サガ50題。
ここは、リージョン・クーロン。
多くの人やものが行き交う最重要拠点でありながら、その治安が悪いことで有名な地である。そんなクーロンの更に治安の悪い裏通りに一軒の小さな診療所があった。そこに、今一人の患者が来ている。
「一体どういった症状なのだね?」
この診療所を営む医者かつ上級妖魔のヌサカーンは、不敵な笑みを浮かべ、青い法衣で身を包んだ青年患者を改めて見つめなおした。その患者は虫の居所が悪いらしく、眉間に皺を寄せ、早く終わらせろと訴えている。
「別にどこも悪くはない。この女が勝手に連れてきただけだ」
「何ふざけたこと言ってるのよブルー! 熱がこんなにあるじゃない!!」
ブルーと呼ばれた患者の横に立っていたチャイナドレスに身を包んだ女性――メイレンという――が彼の額に手を当てながら怒鳴った。彼女がこの融通の利かない金髪の術士を引っ張ってきたのだろう。そうでもしない限り、彼自身が好き好んでこの古臭い診療所に足を運ばないことくらい知っている。
「……うるさい、頭に響くだろうが。もう少し静かに言え」
しかし、ブルーは更に眉間の皺を深くさせてメイレンに一蔑をくれてやった。その一部始終を黙って見て聞いていたヌサカーンは手元のカルテにさらさらとメモしていく。
「ふむ、熱があって頭痛がする、と」
「おい、何を勝手に書いている貴様」
怒りを露にした低い声に対し、ヌサカーンはカルテを見ながら医者としての言葉を続けた。
「典型的な風邪の症状だね。ゆっくり休んだ方がいい。薬も処方しておこう」
「別にそんなものは要らん。俺はこれから勝利のルーンを取りに行く」
「まだそんな事を!? いくらなんでも無茶よ! 大体、ここまで来るのだってふらふらしていたじゃない!」
「……だから静かに……」
「ブルー、彼女の言う通りだよ。今の君には無理だ」
「……なんだと?」
メイレンと再び言い合っていたブルーだったが、ヌサカーンのその一言にピクリと反応すると、怒気を孕んだ言葉と共に振り向いた。しかしヌサカーンはそれに臆することはなく、淡々と言葉を続ける。
「そんなことで冷静な判断が出来るとでも? あそこには強力な守護者がいるという話だ。そんな状態で一体どうやって戦うつもりかね?」
「……」
ブルーは言い返そうとしたが、言葉に窮し押し黙った。そんなブルーを諭すようにメイレンがふわりと優しく彼女が彼の両肩に手を置く。
「ブルー、焦る気持ちも分かるわ。だけど、今はゆっくり休むべきよ」
「焦っていては見えるものも見えなくなるという。そんなことでは命が幾らあっても足りないぞ?」
「……」
――ガタンッ!
突然、無言でブルーが立ち上がった。
「……貴様らの言いたいことは分かった」
「ブルー……じゃあ、」
「勘違いするな。お前らに言われたからじゃない。頭痛が酷くなってきたからだ。……帰るぞ」
それだけ言うとブルーはスタスタと去っていった。それを見たメイレンが慌てて制するように叫びながら追い掛けて行く。が、メイレンは診療所の入り口で思い出したようにくるりと振り返ると、深々と頭を下げて礼を述べた。
「ブルー! 待ちなさいよっ!! ……っと先生、今日はすみませんでした。ブルーったら本当にもう」
「いやいや、彼の性格なら私も分かっているからそこまで謝らなくとも構わないさ。それよりも貴女はブルーの側についていた方がいい。彼は目を離した隙に何をしでかすかわからないのでね」
「ええ、もちろんよ! 旅仲間の事なら任せてちょうだい。それじゃ、また何かあったときはよろしく頼むわね」
「あぁ」
ヌサカーンが苦笑しながら言うのに対し、メイレンは微笑みながら答えると、メイレンはブルーのあとを足早に追い掛けていった。ヌサカーンはそれを見送った後、診察室に戻った時にはたと気が付く。
「……しまった、薬を渡すのを忘れていたが……まぁ彼なら大丈夫か」
そうしてヌサカーンはフッと笑うと仕事に取り掛かった。戦いに明け暮れる者たちに、束の間の休息という薬を与えるために。
