サガ50題。

 彼女を一目見た瞬間、私は今までにない感情に支配されていた。呼吸の仕方まで忘れてしまったのは、後にも先にもあの時一度きりだった。
――とある王の回顧録

 この世界には三人の王が存在している。かつて英雄の像が身に付けていた三つのアイテムを狙って互いに覇権争いをしているのだ。
 キングの剣を持つ剣の王は恐ろしい殺人鬼。山の中にある城に籠って、訊ねる者は手当たり次第殺すという。
 キングの盾を持つ盾の王は臆病な骸骨。いつも誰かが自分を狙っていると疑心暗鬼になっており、大臣の以外、来る者を拒んでいる。
 キングの鎧を持つのは鎧の王。全身を金属で身を固めた屈強な機械人。心優しい彼は周囲の人々からも一目置かれている存在である。だが、そんな彼にもどうにもならない悩みが存在していた。
 ――これは、美しい村娘に恋した王様が、村娘と結ばれるまでのお話。

* * *

 鎧の王の朝は早い。日の出と共に目覚め、身支度を始める。毎日変わり映えのない日々。起床時間も既にルーチンワークの一部のようなものになっている。
「……」
 部屋のカーテンと窓を開ける。朝日に照らされた大地がキラキラと輝き、鳥が囀ずっていた。王の目は、遠くに見える集落の方に向いていた。スライム族のモンスターが身を寄せあって細々と暮らす小さな村。そして、王が想いを寄せる娘がいる村。
 今朝も、平穏無事に存在していることに安堵する。が、それと同時にかの娘の事を想うと途端に胸が苦しくなる。
「……はぁ……」
 ――どうしたら、あの美しい娘は振り向いてくれるのだろうか。
 窓辺に手を付き溜め息と同時に王はがくりと項垂れた。しばらくそうしていたが、やがてそんな思慕を振り払うように大袈裟に頭を動かす。
「……よし」
 そして窓を閉めると王は部屋を後にした。恋患う己を律するように。

* * *

 王が娘を見初めたのは、お忍びで城の周囲を散策していた時のこと。普段なら城の外を軽く一周するだけであったが、あのときはふと思い立って遠くへ行ってみたくなったのだった。
 鎧の王になってしまった今、自由に過ごすことはできなくなってしまった。外の様子や他の王たちの様子は逐一家臣たちから報告を受けているため全く知らないというわけではないが、自分の目で外の様子を見てみたくなったのだ。
「……」
 そして王は首尾よく誰にも見つからないように城から離れることができたのだった。しかし、こうも簡単に抜け出せてしまうのは、城の警備の問題があるという事実が浮き彫りになってしまったのだが。
「とりあえずは……このまま真っ直ぐ進んでみよう」
 それでも、久方ぶりの一人の時間という誘惑には王と言えども勝てなかったのである。

* * *

 王城から南に真っ直ぐ進むと森が見えた。そういえば、この先に進むと小さな村があるというのをふと思い出した。その村の辺りまで行ってみようとそのまま森の方へ進もうとしたまさにそのとき、森の方から悲鳴が聞こえてきたのだった。
「キャアアアアアアアアア!!」
「!!」
 王はその場から走り出し、悲鳴の方へ向かっていく。森の中へ入ってすぐ、向こうから複数の足音が聞こえてきた。このまま行けば、恐らく遭遇するであろう。そのまま走っていくと、藪の中から何かが飛び出してきた。
「助けて! 助けてください!!」
  飛び出してきた者の姿を見た瞬間、私は身体中に電撃を浴びたような衝撃を受けた。美しい円らな瞳、輝く玉の肌、まるで鈴を転がしたような声。彼女しか目に 入っていなかった。彼女の声しか聞こえなかった。まるで、この時だけ時間が止まったかのようだった。――だが、それも続けざまに揺れる藪の音で破られる。
「早く私の後ろへ」
「は、はい!」
 慌てて彼女を背後に素早く隠すと私は腰の剣を抜き身構えた。藪から出てきたのはゴブリン一匹、醜悪な顔を更に歪めてニヤニヤと下卑た笑いを見せてくる。そして奴は私にそのまま猛進し、その腕で私を薙ぎ払おうと攻撃を仕掛ける。
 私は敢えて避けず、構えていた剣を下ろし、その攻撃を身体で受け止めた。
「!?」
「ふん、その程度か。痛みの内に入らんな」
 構えもしない私に対し、完全に油断していゴブリンの顔が驚きに変わっていく。私の鎧には傷一つ付いてはいないし、私自身にダメージの一つも入っていない。かつて英雄が身に付けていた鎧は、鉄壁の守りを持つ強固な鎧なのだから。
「貴様の攻撃はそれで終いか。――ならば、こちらから行くぞ」
「――!!」
 そして私は剣を構え、ゴブリンを一刀両断したのであった。

