を介抱すべくジャミルは三人の元へ素早く駆け寄った。あの弾丸をまともに食らったらひとたまりもないことは、受け流した時の衝撃の余韻が全身に残って いることから容易に推測できる。
「な、なんとか……」
「っつ……ちょっと、ヤバいけど、ね……」
「…………」
「ラザ、ラザ! 大丈夫か?! 返事しろよ!!」
 三人の内、ミリアムとダウドは全身血まみれになりながらもどうにか立ち上がるが、ラザは仰向けになったまま起き上がる気配が見えない。
 ジャミルが必死で声を掛けるが、ただうわ言を繰り返すだけだった。
「……水竜様……なぜ……どうして……?」
 ラザの問いかけに変わり果てた水竜が答えるはずもなく、追い打ちをかけるかのごとく冷水のような言葉を浴びせるだけだった。
『ほう……この攻撃を受けてもまだ立ち上がるか虫ケラ共が。ならば一匹ずつ始末してやろう』
「……」
 邪悪なモンスターと成り果てた水竜は、巨大な頭を振りかぶり、鋭利なその角をラザへと向けた。ラザに動く気配はない。ジャミルは一つ舌打ちするとラザの目の前に立ち、叫んだ。
「させるかっ! クイックタイム!!」
『!! おのれ、人間風情がこしゃくな真似をっ!』
「なんとでも言えっ! ……おい、動けるか?」
「……アタシは大丈夫よ」
「おいらもなんとか……だけど、ラザが」
「……水竜様……」
「フン、己の信仰するものから裏切られたショックが大きいのだろう。……哀れだな」
「御託は後だ、さっさと逃げんぞ! ラザはオレが運ぶ!!」
 そうして、ジャミル一行は逃げるように水竜の間をあとにした。
『フハハハハハ!! 逃げたところでこの濁竜に適うとでも? 主を 失った湖が枯渇する様を、指をくわえて見ているがいい!!』
 ――水竜だったものの、叫び声を聞きながら。

* * *

 ほうほうの体で、マラル湖を脱出し、どうにかタルミッタまで辿りついたジャミル一行は早々に宿を取り、みな同じ部屋で休んでいた。
 ジャミルは椅子に腰掛けテーブルに突っ伏しており、その相向かいにダウドが椅子の背もたれにもたれ掛かるながらぐったりと座りこんでいた。ミリアムはベッドに腰掛けぼんやり外を眺め、ダークは窓際で腕を組ながら立ち目をつむっていた。ラザは他の仲間と少し離れたベッドの端っこで、三角座りをして顔を伏せている。
 部屋の中には、重くどんよりした空気が漂っていた。
「まさかあんな事になってるなんて……」
 そんな部屋の空気に耐えられなくなったのか、ダウドは椅子にもたれたまま溜め息混じりに口を開いた。それに同調するかのように、同じくテーブルに突っ伏したままジャミルが文句を言う。
「ったく、せっかく餌の水棲系モンスターを増やしてやったってのによー」
「よーするに間に合わなかったってことでしょ? っていうかアレって……」
「水竜をのっとったのはサルーインのミニオンだろう。アサシンギルドが使えなくなった代わりに混乱させようとしてるんじゃないのか? ……フン、わざわざモンスターを操って食糧を減らすなど手間のかかることをする」
 ジャミルの言葉を受けてミリアムが言い、ダークは窓の外を見たままミリアム の言い分を遮って続けた。ミリアムはそれに少々ムッとしながらも相槌を打つ。
「あー、やっぱり~?」
「それ以外にあんなものをのっとる奴がいるか?」
 ダークが呆れたようにミリアムに言い返した瞬間、今まで座って黙りこんでいたラザがゆらりと立ち上がり、いつの間にかダークに詰め寄っていった。
「……あんなものとはなんだ! 水竜様に謝れ!!」
