サガフロ

【レッドとアセルス】12年前の昨日より

 キグナスがパイレーツに襲撃された事件は、乗り合わせていた戦い慣れした者たちの協力によって無事に幕が降りた。そうしてパイレーツをIRPOへ引き渡し、乗客たちを降ろしている中、その人混みに紛れて足早に去る見知った姿が見えて、俺は大声でその名前を叫んでいた。
「アセルス姉ちゃん!」
 けれど、アセルス姉ちゃんともう一人の人はそれでも足を止めない。きっと何か事情があるんだろう。だけど俺は、この機会を逃したらもう二度と永遠に会えなくなる気がして。気づけば二人の元へと走っていて、その手を掴んでいた。
「アセルス姉ちゃん! 待ってくれ!!」
「……烈人、くん」
「あ、その……ごめん、呼び止めて」
「ううん。私こそごめんね。逃げてしまって」
「逃げるだなんて……」
「ううん。私は逃げたの。あの頃を知ってる烈人くんから逃げたんだよ」
 アセルス姉ちゃんが悲しそうな顔で笑う。すると、今まで黙ってた姉ちゃんに付き添っていた女の人——白薔薇さんが口を開いた。
「申し訳ございません。烈人さん。アセルス様は……」
「白薔薇、大丈夫だよ。——じゃあ、烈人くん、ちょっとどこかでお話しようか。時間、大丈夫?」
 けれどそれをアセルス姉ちゃんが制止する。相変わらず寂しそうな顔のままだったけれど、ようやくこっちを見てくれたことに心の中で安堵した。今すぐ話を聞きたいけど、これ以上勝手に動くのは不味いよなあと思ったその時、背後からメカの移動音が聞こえてきた。
「レッドさん、持ち場から急に離れないでください」
 そこにいたのは襲撃事件中に協力してくれた医療メカ、BJ&Kだった。渡りに船とはこのことか。
「悪い! でも俺、この人と知り合いでさ、久しぶりに会ったから話したいんだよ。ホークにそれとなく言っといてくれないか?」
「……その言葉に偽りはなさそうですね。まあ船長なら分かるでしょう。私には理解しかねますが」
「サンキューな! じゃ、ちょっと行ってくる!」
「仕事中なのにごめんね」
「いいっていいって! 早く行こう」
 そうして俺たちはIRPOの街中へと繰り出した。

