ロマサガ・ミンサガ
【ミンサガ】大切な、あなたへ
とある五人の冒険者一行がカラム山脈の麓にある巨大な古城から戻った頃には既に太陽は西に傾いており、日が沈む頃にはウソの村に辿り着くだろうと彼らは歩みを進めていた。
灰色の長髪をなびかせて隊列の先頭を歩く青年、グレイ。次にクジャラート風の衣服に身を包んだ翠髪の青年、ジャミル。その次に金髪碧眼の上品なローザリア風の衣服を着ている少年、アルベルト。夕日に照らされ、より真っ赤に輝く髪を揺らして俯きがちに歩くのはタラール族の民族衣装を身に纏った少女、アイシャ。そのしんがりを務めるのは体格の良い禿頭頭の男性、ガラハド。
見た目も年齢もバラバラな五人であったが、長い冒険を経てきていることが雰囲気で何処となく伝わってくる。
ニューロードに沿って歩けば、あと少しでウソの村に到着するだろう。今まで俯きがちに歩いていたアイシャが、意を決したように前を見据えると、前方を歩くアルベルトの服の裾を引っ張った。
「ねえ、アル」
「どうしましたか」
いつもの屈託の無い笑顔は身を潜め、真顔で話しかけてきたアイシャにアルベルトは何か悪いものでも食べたのだろうかと心配になったが、アルベルトの歩幅に合わせて隣を歩くように移動しきたアイシャを見てその考えを引っ込めた。
「ちょっと話があるの。でもここじゃ話せないからウソの村についたら話すね」
アイシャはまくしたてるようにそれだけいうと、何事もなかったようにアルベルトの隣から後ろへ戻っていった。アルベルト自身を見ずに、真っ直ぐ前を見つめる緑色の瞳が何かを決意したような気がして、彼女に自分は何かしてしまったのだろうか、とアルベルトは少し不安になっていた。
そんな若い二人の会話後ろで見ていたガラハドは、普段と違う雰囲気を醸し出しているアイシャに、一体どうしたのだろうと少々心配になり話しかけていた。
「アイシャ、大丈夫か」
「どうしたのガラハドさん?」
「いや、体調でも悪くしてないかと思ってな」
「そんなことないよ! 今回はちょっと長くて疲れたけど、それだけだもん。どこも悪くしてないよ」
アイシャは立ち止まり、ほら、と満面の笑みを見せながら両手を広げ、その場でくるりと一回転して見せた。確かに体調は悪くなさそうである。自分の感じた不安も気のせいだろうと思うことにし、ガラハドはアイシャの頭を撫でてやった。
「わざわざ済まなかったな、アイシャ。もう少しでウソの村へ付くから、そこでゆっくり休もう」
「うん!」
前を見れば後ろが付いて来ていない事に気付いたのか先を歩いていた三人が立ち止まり待っていた。代表してジャミルが声を張り上げている。
「おーい、ガラハドのおっさん! アイシャ! 置いてくぞー!」
「今行くー! ほら、ガラハドさんも早く早く!!」
「ああ、そうだな」
そして元の隊列に戻ると程なくしてウソの村に辿り着いたのだった。
* * *
宿帳に書き込んだ時には既に太陽は沈み、代わりに銀色の月が夜空を照らしていた。
その後は自然と解散という形になり、昔から冒険者仲間だったグレイとガラハド組、ジャミル、アイシャ、アルベルトの若者組、と自然と別れるようになっていた。
屋台の軒先で少々早い夕食を摘まみ空腹も満たされた頃、アルベルトがアイシャに話しかける。
「そういえば、話があるって言ってましたけど……」
「あー、なんか二人でくっちゃべってたな」
「それなんだけど、グレイにも協力してもらわないと駄目なんだよね……」
「??? おいおい、最初っからちゃんと話せよ。全然わかんねーぞ」
「アイシャさん、まずは話を聞かせてください」
食後のお茶を飲み干したアイシャが溜め息をつきながらぽつりと呟く。しかしその断片的すぎる言葉に全体像が全く見えない。ジャミルとアルベルトの言葉を受けたアイシャは一つ頷くと話し始めた。
「あのね。ガラハドさんにアイスソードをプレゼントしたいの」
***
話は数時間前に遡る。オールドキャッスルを抜け、巨人の里にたどり着き、長からサルーインの居場所と、店を使う許可をもらった後のこと。各々店を回って見ていた時の事だった。
アイシャも初めて訪れた場所にワクワクしながら里の中を巡っていた。そんな時、ガラハドがとある店の前でじっと佇む姿が目に入った。
普段のガラハドらしからぬ、どこかぼんやりしているような表情が気にかかり、アイシャは気づかれないようにそっと近づいて何を見ているのか伺うことにした。そして、ガラハドの見ているものを知った。--いや、知ってしまった。