* * *

「すみません……ありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。困っている者を助けるのは当然だ」
 そして私は彼女を彼女が住む村まで送ることにした。また先程のようにモンスターに遭遇したら危険であったし、彼女が住む村まではかなり距離があったためである。何でも、さっきのゴブリンに追われて無我夢中で逃げている間に村からかなり離れてしまったのだという。
「普段は、そんなに村から離れないんですけど……綺麗な花を見つけていっぱい摘んでる間に村から離れてしまって……戻ろうとしたらさっきのモンスターに襲われたんです」
「そうか……ならば私と一緒だな」
「え?」
「私も、普段はあまり……村から離れないのだが、ふと、遠くへ行ってみたくなってあそこまで歩いてきていた」
「ふふ、私たち似た者同士かもしれませんね」
  彼女が微笑むと、薄暗い森の中だというのに明るく見える。ああ、彼女をいっそ城へ連れて帰ってしまいたいとすら思うほどに。しかし、それをしてしまったら さっき彼女に襲いかかってきたゴブリンと何ら変わらないだろう。私がそんなことを考えているとも露知らず、彼女は微笑んでくる。
 その微笑みを見るだけで、自分がオーバーヒートで機能停止するのではないかというくらい、体内で異様な熱が発生していた。
「あ、あそこです! 私の村!!」
「! そうか、着いたのか……」
 安堵する彼女の声、そして明らかに落ち込む自分の声に思わず苦笑してしまった。
「あ、あの……ありがとうございました!」
「もう、あまり遠くに行くのはやめておきなさい」
「はい……」
「ではな」
 これ以上いたら帰れなくなる。私は後ろ髪を引かれる思いで踵を返した。だが、背後でもう一度声がかかる。
「あ、あのっ! ……ま、また……会えますか……?」
 彼女からのまさかの申し出に驚いて振り返ってしまった。そして、震える声で聞き返す。
「!! ……あ、会いに来て、いいのか?」
「はい。私は、いつでもこの村でお待ちしています……」
「わかった。君が良いというなら……また、訪ねさせてもらおう」
「ええ。今度はちゃんとおもてなしします」
「そうか、ならば期待していよう。ではな。また、会おう」
「はいっ!」
  そして満面の笑みを浮かべる美しい彼女に見送られ、私は村を後にしたのだった。城へ帰宅したときは私が急にいなくなったことで上へ下への大騒ぎになってお り、部下にこっぴどく叱られてしまった。しかし事の顛末を話せば一応納得してもらえたようである。次は誰かに伝えるかもしくは書き置きを残すようにと口 酸っぱく言われて、私はようやく解放されたのだった。
 そしてこの日から私は折りをみて彼女に会いに行っていた。彼女の好きな花や似合う花を携えて。会えば必ず彼女は微笑んで迎えてくれた。私の立場上、長居は出来なかったが彼女が側にいるだけで、笑顔を見せてくれるだけで、私は幸せだったのだ。
 ――だが、ある日を境に彼女は何をしても笑わなくなってしまったのである。
「一体どうしたのだ。何か悩みでもあるのか」
「いいえ」
「では、何故そんなに苦しそうな顔をするのだ。君はここ最近ずっと笑っていない」
「なんでも……ないのです」
「私は君に笑っていてほしいんだ。私の側にずっといてほしい。辛いことがあるなら私もそれを背負おう。私と一緒に来てくれないか。君を一生守るとこの鎧に懸けて誓う!」
「!! ……ごめん、なさい……」
「……そ、うか……また、君の笑顔が見られるときに出直そう。私はいつでも待っているから」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 それから、私は彼女を訪ねに行くことはなくなった。会えば彼女を苦しめるだけだと知ってしまったからである。だが、身体中を焦がすこの想いはもう留まることを知らなかった。物思いに耽ることが多くなり、部下にも心配されるばかり。
 そんなときだった。遥かな楽園を目指す冒険者一行が我が城を訪ねたのは。
「――おい、私は許可した覚えはないぞ」
「しかしながら王様。私たちにその辛気臭い顔を向けてばかりで理由を話してくださらないじゃありませんか。私たちに話難いのであれば、いっそ赤の他人に聞いていただいた方が良いと判断したのです。では、我々は下がっておりますので」
「お、おい! 勝手に話を――」
「で、王様。一体どんな悩みをお持ちなんです?」
「お話聞かせて下さいよ~」
 部下が扉から出ていくや否や、目の前に現れた四人の冒険者一向は遠慮なく私に話しかけてきたのだった。私はため息一つつくと、開き直って彼女の馴れ初めを事細かに聞かせてやったのである。