「ら、ラザっ! 落ち着いて!! ほら、ダークも煽っちゃ駄目だってば!!」
 怒りに任せてダークに掴みかかっていったラザを見たダウドが慌ててダークとラザの間に入ろうとするが間に合わず、既にラザは今にも噛みつかんばかりの勢いでダークの襟を掴んでいた。
 燃え上がる炎のように激昂する ラザとは対照的に、ダークは凪いだ水面のように冷静かつ冷静だった。
「いないものにどうやって謝れと?」
「水竜様は……いる! きっと倒せば元に戻って」
「ありえんな。お前だって分かっているはずだ。もう、水竜が元に戻らないくらい」
「そんなこと……そんなこと……ないっ!!」
 ダークに責められ少しずつラザは勢いを失っていった。襟元を掴んでいた手は緩み、睨んでいた瞳は視線をさ迷わせ、声は今にも泣き出しそうなほどに震えている。
「……じゃあ、聞いてみればいいじゃないか! 元に戻るかどうか!!」
「はぁ?! ンなこと誰に聞くってんだよ?」
 今にも殴り合いに発展しそうな二人をおろおろしながら見守っていたダウドが突然叫んだ。その突拍子もない発言に、ジャミルが間髪入れず突っ込む。
 だが、ダウドからはさらにとんでもない言葉が発せられたのだった。
「――フレイムタイラントに」

* * *

 そして、ダウドのこの発言によってジャミル一向は再び水竜の神殿へと足を向けた。
 ——紅蓮の炎を纏った両手斧を携えて。
「準備はいいか?」
 ジャミルが水竜の間に続く扉の前で後ろを振り返った。
「大丈夫!」
「いつでも良いわよ!」
「あぁ」
「構わん」
「よし……入るぞ!!」
 仲間たちの頷きに答えるように、ジャミルは神殿の最奥へ続く扉に手をかけた。
『ほう……虫ケラ共がまた来たか。望み通り殺してやろう』
「……ハッ、なーに寝惚けたこと言ってんだ? 倒されんのはテメェの方だってのっ!!」
 ジャミルがそう叫ぶと手にしていたメイジスタッフを逆手に持ち、電光石火の素早さで濁竜に向かって突撃していった。
「水竜様を返せ!!」
 続けてラザがクジャラート弓から目にも止まらぬ早さで矢を幾度も放つ。
「負けるもんかっ!!」
 ラザの矢が放たれた瞬間、ダウドも電撃を纏った蹴りを濁竜に浴びせた。
『人間風情がっ! ……ぐあっ!?』
 続けざまに加えられる攻撃に濁竜が嘶き攻撃を加えようとした瞬間、思いもよらぬ方向から斬撃が加えられた。
「……貴様らのやり方にはいい加減ヘドが出る」
 正面を仲間に任せ、 濁竜の影に隠れていたダークが抜刀と共に死角から攻撃を加えたのだ。
『……フン、なかなかやるようだな。だが、この程度の攻撃で私は倒れぬ!!』
 濁竜はジャミルたちの見事な連携攻撃に翻弄されるも、すぐさま体制を整えるとその巨体から想像もつかない速さで腕を振り回した。
「どこを狙っ……ミリアム! 避けろ!」
「ッ?! ……きゃああああああああああ!!」
 その標的は前衛で戦うジャミルたちではなく、後衛で両手斧を持つミリアムだった。ジャミルがミリアムを庇おうと駆け寄るも人間離れした俊敏な動きに追いつけるはずはなく、またフレイムタイラントを呼び出すことに集中していたミリアムに避ける術などなかった。
 はるか後方へと吹き飛ばされるミリアムの姿に、ジャミルが彼女の名を叫ぶ。
「ミリアムっ!」
『……やはり人間は 脆く儚い生き物だな。殺すことなど造作もないわ。安心しろ、すぐにあとを追わせて』
「……はっ、言って、くれるじゃないっ……!」
「みっ……ミリアムっ!! 大丈夫?!」
「まあね! 伊達に何度も修羅場を潜ってないわよ?」