***
「確かに、アイスソード売ってたなあの店……」
「ガラハドさんのアイスソード、フレイムタイラントに渡してしまいましたもんね……」
「ガラハドさんのあの顔を見てたら、わたし、何だか申し訳なくなってきちゃって……」
アイシャは話しながらガラハドの様子を思い出して意気消沈していた。そして今にも泣き出しそうなその表情に、ジャミルとアルベルトはぎょっとしつつフォローに回る。
「おい、アレはアイシャのせいじゃねえって! グレイがある意味騙したようなもんだろ!!」
「そうですよ! アイシャさんになんの非もありませんよ!!」
「で、でもグレイに黙ってろって言われて黙ってたわたし達も一緒じゃない!」
アイシャは目尻に涙を溜めて、ほとんど泣き声に近いような声で叫んでいた。アイシャのその悲痛な声に、アルベルトは視線を彷徨わせる。ジャミルは苛立ちを隠すことなくテーブルを叩き立ち上がりながら大声を出していた。
「ああもう!! とにかく! アイシャはアイスソードをガラハドにプレゼントしたい!! そういうことだろ?」
「う、うん」
ジャミルの態度に圧倒され、ビクリと肩を震わせながらもアイシャは頷いた。驚いて涙は引っ込んでしまったようだった。ジャミルはそんなアイシャを見てふっと表情を和らげると、アイシャの髪をくしゃりと撫でてやった。
「……ったく、どうしてこう、オレの周りにはお人好しばっかり集まるもんかねえ」
「……いいの?」
「だって、お前がやりたいんだろ? それに面白そうじゃん」
「全く……そういう貴方が一番お人好しだと思いますよ、ジャミルさん」
「お、アルベルトも言うようになってきたなー」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
「ジャミル、アル、二人ともありがとう!!」
アイシャは感極まって二人に抱きついていた。そんなアイシャを見て、ジャミルとアルベルトはどちらからともなく見つめ合って笑いあっていた。
***
「……で、問題は具体的にどうするかだよな」
「ですよね……。でも、お金はグレイさんが一括して管理されてますし……」
「多分、貸してくれない気がするの……」
「ああ……確実にな……」
「だって私達の装備品、ほとんど旅の途中で見つけたりもらったりしたものばかりじゃないですか……」
そして三人は一斉にため息をついた。
グレイは冒険者生活が板に付いているせいなのか、基本的に財布の紐がキツい。新しい武器なんてもってのほか、皆の武器が摩耗していればグレイが率先して直し、直せないものは鍛冶屋に持って行き直して使う程の徹底ぶりだ。そんな相手に頼んだところで真っ先に断られるのは当然だろう。
ジャミルだって、バファル帝国の皇帝からエスパーダ・ロペラを賜らなかったら、ずっと自分が使ってきたレイピアを対サルーイン戦まで使い続ける羽目になっていたと思われる。
「あ、私が薬草や鉱石を拾って売るのは?」
「それだって見つけたら俺たちの共有財産っていう扱いじゃねーか」
「そうだった……」
アイシャが思いついて提案するが、ジャミルにあっさり却下されてしまいがっくり項垂れる。その時、二人の話を黙って聞いていたアルベルトが不意に口を挟んだ。
「……話すだけ話してみましょう」
「無理無理! どうせ断られるに決まってんだろ」
「いえ、共有財産から貸していただくのではなくて、さっきアイシャさんが言った、今後見つけた薬草や鉱石を売ったお金を、アイスソードの金額分まで私たちのお金にする許可を貰えば良いのかな、と」
「ははーん、自分たちの金を自分たちで稼がせろってことね」
「それなら、許可してもらえるかも……だって、アイスソード分だけでいいんだもんね!」
アルベルトの閃きに二人もなるほど、と納得する。まだどうなるか分からないが、突拍子もない計画に一縷の希望が見えてきていた。そして、三人の表情にも明るさが戻ってきていた。
「まあ、まずはグレイに話付けないとだな」
「そうだね。でも、いつもガラハドさんと一緒にいるからどうしよう……」
「じゃあ、私がガラハドさんを引きつけます。その間にお二人でグレイさんに話して下さい」
「よっしゃ! そうと決まればさっさと話を付けに行くぞ!!」
「うん! 行こう!!」
「ええっ、今ですか!?」
