ロマサガ・ミンサガ
【ロマサガ】盗賊家業休業日【ジャミルとダウド】
南エスタミル——そこは世界有数の都市の一つであり、また犯罪が多発する都市としても有名である。そんな貧富の格差にめげず、盗賊を生業として生きる少年たちがいた。
「……ジャミル」
「あん? ダウド、今話し掛けるなって言ったばっかじゃねぇか」
南エスタミルの港近くにある倉庫の一つに、暑い昼間の内からなにやら怪しげな動きをする二人の少年がいた。一人は針金のようなものを器用に使って懸命にドアの鍵を外そうとしており、もう一人はその後ろに立って見張りをしている。しかし、後ろに立っている方の少年の様子がどうもおかしい。どことなく、おぼつかない様子で立っているからだ。
「ジャミル……ごめ……なさ……」
バタっ、という音と共にダウドと呼ばれた少年は、バランスを失いそのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。あまりにも弱弱しい声と、聞き捨てならない音に、ジャミルは動かしていた手を止めて振り向く。
「……ダウド?」
そして、その目に映ったのはダウドの苦しそうな姿だった。胸を上下させ、呼吸する度に口から空気がもれている。顔はいつもと違い、朱に染まっていた。
「?!…ダウドっ!おい、しっかりしろ!!」
ジャミルは目を丸くし、慌ててダウドの側に駆け寄った。そして、額と首筋に手をあてがったその時、初めてダウドの異常な体温の高さに驚いた。
「ダウド、ダウドっ! しっかりしろっ!!」
今まで病気とは無縁だったジャミルは、ただうろたえるしかなかった。必死で声を掛け、頬を何度か叩くと、ダウドは少しだけ意識を取り戻した。
「ぁ……じゃみる……」
「ダウドっ……何でだよ!! ……なんでっ」
意識を取り戻したことに安堵しながらも、ダウドに対して言わないわけにはいかなかった。
「だって……ジャミル……心配……掛けた……なかった……」
ジャミルの問いに、ダウドは喘ぎ喘ぎ答える。そんな苦しい状況にもかかわらず、ジャミルに必死で心配掛けまいと微笑みながら。
「ばっかやろう!! 俺のことより、自分の心配しやがれ!」
いつもは強気なその瞳に、薄っすらと涙を浮かべるジャミル。ダウドの熱で歪んだ視界でも、それははっきりと見ることが出来た。
「っ……ごめ……なさ……」
つい、いつものクセで謝るダウド。しかし、熱は容赦なく彼の意識を奪っていく。謝罪の言葉を最後まで言えぬまま、ダウドは意識を失った。
「ダウド?! おい、ダウドっ!! しっかりしろっ!!」
言葉を発しないダウドのを見て、ジャミルは再び強く呼びかける……が、ダウドは以前意識を失ったまま目を覚まさない。そんな事をしている内に、倉庫の警備らしき人物に見つかってしまった。
「盗人がいたぞ! 捕らえろ!!」
「クソっ」
流石に大声を出しすぎたか、と心の中で舌打ちすると、ジャミルはダウドに目をやった。
「ダウド……お前も頑張ってんだよな。俺も頑張るから、ちっとばっかし我慢してくれ」
聞こえるはずのない事はわかっていつつも声をかける。そうしてジャミルはダウドの腕を肩に担ぎ、一目散に倉庫街から飛びだした。
「追え! 捕まえるんだ!」
「くっ……ダウド……死ぬんじゃねぇぞ!!」
後ろから追っ手の足音が聞こえる。ジャミルは、まるで自分にも言い聞かせるようにダウドに言った。
***
追っ手を振り払ったジャミルの向かった先は、行きつけのパブだった。そこの店主なら自分たちのことをわかっているし、何より、ジャミルには医療の知識が乏しかったからだ。
勢いよくドアを蹴り破り、ジャミルはパブの中に入っていく。その尋常ではない音を聞きつけて、奥にいた店の女主人が斧を構えてカウンタに現れた。
「誰だい?! 強盗ならお断りだよっ!」