* * *

「――という訳だ」
「なるほどねぇ。王様ってばやるじゃないですかー」
「褒めても何も出んぞ」
「じゃあ、彼女さんの悩みを解決したら褒美いただいてもいいんですかね?」
「ああ、それならいくらでもだそう」
「その言葉、忘れないで下さいね?」
「勿論だ。王に二言はない」
「では、我々が必ずや王様の願いを叶えてみせましょう!」
 そうして彼らは恭しく頭を垂れると戻っていった。それと入れ替わりに部下が部屋に入ってくる。
「あの者たちに任せて大丈夫ですかね」
「もうなるようになればいい……もし五日たっても彼らが城に来なければ……私が直接彼女の元へ向かう。武力行使も辞さん。いいな」
「かしこまりました」
 さて、私が向かうのが先か、彼らが来るのが先か。私は深いため息を吐いて玉座に沈み込んだのだった。

* * *

  結果として私が五日耐えきれず、三日経った時には単身彼女の住む村へと突撃していったのだった。だが、ちょうどそこにあの冒険者たちと彼女が話し合っているところで、見れ ば彼女は泣いていたのである。それを見た私は彼女を冒険者が泣かしたものと思い込み、襲いかかっていった。寸でのところで彼女が止めなければ、私はきっと 剣の王と同じ殺人鬼となっていた。
「やめて! 私は彼らに助けてもらったのよ!」
「そうだぜ王様。あんたも頭に血が上りやすいんだなー」
 剣を振りかぶった瞬間、彼女に抱きつかれて我に返った。冒険者が余計なことを言ったような気がしたが、今は置いておこう。まずは彼女から話を聞かねば。
「……一体どういうことだったんだ。ちゃんと説明してくれ」
「はい。私はあなたと初めて出会った数日後から、村の西にある洞窟に住み着いた盗賊に脅されていたんです。……嫁にならないと村を焼き払うって。常に見張りを置いておくから、誰かに話した時点でもそうすると。私は、村を犠牲にできなかった……」
「そうか……だから私にも話せなかったのだな……済まなかった。君の気持ちも知らず、自分の想いばかり押し付けて」
「い いえ、いいえ、いいのです。言えなかった私が悪いのですから……それで、冒険者さんたちが村を見張ってた下っぱ達をやっつけてくれて、私はやっと話すこ とが出来たのです。それで彼らはすぐ盗賊たちの住み処へ行ってやっつけてくれました。だからもう、怖いものは何もありません。――これであなたと幸せにな れます」
「!! 本当に、いいのだな」
「はい。私を幸せにしてください」
「ありがとう。約束しよう。必ず君を幸せにすると」
 そして私たちは一目を憚らず抱き締め合った。もう、互いしか見えていなかったのである。
ああ、これでやっと彼女とずっといられる。彼女の笑顔をずっと見ていられる。そのことが何よりも嬉しかった。

「これ絶対俺たちのこと忘れてるよねー」
「まあまあ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるっていうし」
「褒美は城に着いたらちゃーんともらえばいいじゃん」
「そーそー、言質はとったしね!」

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