***

 目に入った喫茶店へと俺たち三人は入っていく。カランとドアベルの音が響き、店員さんに案内されて席へ着いた。
 武器密輸を見つけてからずっと気を張っていたからだろうか、座った途端にため息が出た。それはアセルス姉ちゃんと白薔薇さんも同じだったようで、三人同時にため息を吐いたものだからつい吹き出してしまった。
「ふふ、私たちよほど疲れていたようですね」
「ははっ、座ったらなんかどっと疲れが……」
「うん、ようやく落ち着けた気がするもんね」
 そんな風に和やかに話をしていると店員さんが注文を取りにきていた。全員とりあえずコーヒーを頼む。そして店員さんが去っていったのを見送ってから、俺はアセルス姉ちゃんと白薔薇さんに改めて向き直った。
「……で、アセルス姉ちゃん。十二年前にあったこと、教えてくれるのか?」
「うん。烈人くんになら言っても良いかなって。……白薔薇」
「アセルス様が話すと決めたのでしたら」
「ありがとう。じゃあ話すね——」
 そしてアセルス姉ちゃんは12年前の失踪事件の顛末を教えてくれた。
「……そんな、アニメとか漫画みたいな話ってあんのか」
 俄かに信じがたい話だった。突然空間の裂け目が現れてシュライクでは時代錯誤な馬車と衝突して、そのせいでアセルス姉ちゃんは死んで、でもその馬車の主である妖魔の王から血を受けて生き返って半分人間で半分妖魔というこの世でたった一人の存在になったのだという。
 まあ、俺だって死にかけたところをアルカールに救われてヒーローになったしな……っていうかちょっと待て。俺とアセルス姉ちゃんむしろ境遇似てるんでは? という嫌な共通点を見つけてしまって頭を抱えた。正直気づきたくなかった。俺らが何をしたっていうんだよ!?
「本当にそうだよね……でも事実なの。私は半妖という中途半端な存在になってしまって、その影響で私の身体は事故のあった十七歳から時が止まって……それから十二年間ずっと眠り続けて、つい最近目覚めたの。だからあの時のままなんだ」
「なるほどなあ……」
「あの時は詳しくお伝えできずすみませんでした」
 ようやくアセルス姉ちゃんの事情が分かって納得したところ、すかさず白薔薇さんが申し訳なさげに言う。だけどあのやばい時に話をされても、頭パンクして混乱するだけだったと思うので結果オーライである。こうして詳しく話を聞くきっかけになったわけだし。
「いや、そんな複雑怪奇な事情じゃあしょうがないよ。それに俺も、アセルス姉ちゃんに酷いこと言った。ごめん」
「そうだね。あれは結構傷ついたなぁ。キサマ、何者だ!って」
 そして俺がすかさずあの時の事を謝れば、アセルス姉ちゃんはため息を吐きつつ俺の声真似をしながら言う。改めてそう言われて本当に申し訳なさMAXで、俺はテーブルに手をついて頭を下げた。
「うぐっ……事情知らなかったとはいえ、疑ってすみませんでした……!」
「……ふふっ、良いよ。こうしてちゃんと面と向かって謝ってくれたし。まあそれはそれとしてコーヒー代は奢ってもらおうかな。お給料、貰ってるんでしょ?」
「アセルス姉ちゃん……うん、奢るよ。白薔薇さんの分も合わせて」
「こちらこそありがと、烈人くん」
「よろしいのですか?」
「別にそんな大金でもないし大丈夫。それに、昔はアセルス姉ちゃんによくジュースやお菓子を奢って貰ってたから……まあそのお返しというか」
「そうそう、よく駄菓子屋さんでお菓子買ってたよねえ。懐かしいな」
「あら、そんなことがあったのですね」
 そうしていつの間にか俺とアセルス姉ちゃんの思い出話に花が咲き、白薔薇さんも興味津々と言った風に話を聞いていた。
「でさ——」
 けれど、時間は無情だ。通信機からの呼び出し音でそれは終わりを告げられる。
「……っとごめん! キグナスからの呼び出しだ。お金払っとくから、二人とももうちょっとゆっくりしてなよ」
「ううん、私たちもそろそろお暇するよ。十分休めたし。ね、白薔薇」
「はい。アセルス様の烈人さんのお話は聞いていて飽きませんでしたわ」
「そっか、それなら良いんだ。……あの、さ」
 俺は早く戻らないといけない。でも、あともう少しだけアセルス姉ちゃんと一緒にいたいとみっともなく思ってしまった。
「ん? なあに?」
「また、こうやって……話出来るかな」
 アセルス姉ちゃんの顔がパッと笑顔になるが、すぐに俯いてしまった。そうだよな。そう簡単に約束なんて出来るわけないもんな。
「……ごめん。確実に約束はできない……私、今は白薔薇とあちこち旅しながらこれからどうしようか考えてて……でも、もしもまたこうやってばったり出会ったら、その時はまた話をするのでも良いかな?」
 けれど、最後の方は俯いていた顔をあげて、俺の方を真っ直ぐ見ながら言ってくれた。俺はそれだけで嬉しかった。
「うん、それで良いよ。アセルス姉ちゃんが良い旅が出来るの祈ってる」
「烈人くん、ごめんね。ありがとう……どうか元気でいてね」
「大丈夫! 身体は丈夫な方だしさ。アセルス姉ちゃんも元気でいてくれよな。もちろん白薔薇さんも」
「ありがとうございます」
 そうして会計を済ませて店を出る。——これで本当にお別れだ。
 だけど、あの時。アセルス姉ちゃんの行方がわからなくなったあの時とは違う。
「じゃあ、アセルス姉ちゃん……またな!」
「! ……うん! またね、烈人くん!」
 こうしてお互い生きているなら、きっとまた会えると信じている。十二年前に絶たれた明日がようやく来たように。

【終】
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