そう言うなり女主人はジャミルに向かって斧を飛ばしてきた。ジャミルは咄嗟に身を屈め、ブーメランのように飛来する斧を間一髪で避けきった。そして、斧はそのまま壁に激突。凄まじい音共に壁の中にめり込んだ。
「ま、マスター! 俺だよ、ジャミルだってば!!」
ジャミルがビビりながら主張すると、その声を聞いて改めて侵入者の姿を確認するとマスターは胸を撫で下ろしながらジャミルに話し掛けてきた。
「なんだ、ジャミルかい。もう、ビックリさせないでおくれよ~」
「ビックリしたのはこっちだっての! いつからあんな物騒なもんを投げるようになったんだよ!」
「あっはっはっは! いやあねぇ、最近、強盗が真昼間からいきなり店に押しかけてきてね〜」
マスターの世間話が始まりそうになったが、ジャミルは申し訳ないと思いつつもその話を途中で遮る。
「マスター、ごめん! 今は話してる余裕ないんだ!! ダウドが、ダウドがっ!」
切羽詰った声で話し掛けるジャミルに、マスターは優しく問い掛けた。
「ん? ダウドがどうしたんだい?」
「ダウドが仕事中に急に倒れて……! 身体が凄い熱いんだ! どうしよう!」
「どれ、見せてみな…」
そう言うと、女主人はカウンタからジャミルのいる方へと歩み寄り、ダウドの状態を確認していく。
「ま、マスター……?」
次第に険しくなる顔に恐る恐るジャミルはマスターに問い掛ける。その間にもマスターはダウドをかかえると奥の部屋へと走っていった。
「ジャミル、アンタも早くこっちへきな! ダウドを助けたいならね!!」
「わ、わかった!」
ジャミルも駆け足でマスターの後を追った。奥の部屋は、ちょうど休憩室のような所だった。少しひんやりしていて気持ちがいい。相変わらず、マスターはテキパキと動いている。ダウドを床に横たえ、水でぬらした布でダウドの身体を拭いていく。
「マスター……俺、」
「ジャミル、地下から冷たい水を出来るだけたくさん持ってきな。いくらでも使っていいいい。それと、お店閉めといておくれ」
「うん、わかった!」
ジャミルはマスターの言うとおり店を閉め、地下へと降りて甕に入っている水を汲んでは休憩室へと運んだ。
「マスター、コレでいい?」
「ああ、上出来だよ。そこに置いてある布は全部使っていいからダウトの身体を拭いてやりなさい。私は風を送ってあげるから。あと、腋の下と首の横に布を当てて。あと、服を緩めてあげな」
「わかった!」
ジャミルはマスターに言われた事をテキパキとこなしていく。忙しなく動かす手が必死さを物語っていた。
ダウドを助けたい。ただ、それしかなかった。
***
「……ん?」
眩しさに目を何度か瞬きさせ、ダウドはうっすらと目を開いた。
「あれ…? おいら…確か…」
ダウドは、ぼんやりと霞みがかった頭で、今置かれている状況を必死で理解しようとした。見慣れぬ天井、冷たい床、そして——
「うわぁっ?!」
ダウドが首を左に傾けると、そこにはすやすやと寝息をたてるジャミルの顔があった。あまりに突然すぎた為に思わず叫んでしまったが、ジャミルはそれでもなお目を覚ます気配はない。
よほど疲れているのだろうか? と、ダウドが首を傾げたその時、自分が倒れた時のことを思い出した。
「……そうだ、おいら、体中がなんだかだるくて……それで倒れちゃったんだった」
倒れるまでのことを思い出してダウドは申し訳なさで胃がキリキリと痛むのを感じた。
「あーあ、結局、ジャミルに迷惑かけちゃったんだよね……ん?」
とりあえず身体を起こそうとしたその時、自分の左手をしっかりと握り締めているジャミルの両手が目に入る。
「ずっと、握り締めてくれてたんだね……ジャミル……」
いつもはぶっきらぼうなジャミルの中にある優しさを、ダウドは握り締めた手から垣間見た気がした。ただ、それだけのことなのに、なんだか嬉しくて。自然と笑みがこぼれていた。
「おや、ようやく病人がお目覚めかい」