「思い立ったが吉日っていうだろ! おばちゃん! お勘定三人分置いとくぜー」
「アル、早く行こっ!」
「ふ、二人ともちょっと待って下さいよ~!」
そして三人は店主の「ありがとうございました」の声に見送られ、急いでグレイの元へと向かったのだった。
***
グレイとガラハドはすぐに見つかった。二人ともパブのテントの下で夕食を摂っていたのだった。目端の利くジャミルがいち早く二人の姿を見つけ、三人は物陰から様子を窺う。
「わかりやすいところに居てくれて助かったぜ。よし、じゃあ作戦通りにいくぞ!」
「はい!」
「うん!」
作戦と言っても先にアルベルトがガラハドを別の場所へ移動させ、その間にジャミルとアイシャの二人でグレイに交渉するという単純なものである。しかし、簡単なことだからこそ失敗は許されなかった。
「では、行ってきますね」
そして、少し緊張した面持ちでアルベルトが立ち上がる。ジャミルとアイシャは無言で頷き、踵を返してガラハドの元へと歩むアルベルトを見送ったのだった。
***
「こんばんは。グレイさん、ガラハドさん」
アルベルトが声を掛けると、呼ばれた二人が同時に顔をこちらに向ける。緊張感は最大級になっていた。--自分は、ガラハドさんを引きつけるだけ。そう言い聞かせて内心の動揺を悟られまいと必死だった。
「どうしたんだ、アルベルト。ジャミルとアイシャと喧嘩でもしたのか?」
ガラハドは不思議そうな顔をしてアルベルトに問い掛ける。声を掛けられドキリとしたが、その言葉にアルベルトは安堵しつつ用意していた話を切り出した。
「別に喧嘩したわけではないので安心してください。ちょっとガラハドさんにお願いがありまして……」
「わたしに?」
「ええ、そうなんです。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もう食事も済んだし、別に構わないが。わたしに出来ることならいくらでも手伝うぞ」
「ありがとうございます。お願いというのは、剣の稽古の相手になってもらいたいのです」
「何だ、そんなことか。急にかしこまって言うから何事かと思ったぞ」
ガラハドは笑いながらそう言うが、アルベルトはその一言に口から心臓が飛び出そうだった。だが、これでグレイとガラハドの二人の距離を置く、という目的は果たした。あとの自分の役目は、ジャミルとアイシャがグレイに話を付けるまでしばらくガラハドと一緒に居ればいいだけである。
「グレイ。悪いな、席を外すぞ」
「ああ、別に構わない。だが、二人して稽古に夢中になり過ぎるなよ。お前たちは一度熱が入るとなかなか冷めないからな」
「ああ、善処する」
「すみません。それでは失礼します」
そうしてアルベルトとガラハドは連れ立って稽古のできそうな場所へと移動した。グレイは夜の闇に紛れる二人を見送ると、振り向きもせずに言葉を発した。
「……俺に用があるんだろう。ジャミル、アイシャ」
「ちぇっ、ばれたてか」
「うそ……」
二人の声を耳で確認したところでグレイが後ろを振り向く。そこにはやれやれと言った表情のジャミルと、エメラルドのような瞳をこれでもかと見開き驚くアイシャが立っていた。
「アルベルトの目が全く俺の目を見ていなかったからな。まあ、あいつがあいつなりに必死だったから黙っていたが。それで、用件は何だ?」
「纏まった金が欲しい。2万金分、俺とアルとアイシャの三人で稼がせてくれないか。お前が管理してる財布からは一切出さなくて構わない」
ジャミルは真っ直ぐグレイを見つめると一息でそれだけ伝えた。一瞬の間。周囲のざわめきが酷くうるさい。
「……何に使う、そんな大金」
「アイスソードをガラハドさんにプレゼントしたいの!」
グレイの静かな、しかし威圧感を覚えるその呟きに、今までジャミルの後ろで黙っていたアイシャが一歩前に出て叫ぶように言った。
「……」
「アイシャ」
アイシャの発言に面食らったグレイは目を丸くし、ジャミルもまた驚いていた。そんな二人の様子には目もくれず、アイシャは言葉を続ける。
「わたし、見たの。巨人の里でガラハドさんがアイスソードをじっと見ていたの。ねえ、グレイ。いいでしょう?お金なら自分でどうにかする。みんなのお金からは使わない。だから、」
「……だしてやる」
「だから……えっ」
アイシャは必死で喋っていた。グレイに納得してもらいたくて熱に浮かされたように夢中になって喋っていた。グレイの一言を聞き漏らしてしまうくらいには。
