サガ50題。

 いつものように宿で一泊したその日の夜、クローディアは聞き覚えのある懐かしい声を聞いた。
「…………ディア…………ーディア……………………クローディア!
 …………帰ってくるのじゃ……帰ってくるのじゃ…………
 ……時間が……………………ない…………クローディア…………」
 闇の中で微かに聞こえた声は次第に大きくなったもののすぐに弱弱しくなり、最後は闇に溶けるように消えていってしまった。
 ――この声は!!
「オウル!!」
 クローディアが叫びながらベッドから飛び起きた。その声に反応したのか隣で寝ていたアイシャとシフが続けて目を覚ます。
「……ん~? 何かあったの~?」
「……なんだい、朝っぱらから……ってクローディア! アンタ何処に行くんだ!!」
 眠い目を擦りながら呟くアイシャと不機嫌そうに体を起こすシフ。既に旅支度を済ませ部屋から出て行こうとするクローディアを、シフははっきりと見てしまった。
「……ごめんなさい。私、森へ帰らなければならないわ。オウルが呼んでいるの……帰って来いと」
 シフに呼び止められ、クローディアは振り向かず俯いたままはっきりとした口調で答えた。そして、そのまま部屋を出ようとするが、再度シフに呼び止められる。
「ちょっと待ちな! 何も一人で行く事はないだろう?」
「そうだよ! 私たちも一緒に行くよ!!」
 完全に目を覚ましたアイシャもシフに同意する。しかし、クローディアはくるりと振り向くと真剣な眼差しと言葉で二人に訴えた。
「シフ、アイシャ、ありがとう。でも、これは私の問題なの。だから、私一人で行かなければいけないわ。二人を……それに、皆を巻き込むなんて私には出来ない……」
「クローディア……」
「そんな……」
 あまりにも突き放したなその物言いに、シフとアイシャは何も言えずクローディアを見つめるしかなかった。しかし、クローディアもまた仲間を置いて一人で行くことに抵抗があった。だが、自分のことに他人を巻き込むのは良くないと自身に言い聞かせ、部屋のドアを開けようとしたそのときだった。
「一体、一人で何処へ行こうというんだ?」
「っ!? グ、グレイ! 何でっ……?」
 ドアが待ち構えていたように外側から開き、驚くクローディアの目の前にはグレイが立っていた。その後ろにはジャミルとアルベルトもいる。
「女の一人旅は危ないぜ?」
「そうですよ! 幾らなんでも一人は危険です!!」
 ジャミルはいつもと変わらなかったが、その翡翠の目はじっとクローディアを見つめている。そして、アルベルトはいつも以上に心配そうな声で話し掛けてきた。
「ジャミル……アル……」
 クローディアの一人で行くという決心が揺らぐ。しかし、クローディアはそれでも頑なに一人で行こうとした。
「グレイ……お願い、そこを退いて。私はどうしても行かなければならないの。……行かせて頂戴!」
「駄目だ」
 グレイはいつも変わらず、無表情のまま言い放った。それを聴くや否やクローディアはいつもより数倍大きな声でグレイに訴えた。
「グレイ、わかって! オウルは私を育ててくれた大切な人なの!!」
 クローディアは言い終えると唇をきゅっと真一文字に結び、今にも泣き出しそうな表情でグレイを見つめた。それでもグレイの表情が崩れる事はない。そして、先程となんら変わりのない調子のまま、再びクローディアに言った。
「お前は……一人で行く気か?」
「ええ、そうよ。これは私のことだもの。皆を巻き込む必要はないわ」
 クローディアは睨むようにグレイを見つめた。グレイはそれを一瞥すると、目を閉じる。そして、少し間をおいてから再び目を開け、仲間の顔を見渡してからよく通る声で言った。
「……おい、次の行き先は迷いの森でいいな」
「もちろんっ!」
「いいですよ」
「いいぜっ!」
「あたしは構わないよ」
 今まで不安そうに先を見守っていたアイシャが、アルベルトが、ジャミルが、シフが、続けてグレイの提案に乗る。仲間たちのその姿に、クローディアはただ目を丸くするしかなかった。
「……みんな……」
「……ここにいる奴らは相当お人よしのようだ。クローディア、これでも一人で行く気か?」
 フッと口の端を吊り上げてグレイが言う。しかし、クローディアは表情を曇らせ、不安そうな声でみんなに問い掛けた。
「……でも、本当に……いいの?」
「も~、いいって言ってるんだからいいのっ!」
「困っていたら助け合うのが仲間でしょう?」
「そうそう、そんなに一人で気張る必要なんてないんだぜ?」
「いつだって頼って構わないんだからね」
「……グレイ……アイシャ……アルベルト……ジャミル……シフ……みんな……ありがとう……ありが……とう……」
 クローディアは自分のことに巻き込んですまないという思いと、自分のことをこんなにも心配してくれる仲間に対しての感謝の気持ちでいっぱいだった。そして、グレイはそんな彼女の背を優しく叩く。
「感慨に耽っている暇はないんだろう? クローディア」
 グレイの言葉に促され、クローディアは溢れる涙を拭うと力強い口調で、まるで自分にも言い聞かせるかのように皆に言った。
「……そうね。早く行きましょう、迷いの森へ!」

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