そうして起こさないようにそっと起き上がった時、扉の空く音がしてそちらへ顔を向ければ、入ってきたのはパブのマスターだった。その両手にはご飯の載ったお盆を持っている。
「マスター! ってことは…」
「そ、ここはウチのパブの休憩所さ。いや~アンタ達が入ってきたときはびっくりしたねぇ~最初、新手の強盗が入ってきたのかと思ったくらいだよ」
マスターは背の低いテーブルにお盆をおきながらカラカラと笑う。それを聞き、ダウドは申し訳なさそうにしている。
「ご、ごめんなさい」
「いいのいいの、気にしなさんな。それより、体の方は大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です……あの、ジャミルは……」
「ん? あぁ、そりゃあもう顔を真っ青にしていたねぇ。何度もアンタの名前を呼びながら、一生懸命看病してたよ。後でちゃんとお礼をいいな」
「うん! もちろんそうするよ!」
握りこぶしを作って力説するダウド。その様子を見てマスターは納得したようで、首を縦に振った。
「よし、それなら大丈夫だね。ああ、そうだ。今夜はここに泊まっていきな。ダウドもまだ本調子じゃないだろう? それに」
「それに?」
首を傾げながらダウドは続きを促す。マスターはウインクしながらダウドに言った。
「アンタの相棒はお疲れの様子だしね。そうそう、夕ご飯はここに置いとくから好きな時に食べな。じゃ、私は仕事に戻るからね」
そして、言いたい事だけ言うとマスターは足早にその場から去って行った。
「あ、はーい」
遠ざかるマスターに向かって返事をするも、多分聞こえていないだろう。にわかに、店のほうが騒がしくなった気がしたからだ。
マスターが去っていたのとほぼ同時刻。ジャミルがようやく目を覚ましたのだった。
「ん……あ、ダウドっ!」
「ジャミルっ!」
と、ダウドの顔がぱあっと明るくなる…がしかし。
「こんの…スットコドッコイ!」
「ぐはっ」
ジャミルの暴言と共に、怒りの左ストレートがダウドの右頬に炸裂した。どうにか倒れずに済んだものの、突然の出来事にダウドは目を白黒させるしかなかった。
「ジャミ……ル??」
「おまえなぁっ、俺がどれだけ心配したと思ってんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
――ジャミルが怒るのも当然だ。自分は、ジャミルの足を引っ張ってしまったのだから…。
そう思い、再び視線を落とすダウド。と、不意に自分の体が包まれた。
「……ジャミル?」
「……良かった……お前が生きてて……」
ジャミルは、小刻みにカタカタと震えていた。それは、抱きしめられているダウドにも伝わってきていた。ダウドは、震えるジャミルを優しく抱きしめて言った。
「ジャミル……ごめんね。それと、ありがとう」
「俺より先に死ぬなんてぜってえ許さねえからば!」
キッとダウドを睨んでジャミルは言う。そして、ダウドは笑顔でそれに答える。
「うんっ! ……あ、じゃあ、ジャミルもおいらより先に死んじゃ駄目だからね!」
「お前残して死ねねえよ。だってお前トロイし人に迷惑かけるし……死んだら化けて出てくるかもな~」
ダウドの言葉に、先程とは打って変わってニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべながらジャミルはダウドに言う。その言い方にダウドはむっと頬を膨らませながら抗議する。
「それ幾らなんでも酷いぃっ!」
「ははっ冗談だよ冗談。……あ、それより早く飯食おーぜ、飯」
きい~! とジャミルをポカスカ殴るダウドをさり気なく無視し、ジャミルは夕飯にありつくことにした。
「あっ! そうやってすぐはぐらかすんだから~!」
「早くしねーと全部食っちまうぞ~」
「うわ~ん!!待ってよ~」
その日のパブは、夜遅くまで騒ぐ大人に混じって、子供の騒ぐ声も聞こえていた。