「だしてやると言ったんだ。もうすぐサルーインとの決戦だ。ならば使う時は今しかないだろう」
「ま、こんな時にケチったってしょうがねえもんなー。それが理由で俺たちが負けたらアホすぎるし?」
「……」
ジャミルがニヤニヤしながらグレイをからかうように言う。グレイは何も言わず、グラスに残っていた酒を飲み干した。そして、ジャミルはまだポカンとしているアイシャの頭をくしゃりと撫でた。
「アイシャ、良かったな! これでアイスソードが買えるぜ!!」
「……ほ、本当にいいの?」
「俺の言葉はお前にとってそんなに信用がないのか、アイシャ」
「そういうわけじゃないよ! でも、大きな額のお金だし……」
「金は金だ。お前らが出すのも俺が出すのも変わらない。俺たちは共に旅をして同じ目的がある仲間だろう。違うか」
灰色の瞳がアイシャを射抜く。その鋭さにどきりとしたが、アイシャは瞬きを一つしてから笑顔でグレイを真っ直ぐ見つめ返した。
「ううん、違わない。ガラハドさんも、グレイも、ジャミルも、アルベルトも、みんな大切な仲間だもん!」
***
そして、その翌日。彼らは再び巨人の里へ出向いていた。
理由を知らない彼は灰色の髪の男に尋ねると「さあな。買い忘れた物があったらしい」とさらりと流されてしまった。
里に着いてからは、いちば年若い少女に「グレイと宿で待ってて! 絶対だよ!!」と強く念を押され、若者三人で何処かへ出掛けて行った。ますます訳がわからない。隣にいる相棒をみれば「待っていろと言われたんだ。待つ他ないだろう」と至極当然のことを言われた。何が起こっているのかわからないもやもやのせいで、椅子に座ってみるが妙に落ち着かず、立ったり座ったりを無闇に繰り返していた。グレイは武器の手入れをしつつ、動き回る相棒をみて嘆息する。
「少しは落ち着いたらどうだ」
「お前は知ってるんだろう? 私に話せないことなのか」
「あいつらに口止めされたからな。あいつらが帰ってくるまで待っていればいい」
「それはそうだが……」
再び椅子に腰を下ろす。そんなガラハドの様子を見て、グレイはガラハドからは見えない角度で小さく笑みを零していた。そんな時、ドアの向こうから彼らの声が聞こえてきた。
「ただいま! グレイ、ガラハドさん!!」
ガチャリとドアが開けられる。最初に入ってきたのはアイシャだった。ガラハドもドアのほうへ近寄るが「そこで待ってて!」と部屋の中央辺りで静止させられた。ドア付近ではアルベルトとジャミルが何かやり取りをしているのがちらりと見えた。「それだと見えるだろ!」「これ以上隠せませんよ!」という大きな声がガラハドの耳にも届く。
「もう、二人とも早く早く!!」
「ちょっと待てよ! ……よし、こう、後ろ手で持てば……」
「これなら見えませんね。では、せーので持ち上げましょう」
ガラハドが大丈夫か、と声をかけようとしたその時、若い二人の「せーの!」という声が聞こえ、そして部屋の中にジャミルとアルベルトが入ってきた。何やら大きな物を後ろ手に持っている。そして、ガラハドの前で立ち止まった。
「一体、どうしたんだお前たち」
「ま、言い出しっぺはアイシャだったんだけどな」
「私たちはそれに協力しただけですよ」
「隠し事をしてごめんなさい。でも、ガラハドさん言ったらきっと遠慮しちゃうと思ったから。だから、グレイにも協力してもらったの」
「そうだったのか……」
皆が一斉にグレイを見る。当の本人は素知らぬ顔で武器の手入れを続けていた。そして、アイシャが言葉を続ける。
「それでね、これは私たちからのプレゼント! 受け取って下さい!!」
アイシャの言葉を受けて、ジャミルとアルベルトが後ろ手に持っていたものを器用に前へ持ってくる。それは、細長く、黒い箱だった。
「いいのか、貰っても?」
想像していなかった出来事に思わずガラハドは聞き返していた。その反応に、三人は笑って答える。
「いいの! もらって!!」
「おいおい、返品不可だぜ?」
「遠慮せずにもらって下さい」
「……ガラハド。それはお前のために買った物だ。受け取ればいい」
「お前たち……グレイも、ありがとう。大切に使わせてもらおう」
いつに間にかガラハドの隣に立っていたグレイが、三人の援護をするように静かに呟いた。そして、四人の手から箱が手渡される。
その中身を見た時のガラハドの反応に、宿の一室は笑い声で溢れていた。