『……あのまま倒れていれば良いものを。まだ痛い目をみたいようだな、小娘』
「ったく、勝手に人を殺すんじゃないわよっ! ……さあ、来なさいフレイムタイラント。『火のゆらめき』!!」
『……む、させるか!』
 ミリアムは柱に叩き付けられ、満身創痍になりながらも立ち上がり君主の大斧を高く掲げて呪文を叫ぶ。
 その瞬間、ミリアムの体は紅蓮の炎に包まれあっと言う間に姿が見えなくなっていった。
 召喚させまいと濁竜が氷の弾丸を放つが、勢いを増す炎の前に氷は成すすべもなく溶けていく。
 やがてそれは神殿の天井にまで届かんとする火柱となり、神殿を震わせる程の咆哮とともにフレイムタイラントが姿を表した。
『フン……呼ばれて来てみれば水竜の神殿とはな。もう少し場所を考えて呼び出さんか勇者どもよ』
「出てきていきなり文句かよ!」
「ジャミルってば! あ、あのっ、呼び出したのは……」
『今、我の目の前にいるあやつのことであろう? わかっている。少し前から水竜の気が消えてしまったからな』
「フレイムタイラントよ! 水竜様は……水竜様は元に戻られるのか?!」
『それは我にも分からぬよ、エロールの子』
「そんな……」
 その場に崩れ落ちるラザを横目に見な がら、フレイムタイラントは濁竜に視線を向け問いかける。
『水竜よ。お前はまだ其処に居るのか?』
『…………死ね』
 フレイムタイラントの問いかけには答えず、濁竜は再び水の弾丸を放ったのだった。
『……そうか。嘗ての同胞も忘れたか。――ならば、お前は我の敵なり!』
 フレイムタイラントはあまりにも変わり果てた仲間の姿に憂いだものの、すぐさま迎撃体勢を整えると炎の鞭で冷たい弾丸を叩き落とした。
『ぐぅ……貴様、水は苦手だったはずであろう?!』
『こんなもの、水のうちに入らぬ。お前の濁った水など私の炎で蒸発させてやるわ!』
 攻撃を回避されうろたえる濁竜にフレイムタイラントが吼える。
「すげー……」
「オイ! 呆けてる暇なんてねぇぞ、ダウド。一気に畳み掛ける!」
「! う、うん!!」
 ——それから、双方で激しい攻防が続いた。濁竜の連続攻撃に倒れては回復の術を唱えて起き上がり、ジャミルたちも濁竜に技を叩き込むがなかなか倒れず、戦闘はいたずらに長引いていった。
『フハハハハハハハハ! 所詮は人間。四天王である私に貴様らの攻撃など効かぬわ!!』
「っきしょー……どんだけタフなんだよコイツはっ!」
 回復術の光に包まれて、口の中に溜った血を吐きだし立ち上がりながらジャミルが悪態をついた。
「フン、無駄口叩く暇があるならさっさと立て。二撃目が来るぞ」
「き、きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ダークが癒しの水を唱えながらジャミルに言う横で、ダウドが今まさに濁竜による直接攻撃の餌食にならんとしていた。
 ダウドに濁竜の腕が振り下ろされる瞬間、両者の間に割り込む姿があった。
「大丈夫か、ダウド殿!」
「……あれ? えっ、ラザ?!」
 恐ろしさのあまり目を瞑ってしまったダウドの前には、手にした衝槍で自分の倍以上ある腕を受け止めていたラザの姿があった。
『ぬぅ……っ! 邪魔をしおって!!』
「ぐあっ……!!」
「うわあっ!!」
 濁竜が腕に力を込めた瞬間、ラザの手にしていた槍はあっけなく吹き飛んだ、その衝撃で、ラザと後ろにいたダウドは体を床に打ち付けられる。
『殺してくれる!!』
『させぬ!』