【終】
南エスタミル——そこは世界有数の都市の一つであり、また犯罪が多発する都市としても有名である。そんな貧富の格差にめげず、盗賊を生業として生きる少年たちがいた。
「……ジャミル」
「あん? ダウド、今話し掛けるなって言ったばっかじゃねぇか」
南エスタミルの港近くにある倉庫の一つに、暑い昼間の内からなにやら怪しげな動きをする二人の少年がいた。一人は針金のようなものを器用に使って懸命にドアの鍵を外そうとしており、もう一人はその後ろに立って見張りをしている。しかし、後ろに立っている方の少年の様子がどうもおかしい。どことなく、おぼつかない様子で立っているからだ。
「ジャミル……ごめ……なさ……」
バタっ、という音と共にダウドと呼ばれた少年は、バランスを失いそのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。あまりにも弱弱しい声と、聞き捨てならない音に、ジャミルは動かしていた手を止めて振り向く。
「……ダウド?」
そして、その目に映ったのはダウドの苦しそうな姿だった。胸を上下させ、呼吸する度に口から空気がもれている。顔はいつもと違い、朱に染まっていた。
「?!…ダウドっ!おい、しっかりしろ!!」
ジャミルは目を丸くし、慌ててダウドの側に駆け寄った。そして、額と首筋に手をあてがったその時、初めてダウドの異常な体温の高さに驚いた。
「ダウド、ダウドっ! しっかりしろっ!!」
今まで病気とは無縁だったジャミルは、ただうろたえるしかなかった。必死で声を掛け、頬を何度か叩くと、ダウドは少しだけ意識を取り戻した。
「ぁ……じゃみる……」
「ダウドっ……何でだよ!! ……なんでっ」
意識を取り戻したことに安堵しながらも、ダウドに対して言わないわけにはいかなかった。
「だって……ジャミル……心配……掛けた……なかった……」
ジャミルの問いに、ダウドは喘ぎ喘ぎ答える。そんな苦しい状況にもかかわらず、ジャミルに必死で心配掛けまいと微笑みながら。
「ばっかやろう!! 俺のことより、自分の心配しやがれ!」
いつもは強気なその瞳に、薄っすらと涙を浮かべるジャミル。ダウドの熱で歪んだ視界でも、それははっきりと見ることが出来た。
「っ……ごめ……なさ……」
つい、いつものクセで謝るダウド。しかし、熱は容赦なく彼の意識を奪っていく。謝罪の言葉を最後まで言えぬまま、ダウドは意識を失った。
「ダウド?! おい、ダウドっ!! しっかりしろっ!!」
言葉を発しないダウドのを見て、ジャミルは再び強く呼びかける……が、ダウドは以前意識を失ったまま目を覚まさない。そんな事をしている内に、倉庫の警備らしき人物に見つかってしまった。
「盗人がいたぞ! 捕らえろ!!」
「クソっ」
流石に大声を出しすぎたか、と心の中で舌打ちすると、ジャミルはダウドに目をやった。
「ダウド……お前も頑張ってんだよな。俺も頑張るから、ちっとばっかし我慢してくれ」
聞こえるはずのない事はわかっていつつも声をかける。そうしてジャミルはダウドの腕を肩に担ぎ、一目散に倉庫街から飛びだした。
「追え! 捕まえるんだ!」
「くっ……ダウド……死ぬんじゃねぇぞ!!」
後ろから追っ手の足音が聞こえる。ジャミルは、まるで自分にも言い聞かせるようにダウドに言った。
***
追っ手を振り払ったジャミルの向かった先は、行きつけのパブだった。そこの店主なら自分たちのことをわかっているし、何より、ジャミルには医療の知識が乏しかったからだ。
勢いよくドアを蹴り破り、ジャミルはパブの中に入っていく。その尋常ではない音を聞きつけて、奥にいた店の女主人が斧を構えてカウンタに現れた。
「誰だい?! 強盗ならお断りだよっ!」
そう言うなり女主人はジャミルに向かって斧を飛ばしてきた。ジャミルは咄嗟に身を屈め、ブーメランのように飛来する斧を間一髪で避けきった。そして、斧はそのまま壁に激突。凄まじい音共に壁の中にめり込んだ。