【終】
とある五人の冒険者一行がカラム山脈の麓にある巨大な古城から戻った頃には既に太陽は西に傾いており、日が沈む頃にはウソの村に辿り着くだろうと彼らは歩みを進めていた。
灰色の長髪をなびかせて隊列の先頭を歩く青年、グレイ。次にクジャラート風の衣服に身を包んだ翠髪の青年、ジャミル。その次に金髪碧眼の上品なローザリア風の衣服を着ている少年、アルベルト。夕日に照らされ、より真っ赤に輝く髪を揺らして俯きがちに歩くのはタラール族の民族衣装を身に纏った少女、アイシャ。そのしんがりを務めるのは体格の良い禿頭頭の男性、ガラハド。
見た目も年齢もバラバラな五人であったが、長い冒険を経てきていることが雰囲気で何処となく伝わってくる。
ニューロードに沿って歩けば、あと少しでウソの村に到着するだろう。今まで俯きがちに歩いていたアイシャが、意を決したように前を見据えると、前方を歩くアルベルトの服の裾を引っ張った。
「ねえ、アル」
「どうしましたか」
いつもの屈託の無い笑顔は身を潜め、真顔で話しかけてきたアイシャにアルベルトは何か悪いものでも食べたのだろうかと心配になったが、アルベルトの歩幅に合わせて隣を歩くように移動しきたアイシャを見てその考えを引っ込めた。
「ちょっと話があるの。でもここじゃ話せないからウソの村についたら話すね」
アイシャはまくしたてるようにそれだけいうと、何事もなかったようにアルベルトの隣から後ろへ戻っていった。アルベルト自身を見ずに、真っ直ぐ前を見つめる緑色の瞳が何かを決意したような気がして、彼女に自分は何かしてしまったのだろうか、とアルベルトは少し不安になっていた。
そんな若い二人の会話後ろで見ていたガラハドは、普段と違う雰囲気を醸し出しているアイシャに、一体どうしたのだろうと少々心配になり話しかけていた。
「アイシャ、大丈夫か」
「どうしたのガラハドさん?」
「いや、体調でも悪くしてないかと思ってな」
「そんなことないよ! 今回はちょっと長くて疲れたけど、それだけだもん。どこも悪くしてないよ」
アイシャは立ち止まり、ほら、と満面の笑みを見せながら両手を広げ、その場でくるりと一回転して見せた。確かに体調は悪くなさそうである。自分の感じた不安も気のせいだろうと思うことにし、ガラハドはアイシャの頭を撫でてやった。
「わざわざ済まなかったな、アイシャ。もう少しでウソの村へ付くから、そこでゆっくり休もう」
「うん!」
前を見れば後ろが付いて来ていない事に気付いたのか先を歩いていた三人が立ち止まり待っていた。代表してジャミルが声を張り上げている。
「おーい、ガラハドのおっさん! アイシャ! 置いてくぞー!」
「今行くー! ほら、ガラハドさんも早く早く!!」
「ああ、そうだな」
そして元の隊列に戻ると程なくしてウソの村に辿り着いたのだった。
* * *
宿帳に書き込んだ時には既に太陽は沈み、代わりに銀色の月が夜空を照らしていた。
その後は自然と解散という形になり、昔から冒険者仲間だったグレイとガラハド組、ジャミル、アイシャ、アルベルトの若者組、と自然と別れるようになっていた。
屋台の軒先で少々早い夕食を摘まみ空腹も満たされた頃、アルベルトがアイシャに話しかける。
「そういえば、話があるって言ってましたけど……」
「あー、なんか二人でくっちゃべってたな」
「それなんだけど、グレイにも協力してもらわないと駄目なんだよね……」
「??? おいおい、最初っからちゃんと話せよ。全然わかんねーぞ」
「アイシャさん、まずは話を聞かせてください」
食後のお茶を飲み干したアイシャが溜め息をつきながらぽつりと呟く。しかしその断片的すぎる言葉に全体像が全く見えない。ジャミルとアルベルトの言葉を受けたアイシャは一つ頷くと話し始めた。
「あのね。ガラハドさんにアイスソードをプレゼントしたいの」
***
話は数時間前に遡る。オールドキャッスルを抜け、巨人の里にたどり着き、長からサルーインの居場所と、店を使う許可をもらった後のこと。各々店を回って見ていた時の事だった。
アイシャも初めて訪れた場所にワクワクしながら里の中を巡っていた。そんな時、ガラハドがとある店の前でじっと佇む姿が目に入った。
普段のガラハドらしからぬ、どこかぼんやりしているような表情が気にかかり、アイシャは気づかれないようにそっと近づいて何を見ているのか伺うことにした。そして、ガラハドの見ているものを知った。--いや、知ってしまった。
