歌恋想
──呑まれていく。呑まれていく。
ザーザーと流れる茶色の液体は、無慈悲にも全てを浚うが如く激流を走らせる。
手足を動かすことすら困難な奔流の中、それでも必死になって、懸命に岸への突破口を探して腕を動かす。
やがて触れた温かい感触は、僕を力強く引き寄せた。
──目を覚ますと、八戒の目の前には白木の天井があった。
「あ、八戒起きた?」
声のした方へ首を動かすと、そこには悟空がいた。
「悟空、ここは…?」
「俺たちが落っこちた川の近くの街みたいだよ」
笑顔で話す悟空の服はいつもの服ではなく、白い半袖のTシャツに半ズボンという出で立ちだった。
荷物の中に見た覚えがないと言うことは、誰か他の人のものなのだろうか?
「あ、目、覚めましたか?」
ノックと共に開けられた扉から、一人の男性が入ってきた。
「あなたは…?」
「僕の名前は紫苑、よろしくお願いします」
紫苑と名乗った人物はニコリと笑みを浮かべ、小さく会釈した。
背は悟空と同じか多少低いぐらい。顔立ちにはあどけなさが残るが、纏う雰囲気からして二十歳ぐらいといったところだろう。絹糸のような銀の髪が光を受けて煌めいている。
「こいつが俺たちのこと助けてくれたんだぜ!」
悟空が既にこの様な態度をとっているということは、優しい人に間違いないのだろう。
「そうでしたか…。ありがとうございます」
「いえ。でも最初に川で見つけた時にはビックリしましたよ」
紫苑が言うには、八戒達は川の流れの緩やかなところに浮かぶようにして倒れていたのだという。用事でそこに友人達と訪れた紫苑は、手分けして街中の自分の家まで運んだそうだ。
「話は悟空さんから全部聞きました。妖怪達に襲われたそうで…」
「いや、もう慣れっこですから。でもまさか、突然足場が崩れるなんて予想は出来なかったですね」
天竺は吠登城を目指す自分達に、妖怪からの敵襲などいつものこと。
今回も御多分の例に漏れず妖怪達に襲われ始末した後、誰も予期していなかっただろうに足場が突然崩れた。そしてそのまま、流れの急な濁流へと真っ逆様に落ちたのだ。
「昨日の嵐で、このあたりの土地が随分やられてるみたいで…。彼方此方で土砂崩れも起きてるし、場所によっては川も氾濫してますよ」
ポケットから地図を取り出し、このあたりで被害を受けている場所を紫苑は示す。八戒達がいるであろう街の周囲の所々に、赤ペンでバツの印が入っている。そして妖怪と戦った場所にも、見事に印が書かれていた。
そして今この街も、東西南北へと続く道の一部が土砂崩れで封鎖され、復旧までにはしばしの時間を要していた。しかももっと悪いことに、今は台風の目の中なのだという。
「またすぐに嵐は来ます。近くに街はないですし、完全に去るまで出発は危険です」
紫苑はそう言った。
「だぁあっ!あンの生臭さ坊主!!」
「悟浄」
頭をガシガシと掻きながら、悟浄が部屋の中に入って来る。悟浄の格好も、やはり荷物の中にはない服を着た格好であった。
「おぅ、八戒。お前も目ぇ覚めたのか?」
「はい。あの、一体何か?」
「それがよ、封鎖された道でいっちばーん復旧がかかりそうなのが、俺たちが最初にいた道に戻んの使わなきゃいけねぇ道なんだと。それ以外の道を使うとニヶ月以上はかかんだとよ」
「そんなにですか!?」
思わず、八戒はベッドから身を乗り出してしまった。
「地理が複雑なのもあるし、この街自体が元々水路を使わなきゃなんねぇような場所にあるんだと。で、三蔵サマもご立腹ってワケ。だからって俺に発砲してくるなよって話!」
思い出すと忌々しいのか、悟浄は髪をグシャグシャと掻き毟った。