「ま、マスター! 俺だよ、ジャミルだってば!!」
ジャミルがビビりながら主張すると、その声を聞いて改めて侵入者の姿を確認するとマスターは胸を撫で下ろしながらジャミルに話し掛けてきた。
「なんだ、ジャミルかい。もう、ビックリさせないでおくれよ~」
「ビックリしたのはこっちだっての! いつからあんな物騒なもんを投げるようになったんだよ!」
「あっはっはっは! いやあねぇ、最近、強盗が真昼間からいきなり店に押しかけてきてね〜」
マスターの世間話が始まりそうになったが、ジャミルは申し訳ないと思いつつもその話を途中で遮る。
「マスター、ごめん! 今は話してる余裕ないんだ!! ダウドが、ダウドがっ!」
切羽詰った声で話し掛けるジャミルに、マスターは優しく問い掛けた。
「ん? ダウドがどうしたんだい?」
「ダウドが仕事中に急に倒れて……! 身体が凄い熱いんだ! どうしよう!」
「どれ、見せてみな…」
そう言うと、女主人はカウンタからジャミルのいる方へと歩み寄り、ダウドの状態を確認していく。
「ま、マスター……?」
次第に険しくなる顔に恐る恐るジャミルはマスターに問い掛ける。その間にもマスターはダウドをかかえると奥の部屋へと走っていった。
「ジャミル、アンタも早くこっちへきな! ダウドを助けたいならね!!」
「わ、わかった!」
ジャミルも駆け足でマスターの後を追った。奥の部屋は、ちょうど休憩室のような所だった。少しひんやりしていて気持ちがいい。相変わらず、マスターはテキパキと動いている。ダウドを床に横たえ、水でぬらした布でダウドの身体を拭いていく。
「マスター……俺、」
「ジャミル、地下から冷たい水を出来るだけたくさん持ってきな。いくらでも使っていいいい。それと、お店閉めといておくれ」
「うん、わかった!」
ジャミルはマスターの言うとおり店を閉め、地下へと降りて甕に入っている水を汲んでは休憩室へと運んだ。
「マスター、コレでいい?」
「ああ、上出来だよ。そこに置いてある布は全部使っていいからダウトの身体を拭いてやりなさい。私は風を送ってあげるから。あと、腋の下と首の横に布を当てて。あと、服を緩めてあげな」
「わかった!」
ジャミルはマスターに言われた事をテキパキとこなしていく。忙しなく動かす手が必死さを物語っていた。
ダウドを助けたい。ただ、それしかなかった。
***
「……ん?」
眩しさに目を何度か瞬きさせ、ダウドはうっすらと目を開いた。
「あれ…? おいら…確か…」
ダウドは、ぼんやりと霞みがかった頭で、今置かれている状況を必死で理解しようとした。見慣れぬ天井、冷たい床、そして——
「うわぁっ?!」
ダウドが首を左に傾けると、そこにはすやすやと寝息をたてるジャミルの顔があった。あまりに突然すぎた為に思わず叫んでしまったが、ジャミルはそれでもなお目を覚ます気配はない。
よほど疲れているのだろうか? と、ダウドが首を傾げたその時、自分が倒れた時のことを思い出した。
「……そうだ、おいら、体中がなんだかだるくて……それで倒れちゃったんだった」
倒れるまでのことを思い出してダウドは申し訳なさで胃がキリキリと痛むのを感じた。
「あーあ、結局、ジャミルに迷惑かけちゃったんだよね……ん?」
とりあえず身体を起こそうとしたその時、自分の左手をしっかりと握り締めているジャミルの両手が目に入る。
「ずっと、握り締めてくれてたんだね……ジャミル……」
いつもはぶっきらぼうなジャミルの中にある優しさを、ダウドは握り締めた手から垣間見た気がした。ただ、それだけのことなのに、なんだか嬉しくて。自然と笑みがこぼれていた。
「おや、ようやく病人がお目覚めかい」