***
「確かに、アイスソード売ってたなあの店……」
「ガラハドさんのアイスソード、フレイムタイラントに渡してしまいましたもんね……」
「ガラハドさんのあの顔を見てたら、わたし、何だか申し訳なくなってきちゃって……」
アイシャは話しながらガラハドの様子を思い出して意気消沈していた。そして今にも泣き出しそうなその表情に、ジャミルとアルベルトはぎょっとしつつフォローに回る。
「おい、アレはアイシャのせいじゃねえって! グレイがある意味騙したようなもんだろ!!」
「そうですよ! アイシャさんになんの非もありませんよ!!」
「で、でもグレイに黙ってろって言われて黙ってたわたし達も一緒じゃない!」
アイシャは目尻に涙を溜めて、ほとんど泣き声に近いような声で叫んでいた。アイシャのその悲痛な声に、アルベルトは視線を彷徨わせる。ジャミルは苛立ちを隠すことなくテーブルを叩き立ち上がりながら大声を出していた。
「ああもう!! とにかく! アイシャはアイスソードをガラハドにプレゼントしたい!! そういうことだろ?」
「う、うん」
ジャミルの態度に圧倒され、ビクリと肩を震わせながらもアイシャは頷いた。驚いて涙は引っ込んでしまったようだった。ジャミルはそんなアイシャを見てふっと表情を和らげると、アイシャの髪をくしゃりと撫でてやった。
「……ったく、どうしてこう、オレの周りにはお人好しばっかり集まるもんかねえ」
「……いいの?」
「だって、お前がやりたいんだろ? それに面白そうじゃん」
「全く……そういう貴方が一番お人好しだと思いますよ、ジャミルさん」
「お、アルベルトも言うようになってきたなー」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
「ジャミル、アル、二人ともありがとう!!」
アイシャは感極まって二人に抱きついていた。そんなアイシャを見て、ジャミルとアルベルトはどちらからともなく見つめ合って笑いあっていた。
***
「……で、問題は具体的にどうするかだよな」
「ですよね……。でも、お金はグレイさんが一括して管理されてますし……」
「多分、貸してくれない気がするの……」
「ああ……確実にな……」
「だって私達の装備品、ほとんど旅の途中で見つけたりもらったりしたものばかりじゃないですか……」
そして三人は一斉にため息をついた。
グレイは冒険者生活が板に付いているせいなのか、基本的に財布の紐がキツい。新しい武器なんてもってのほか、皆の武器が摩耗していればグレイが率先して直し、直せないものは鍛冶屋に持って行き直して使う程の徹底ぶりだ。そんな相手に頼んだところで真っ先に断られるのは当然だろう。
ジャミルだって、バファル帝国の皇帝からエスパーダ・ロペラを賜らなかったら、ずっと自分が使ってきたレイピアを対サルーイン戦まで使い続ける羽目になっていたと思われる。
「あ、私が薬草や鉱石を拾って売るのは?」
「それだって見つけたら俺たちの共有財産っていう扱いじゃねーか」
「そうだった……」
アイシャが思いついて提案するが、ジャミルにあっさり却下されてしまいがっくり項垂れる。その時、二人の話を黙って聞いていたアルベルトが不意に口を挟んだ。
「……話すだけ話してみましょう」
「無理無理! どうせ断られるに決まってんだろ」
「いえ、共有財産から貸していただくのではなくて、さっきアイシャさんが言った、今後見つけた薬草や鉱石を売ったお金を、アイスソードの金額分まで私たちのお金にする許可を貰えば良いのかな、と」
「ははーん、自分たちの金を自分たちで稼がせろってことね」
「それなら、許可してもらえるかも……だって、アイスソード分だけでいいんだもんね!」
アルベルトの閃きに二人もなるほど、と納得する。まだどうなるか分からないが、突拍子もない計画に一縷の希望が見えてきていた。そして、三人の表情にも明るさが戻ってきていた。
「まあ、まずはグレイに話付けないとだな」
「そうだね。でも、いつもガラハドさんと一緒にいるからどうしよう……」
「じゃあ、私がガラハドさんを引きつけます。その間にお二人でグレイさんに話して下さい」
「よっしゃ! そうと決まればさっさと話を付けに行くぞ!!」
「うん! 行こう!!」
「ええっ、今ですか!?」