終
多くの人やものが行き交う最重要拠点でありながら、その治安が悪いことで有名な地である。そんなクーロンの更に治安の悪い裏通りに一軒の小さな診療所があった。そこに、今一人の患者が来ている。
「一体どういった症状なのだね?」
この診療所を営む医者かつ上級妖魔のヌサカーンは、不敵な笑みを浮かべ、青い法衣で身を包んだ青年患者を改めて見つめなおした。その患者は虫の居所が悪いらしく、眉間に皺を寄せ、早く終わらせろと訴えている。
「別にどこも悪くはない。この女が勝手に連れてきただけだ」
「何ふざけたこと言ってるのよブルー! 熱がこんなにあるじゃない!!」
ブルーと呼ばれた患者の横に立っていたチャイナドレスに身を包んだ女性――メイレンという――が彼の額に手を当てながら怒鳴った。彼女がこの融通の利かない金髪の術士を引っ張ってきたのだろう。そうでもしない限り、彼自身が好き好んでこの古臭い診療所に足を運ばないことくらい知っている。
「……うるさい、頭に響くだろうが。もう少し静かに言え」
しかし、ブルーは更に眉間の皺を深くさせてメイレンに一蔑をくれてやった。その一部始終を黙って見て聞いていたヌサカーンは手元のカルテにさらさらとメモしていく。
「ふむ、熱があって頭痛がする、と」
「おい、何を勝手に書いている貴様」
怒りを露にした低い声に対し、ヌサカーンはカルテを見ながら医者としての言葉を続けた。
「典型的な風邪の症状だね。ゆっくり休んだ方がいい。薬も処方しておこう」
「別にそんなものは要らん。俺はこれから勝利のルーンを取りに行く」
「まだそんな事を!? いくらなんでも無茶よ! 大体、ここまで来るのだってふらふらしていたじゃない!」
「……だから静かに……」
「ブルー、彼女の言う通りだよ。今の君には無理だ」
「……なんだと?」
メイレンと再び言い合っていたブルーだったが、ヌサカーンのその一言にピクリと反応すると、怒気を孕んだ言葉と共に振り向いた。しかしヌサカーンはそれに臆することはなく、淡々と言葉を続ける。
「そんなことで冷静な判断が出来るとでも? あそこには強力な守護者がいるという話だ。そんな状態で一体どうやって戦うつもりかね?」
「……」
ブルーは言い返そうとしたが、言葉に窮し押し黙った。そんなブルーを諭すようにメイレンがふわりと優しく彼女が彼の両肩に手を置く。
「ブルー、焦る気持ちも分かるわ。だけど、今はゆっくり休むべきよ」
「焦っていては見えるものも見えなくなるという。そんなことでは命が幾らあっても足りないぞ?」
「……」
――ガタンッ!
突然、無言でブルーが立ち上がった。
「……貴様らの言いたいことは分かった」
「ブルー……じゃあ、」
「勘違いするな。お前らに言われたからじゃない。頭痛が酷くなってきたからだ。……帰るぞ」
それだけ言うとブルーはスタスタと去っていった。それを見たメイレンが慌てて制するように叫びながら追い掛けて行く。が、メイレンは診療所の入り口で思い出したようにくるりと振り返ると、深々と頭を下げて礼を述べた。
「ブルー! 待ちなさいよっ!! ……っと先生、今日はすみませんでした。ブルーったら本当にもう」
「いやいや、彼の性格なら私も分かっているからそこまで謝らなくとも構わないさ。それよりも貴女はブルーの側についていた方がいい。彼は目を離した隙に何をしでかすかわからないのでね」
「ええ、もちろんよ! 旅仲間の事なら任せてちょうだい。それじゃ、また何かあったときはよろしく頼むわね」
「あぁ」
ヌサカーンが苦笑しながら言うのに対し、メイレンは微笑みながら答えると、メイレンはブルーのあとを足早に追い掛けていった。ヌサカーンはそれを見送った後、診察室に戻った時にはたと気が付く。
「……しまった、薬を渡すのを忘れていたが……まぁ彼なら大丈夫か」
そうしてヌサカーンはフッと笑うと仕事に取り掛かった。戦いに明け暮れる者たちに、束の間の休息という薬を与えるために。
終