 濁竜は倒れこんだ 二人を見逃しはしなかった。そのまま腕を伸ばして二人をなぎ払おうとしたが、その横からフレイムタイラントが炎をまとって突進したため遮られてしまった。忌々しそうに叫ぶと、返す腕で濁竜はフレイムタイラントに攻撃を加える。
『炎の分際で!』
『ぐあああああああああああああああ!!』
 濁竜の口から、大量の水が連続して吐き出された。フレイムタイラントは回避を試みるも失敗し、その場に崩れ落ちていった。
 間近で見ていたダウドとラザが同時に叫ぶ。
「フレイムタイラント!」
「フレイムタイラント殿っ!」
『私のことは構うな。奴を仕留めることだけを考えよ!!』
 振り絞るように叫び声をあげながらフレイムタイラントは消えかかる自身の炎を燃えがらせその巨体を持ち上げていた。視線をフレイムタイラントから濁竜へと戻し、ぐっと唇を引き締めダウドが立ち上がる。だが、ラザは膝をついたまま、じっと濁竜の動きを見つめていた。
「ラザ?」
「……」
「ったく! いい加減、倒れろっつーの!!」
「やはり図体がデカいだけはあるな」
『ぐっ! ……道具風情が!』
 ダウドとラザ、フレイムタイラントとは反対側から、ジャミルが叫び声とともにブラッドフリーズを発動させ、それに続くようにダークの空気すら切り裂くような剣閃を叩き込んでいた。濁竜は、口からおびただしい量の血を吐くと、その巨体をグラリと揺らす。しかしそれも一瞬のこと。すぐに体制を整えると自らの尾をムチのようにしならせ、ジャミルとダークに向かって攻撃してきた。だが、再び紅蓮の炎を纏い突進するフレイムタイラントによりその攻撃は阻まれる。
「……ダウド殿、隙を作ってもらえるか」
「えっ」
 ラザは衝槍をその場に置くと、背負っていたクジャラート弓を取り出し立ち上がっていた。兜に隠れた目は見えないが、その視線の先には濁竜がいる。ただじっと、彼は濁竜を見つめていた。
「……わかった。おいらはいつでも大丈夫だから」
「ありがとう」
 そう一言礼を述べるとラザは極限まで弓を引き、狙いを定める。ダウドはそれを見届けると、すぐに濁竜へ向かって駆け出していった。それと同時に、ジャミルもバトルスタッフを構えて濁龍へ向かって走り出していた。
「ダウド、行くぞ!!」
「うん!」
 濁竜の脇腹に、ジャミルが渾身の痛打を叩き込んだ。続けてダウドが走ってきた勢いでその巨体を器用に投げ飛ばす。
『ぬウッ、まだそんな力が残っているだと……!?』
「随分舐められたものだな」
 投げ飛ばされ不安定になっているところにダークが手にした小型剣で狙い澄ました一撃を浴びせた。そして更にフレイムタイラントが縛り上げるがごとく炎の鞭を巻きつけて行く。
『今、楽にしてやろう。それがせめてもの情けだ』
『しれたことを!!』
 濁竜は炎の鞭を引きちぎる。だが次の瞬間、無数の矢が瀑布のように濁竜に降り注いでいった。
『ぎゃあああああああああああああああああああああ!!』
「……」
 ラザは濁竜が息絶えるのを見届けるかのように、ただひたすら無言で鋭利な矢の雨を降らせ続けた。ジャミルも、ダウドも、ダークも、そしてフレイムタイラントも何もせず、その光景を静かに見つめる。
 やがて耳をつんざくような絶叫は聞こえなくなり、一拍遅れてその巨大な体躯は地響きと共に床へと崩れ落ちていった。
「水竜様っ!!」
 ラザは持っていた弓を投げ捨て、濁竜の元へと駆け寄る。
「!?」
 しかし、その体は眩い光に包まれると跡形もなく消えてしまった。
 一振りの、奇妙な形の両手斧を残して。

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