「思い立ったが吉日っていうだろ! おばちゃん! お勘定三人分置いとくぜー」
「アル、早く行こっ!」
「ふ、二人ともちょっと待って下さいよ~!」
そして三人は店主の「ありがとうございました」の声に見送られ、急いでグレイの元へと向かったのだった。
***
グレイとガラハドはすぐに見つかった。二人ともパブのテントの下で夕食を摂っていたのだった。目端の利くジャミルがいち早く二人の姿を見つけ、三人は物陰から様子を窺う。
「わかりやすいところに居てくれて助かったぜ。よし、じゃあ作戦通りにいくぞ!」
「はい!」
「うん!」
作戦と言っても先にアルベルトがガラハドを別の場所へ移動させ、その間にジャミルとアイシャの二人でグレイに交渉するという単純なものである。しかし、簡単なことだからこそ失敗は許されなかった。
「では、行ってきますね」
そして、少し緊張した面持ちでアルベルトが立ち上がる。ジャミルとアイシャは無言で頷き、踵を返してガラハドの元へと歩むアルベルトを見送ったのだった。
***
「こんばんは。グレイさん、ガラハドさん」
アルベルトが声を掛けると、呼ばれた二人が同時に顔をこちらに向ける。緊張感は最大級になっていた。--自分は、ガラハドさんを引きつけるだけ。そう言い聞かせて内心の動揺を悟られまいと必死だった。
「どうしたんだ、アルベルト。ジャミルとアイシャと喧嘩でもしたのか?」
ガラハドは不思議そうな顔をしてアルベルトに問い掛ける。声を掛けられドキリとしたが、その言葉にアルベルトは安堵しつつ用意していた話を切り出した。
「別に喧嘩したわけではないので安心してください。ちょっとガラハドさんにお願いがありまして……」
「わたしに?」
「ええ、そうなんです。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もう食事も済んだし、別に構わないが。わたしに出来ることならいくらでも手伝うぞ」
「ありがとうございます。お願いというのは、剣の稽古の相手になってもらいたいのです」
「何だ、そんなことか。急にかしこまって言うから何事かと思ったぞ」
ガラハドは笑いながらそう言うが、アルベルトはその一言に口から心臓が飛び出そうだった。だが、これでグレイとガラハドの二人の距離を置く、という目的は果たした。あとの自分の役目は、ジャミルとアイシャがグレイに話を付けるまでしばらくガラハドと一緒に居ればいいだけである。
「グレイ。悪いな、席を外すぞ」
「ああ、別に構わない。だが、二人して稽古に夢中になり過ぎるなよ。お前たちは一度熱が入るとなかなか冷めないからな」
「ああ、善処する」
「すみません。それでは失礼します」
そうしてアルベルトとガラハドは連れ立って稽古のできそうな場所へと移動した。グレイは夜の闇に紛れる二人を見送ると、振り向きもせずに言葉を発した。
「……俺に用があるんだろう。ジャミル、アイシャ」
「ちぇっ、ばれたてか」
「うそ……」
二人の声を耳で確認したところでグレイが後ろを振り向く。そこにはやれやれと言った表情のジャミルと、エメラルドのような瞳をこれでもかと見開き驚くアイシャが立っていた。
「アルベルトの目が全く俺の目を見ていなかったからな。まあ、あいつがあいつなりに必死だったから黙っていたが。それで、用件は何だ?」
「纏まった金が欲しい。2万金分、俺とアルとアイシャの三人で稼がせてくれないか。お前が管理してる財布からは一切出さなくて構わない」
ジャミルは真っ直ぐグレイを見つめると一息でそれだけ伝えた。一瞬の間。周囲のざわめきが酷くうるさい。
「……何に使う、そんな大金」
「アイスソードをガラハドさんにプレゼントしたいの!」
グレイの静かな、しかし威圧感を覚えるその呟きに、今までジャミルの後ろで黙っていたアイシャが一歩前に出て叫ぶように言った。
「……」
「アイシャ」
アイシャの発言に面食らったグレイは目を丸くし、ジャミルもまた驚いていた。そんな二人の様子には目もくれず、アイシャは言葉を続ける。
「わたし、見たの。巨人の里でガラハドさんがアイスソードをじっと見ていたの。ねえ、グレイ。いいでしょう?お金なら自分でどうにかする。みんなのお金からは使わない。だから、」
「……だしてやる」
「だから……えっ」
アイシャは必死で喋っていた。グレイに納得してもらいたくて熱に浮かされたように夢中になって喋っていた。グレイの一言を聞き漏らしてしまうくらいには。
