サガ50題。

 リージョン・京。個性豊かな他のリージョンに負けず劣らず、風変わりな文化を発達させたところである。また、術の資質を集める者たちにとっては切っても切り離せない場所でもある。ここで心術の資質を得られるからだ。
「心が半分に分かれている、か……」
 美しい庭園に備えられたベンチで銀髪の青年が項垂れていた。人によっては彼の服装からマジックキングダム出身の術士だとわかるだろう。独特な赤い法衣を纏った彼は、紅葉に彩られた庭園の中で綺麗に溶け込んでいた。
 そんな彼に近づいてくる人物がいた。天まで届きそうな逆立てた黒髪が印象的な、少年のようなあどけなさを残した青年だった。その両手には一つずつ飲料の入ったボトルを持っている。
「……」
 黒髪の青年が銀髪の青年の目の前にきて立ち止まるが、銀髪の青年が気づいた風はない。すると黒髪の青年はおもむろに水の入ったボトルを銀髪の青年の頬の辺りに押し付けた。
「まだあのばーさんに言われたこと気にしてんのか? ルージュ」
「うわっ! ……もう、レッドってばびっくりさせないでくれよ!」
 黒髪の青年、レッドの行動でようやく銀髪の青年、ルージュが顔を上げて抗議する。だが、レッドはそれに対してどこ吹く風と言ったようにさらりと言い返した。
「目の前から来てて気付かないお前もどうかと思うぞー」
「……ごめん」
「ほい、水で良かったんだよな」
「あ、ありがとう」
 レッドの言葉にルージュは眉を寄せる。そんなルージュにレッドは改めてボトルをそっと差し出した。それを受け取り、キャップを開けて一口飲む。ただの水なのに、ルージュには美味しく感じた。
 レッドはというと隣に腰掛けてボトルを開けたところだったようだ。開けた瞬間にプシュッと弾けたような音と爽やかな甘い香りが辺りに漂う。ただ静かに、ゆっくりと時間が流れていった。
「このあと、どうするんだ?」
「えっ?」
「だってさ、ここでは術の資質が手に入らないんだろ? じゃあ他を当たるしかないんじゃないか」
「そうだね……」
「ハッキリしないなー。何が気になってんだよ。あのばーさんにお前、啖呵切ってたじゃんか」
 煮え切らない返事につい、レッドの口調が荒くなる。ルージュはというと困ったような顔をして微笑んだ。
「うん、確かにあれは僕の本心で、でも、理想でしかないから……本当に、できたらいいのに」
「じゃあ、やってみればいいじゃん」
「それくらい、気軽に出来たらどんなにいいか……」
「大丈夫だって!お前なら出来るよ。俺が保証するから!」
「ええー、レッドの保証ってなんだか怪しいなあ~」
「言ったな!?」
「ふふふ、こっちだよ!」
「あっ、待てよ逃げんな!」
 レッドがルージュに掴み掛かろうとした瞬間、ルージュはひらりとかわして立ち上がると走り出していた。そして、レッドも追いかけるように立ち上がり駆けてゆく。
 そのまま二人は追いかけっこをしながら燃えるような紅葉の中を走り抜けていった。やがて、レッドに追いつかれたルージュは腕を掴まれバランスを崩し、枯葉の中に倒れこんだ。それにつられるようにレッドも枯葉の中に突っ込んで行く。
「いてて……おい、ルージュ。大丈夫か?」
「レッド、ありがとう。僕、やってみる。宿命になんて負けない」
「……そっか。よっ、と。ほら、掴まれよ」
「うん」
 ルージュは静かな声で決意した。その目は真っ直ぐ前を見据えて、揺るぎない。どこか迷いから吹っ切れた様なその表情に、レッドは小さく微笑んだ。先に軽々と立ち上がり、自らの手を差し出す。ルージュはその手を掴み、立ち上がった。
「うし! じゃあ、どっから行くんだ? ルージュ」
「うん、あのね――」
 立ち上がった二人は並んで歩き出し、シップ発着場へと歩き出した。

* * *

「資質を得られない、だと?」
 ――今日は珍しい客が来るものだ。
 心術修行場の受付をしている老婆は目の前の客の特徴的な青い法衣をちらりと一瞥すると無表情のまま、もう一度目告げる。
「先ほど言った通りだよ。そなたの心が二つに分かれているせいで、そなただけ心術の修行を行うことが出来ん。そちらの者たちなら受」
ダンッ!!
 老婆が言い終わる前に、目の前の青年が机を叩いた。頭上で一纏めにした金の髪がさらりと揺れる。青年の整った表情は今や怒りで歪んでいた。平時ならばそれはもう見目麗しい顔をしているだろうに、と老婆は内心一人ごちた。青空を切り取ったかのような瞳は今や老婆を射殺すかのように睨みを利かせている。だが、老婆とて引く気は毛頭なかった。半人前の若造の眼力など可愛いものである。
「ちょっとブルー! やめなさいってば!!」
「老人は労わろうぜ~」
「そうだよ! かわいそうだよ~!」
 だが、二人がにらみ合って数秒。妙齢の女性が青年の後ろから飛び出し、その腕を引っ張る。ブルーと呼ばれた青年術士は後ろを振り返り、今度は女性に対して睨む。そして女性を援護するように、楽器を抱えた青年と、つぶらな瞳が印象的なモンスターの少年が飛び出した。ブルーの眉間に更に皺がよる。
「うるさい。黙っていろ」
「無理なんからしょうがないじゃない! ほかにも術の資質はあるんだから、そちらを優先したほうが早いんじゃないの? あ、あと、別に私は資質集めしているわけじゃないので修行はしないです。ごめんなさい」
「そうか。残念だのう」
「うん、おばあちゃんごめんね」
「ぶっちゃけ術にはあんま興味あんまりないからなー。ブルーが集めてるからそれに便乗してるだけだし」
「……」
 女性の発言は至極真っ当なものであった。無理なものをどうこうするより、出来ることをやった方が早い。それと、修行をしないと言い切ったのは、恐らく出来ないブルーに対しての遠慮もあったのだろう。他の仲間も術の資質を絶対に得たいと思う者たちではないようだ。ブルーはもう一度だけ老婆を睨みつけると、女性の腕を振り払って踵を返す。そして彼が修行場の扉をくぐる前に、老婆は声を張り上げ、ブルーに問いかけた。
「さて青年よ。そなたは一体何のために資質を得る?」
「完全なる術士になるために決まっているだろう」
 ブルーは振り返りもせず老婆の問いに静かに答えると、そのまま扉をくぐって修行場を後にしたのだった。そして仲間の女性と青年と少年も慌ててブルーを追いかける。
彼らの見送るった後、老婆は少し前に来た彼そっくりの青年の言葉を思い出していた。
「さて青年よ。そなたは一体何のために資質を得る?」
「宿命に打ち勝つためです。一人で不完全ならば、二人で補えばいい。僕はそう信じています」
「……難儀なものだの、かの王国の術士たちは」
そして、老婆は終ぞ彼らの姿を見ることはなく、風の噂でマジックキングダムの崩壊と、地獄と呼ばれる場所が再封印されたことを聞いただけだった。

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