そうして起こさないようにそっと起き上がった時、扉の空く音がしてそちらへ顔を向ければ、入ってきたのはパブのマスターだった。その両手にはご飯の載ったお盆を持っている。
「マスター! ってことは…」
「そ、ここはウチのパブの休憩所さ。いや~アンタ達が入ってきたときはびっくりしたねぇ~最初、新手の強盗が入ってきたのかと思ったくらいだよ」
マスターは背の低いテーブルにお盆をおきながらカラカラと笑う。それを聞き、ダウドは申し訳なさそうにしている。
「ご、ごめんなさい」
「いいのいいの、気にしなさんな。それより、体の方は大丈夫かい?」
「あ、大丈夫です……あの、ジャミルは……」
「ん? あぁ、そりゃあもう顔を真っ青にしていたねぇ。何度もアンタの名前を呼びながら、一生懸命看病してたよ。後でちゃんとお礼をいいな」
「うん! もちろんそうするよ!」
握りこぶしを作って力説するダウド。その様子を見てマスターは納得したようで、首を縦に振った。
「よし、それなら大丈夫だね。ああ、そうだ。今夜はここに泊まっていきな。ダウドもまだ本調子じゃないだろう? それに」
「それに?」
首を傾げながらダウドは続きを促す。マスターはウインクしながらダウドに言った。
「アンタの相棒はお疲れの様子だしね。そうそう、夕ご飯はここに置いとくから好きな時に食べな。じゃ、私は仕事に戻るからね」
そして、言いたい事だけ言うとマスターは足早にその場から去って行った。
「あ、はーい」
遠ざかるマスターに向かって返事をするも、多分聞こえていないだろう。にわかに、店のほうが騒がしくなった気がしたからだ。
マスターが去っていたのとほぼ同時刻。ジャミルがようやく目を覚ましたのだった。
「ん……あ、ダウドっ!」
「ジャミルっ!」
と、ダウドの顔がぱあっと明るくなる…がしかし。
「こんの…スットコドッコイ!」
「ぐはっ」
ジャミルの暴言と共に、怒りの左ストレートがダウドの右頬に炸裂した。どうにか倒れずに済んだものの、突然の出来事にダウドは目を白黒させるしかなかった。
「ジャミ……ル??」
「おまえなぁっ、俺がどれだけ心配したと思ってんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
――ジャミルが怒るのも当然だ。自分は、ジャミルの足を引っ張ってしまったのだから…。
そう思い、再び視線を落とすダウド。と、不意に自分の体が包まれた。
「……ジャミル?」
「……良かった……お前が生きてて……」
ジャミルは、小刻みにカタカタと震えていた。それは、抱きしめられているダウドにも伝わってきていた。ダウドは、震えるジャミルを優しく抱きしめて言った。
「ジャミル……ごめんね。それと、ありがとう」
「俺より先に死ぬなんてぜってえ許さねえからば!」
キッとダウドを睨んでジャミルは言う。そして、ダウドは笑顔でそれに答える。
「うんっ! ……あ、じゃあ、ジャミルもおいらより先に死んじゃ駄目だからね!」
「お前残して死ねねえよ。だってお前トロイし人に迷惑かけるし……死んだら化けて出てくるかもな~」
ダウドの言葉に、先程とは打って変わってニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべながらジャミルはダウドに言う。その言い方にダウドはむっと頬を膨らませながら抗議する。
「それ幾らなんでも酷いぃっ!」
「ははっ冗談だよ冗談。……あ、それより早く飯食おーぜ、飯」
きい~! とジャミルをポカスカ殴るダウドをさり気なく無視し、ジャミルは夕飯にありつくことにした。
「あっ! そうやってすぐはぐらかすんだから~!」
「早くしねーと全部食っちまうぞ~」
「うわ~ん!!待ってよ~」
その日のパブは、夜遅くまで騒ぐ大人に混じって、子供の騒ぐ声も聞こえていた。
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