「だしてやると言ったんだ。もうすぐサルーインとの決戦だ。ならば使う時は今しかないだろう」
「ま、こんな時にケチったってしょうがねえもんなー。それが理由で俺たちが負けたらアホすぎるし?」
「……」
ジャミルがニヤニヤしながらグレイをからかうように言う。グレイは何も言わず、グラスに残っていた酒を飲み干した。そして、ジャミルはまだポカンとしているアイシャの頭をくしゃりと撫でた。
「アイシャ、良かったな! これでアイスソードが買えるぜ!!」
「……ほ、本当にいいの?」
「俺の言葉はお前にとってそんなに信用がないのか、アイシャ」
「そういうわけじゃないよ! でも、大きな額のお金だし……」
「金は金だ。お前らが出すのも俺が出すのも変わらない。俺たちは共に旅をして同じ目的がある仲間だろう。違うか」
灰色の瞳がアイシャを射抜く。その鋭さにどきりとしたが、アイシャは瞬きを一つしてから笑顔でグレイを真っ直ぐ見つめ返した。
「ううん、違わない。ガラハドさんも、グレイも、ジャミルも、アルベルトも、みんな大切な仲間だもん!」
***
そして、その翌日。彼らは再び巨人の里へ出向いていた。
理由を知らない彼は灰色の髪の男に尋ねると「さあな。買い忘れた物があったらしい」とさらりと流されてしまった。
里に着いてからは、いちば年若い少女に「グレイと宿で待ってて! 絶対だよ!!」と強く念を押され、若者三人で何処かへ出掛けて行った。ますます訳がわからない。隣にいる相棒をみれば「待っていろと言われたんだ。待つ他ないだろう」と至極当然のことを言われた。何が起こっているのかわからないもやもやのせいで、椅子に座ってみるが妙に落ち着かず、立ったり座ったりを無闇に繰り返していた。グレイは武器の手入れをしつつ、動き回る相棒をみて嘆息する。
「少しは落ち着いたらどうだ」
「お前は知ってるんだろう? 私に話せないことなのか」
「あいつらに口止めされたからな。あいつらが帰ってくるまで待っていればいい」
「それはそうだが……」
再び椅子に腰を下ろす。そんなガラハドの様子を見て、グレイはガラハドからは見えない角度で小さく笑みを零していた。そんな時、ドアの向こうから彼らの声が聞こえてきた。
「ただいま! グレイ、ガラハドさん!!」
ガチャリとドアが開けられる。最初に入ってきたのはアイシャだった。ガラハドもドアのほうへ近寄るが「そこで待ってて!」と部屋の中央辺りで静止させられた。ドア付近ではアルベルトとジャミルが何かやり取りをしているのがちらりと見えた。「それだと見えるだろ!」「これ以上隠せませんよ!」という大きな声がガラハドの耳にも届く。
「もう、二人とも早く早く!!」
「ちょっと待てよ! ……よし、こう、後ろ手で持てば……」
「これなら見えませんね。では、せーので持ち上げましょう」
ガラハドが大丈夫か、と声をかけようとしたその時、若い二人の「せーの!」という声が聞こえ、そして部屋の中にジャミルとアルベルトが入ってきた。何やら大きな物を後ろ手に持っている。そして、ガラハドの前で立ち止まった。
「一体、どうしたんだお前たち」
「ま、言い出しっぺはアイシャだったんだけどな」
「私たちはそれに協力しただけですよ」
「隠し事をしてごめんなさい。でも、ガラハドさん言ったらきっと遠慮しちゃうと思ったから。だから、グレイにも協力してもらったの」
「そうだったのか……」
皆が一斉にグレイを見る。当の本人は素知らぬ顔で武器の手入れを続けていた。そして、アイシャが言葉を続ける。
「それでね、これは私たちからのプレゼント! 受け取って下さい!!」
アイシャの言葉を受けて、ジャミルとアルベルトが後ろ手に持っていたものを器用に前へ持ってくる。それは、細長く、黒い箱だった。
「いいのか、貰っても?」
想像していなかった出来事に思わずガラハドは聞き返していた。その反応に、三人は笑って答える。
「いいの! もらって!!」
「おいおい、返品不可だぜ?」
「遠慮せずにもらって下さい」
「……ガラハド。それはお前のために買った物だ。受け取ればいい」
「お前たち……グレイも、ありがとう。大切に使わせてもらおう」
いつに間にかガラハドの隣に立っていたグレイが、三人の援護をするように静かに呟いた。そして、四人の手から箱が手渡される。
その中身を見た時のガラハドの反応に、宿の一室は笑い声で溢れていた。
【終】