「でも復旧さえ待てば、他の道を使うよりも圧倒的に早く戻れます。ここの街の人達の作業は早いですから、嵐のことを加味しても早くて十日ぐらいで復旧しますよ」
紫苑の言葉を聞いて八戒は考えた。
他の道を使って二ヶ月以上かけるか、十日ほど待ってそれ以下の時間で元の道へ戻るか。
三蔵の出す答えは、恐らく自分と同じであろうと八戒は推測した。
「二ヶ月以上掛けるつもりはねぇからな。癪だが復旧まで待つさ」
明らかに不機嫌なオーラを醸し出しながら三蔵は言った。
「でもよ、どこの宿も人でいっぱいだったぜ?どうすんのよ?」
悟浄の心配はもっともだ。足止めを喰ったのは自分達だけではない。だから、宿は既に空き部屋がない状態だった。
「その点は心配ねぇよ。紫苑が復旧まで、この家に泊まってもいいってよ」
「へぇ!紫苑ってホントいい奴だな!!」
「こんな状況で追い出す方がおかしいんだよ。それにこの家、一人暮らしするには結構デカそうだしな」
確かに、よく見れば一部屋が宿のスイートルームばりに広い。他の部屋もこうだと考えると、一人暮らしをするにはあまりにも豪華すぎる。
「失礼します」
ノックと共に紫苑が部屋の中へと入ってくる。その手には人数分の夜具があった。
「夜具の方を持って来ましたので、置いておきますね」
「あっ、紫苑!」
夜具を台の上に置き立ち去ろうとした紫苑を、悟空は引き止めた。
「泊めてくれてありがとな!」
「いえ。僕が出来るとしたらこれぐらいですし」
人好きのする笑顔を浮かべる紫苑。その顔はとても幼く、まるで──
「お前、なんだか俺より小さい子みてぇ!」
素直な悟空はそのままを口に出した。無論、三蔵にはハリセンで問答無用でひっぱたかれたが。
「へぶっ!」
「…ウチの猿が無礼をしたな」
「痛っ…てぇ…!なにすんだよ三蔵!!」
「お前はバカか!?普通自分より年上の奴にそんなこと言わねえだろ!!」
「そう思っちまったんだからしょーがねえだろ!?」
「ホントにすみません。気を悪くしませんでしたか?」
三蔵と悟空がワーワーと騒いでいる横で、八戒は紫苑に謝罪を述べる。
「別に大丈夫ですよ。僕、気にしないですし」
ニコニコと笑う紫苑。本当に気にしていないんだと八戒は思わずにはいられない。
普通、人は少しでも癇に触るようなことを言われると外見上は取り繕っていても、内からは怒りの気が少なからず出ている。
でも紫苑からは怒気どころか、寧ろどこかホッとしたような気が出ている。
(不思議な人だなぁ…)
と八戒は思う。どことなく三蔵に似たような外見を持っているのに、性格はほぼ正反対だ。その証拠に、今だにワーワーと騒いでいる三蔵と悟空を見ながらニコニコしているのだから。
「仲が良いんですね」
なんて言えてしまうところも、三蔵とは全く異なるところだろう。
「気にしないでくださいね。こんなに賑やかなのは久々だから、僕としては楽しいんです」
どこか懐かしそうな表情を浮かべながら紫苑が言ったのと、悟空のお腹が盛大に鳴ったのはほぼ同時だった。
「…腹減ったぁ…」
「そういえば、そろそろ夕飯の時間ですよね」
外はすっかり日が傾いている。少し時間は早いが、夕飯を取るには申し分ない時間帯だ。
「それなら、この近くに料理の美味しいお店があるんですけど、行きますか?」
「マジで!?行く行く!!」
紫苑の申し出に頷く悟空。そして他のメンバーも紫苑の申し出を受け入れる事にした。
そして始まる出会いこそが、行く行く大きな事件になることをまだ誰も予期してはいなかった。…天界におわす、観世音菩薩と勢至菩薩を除いて。
[NEXT]
タイトルは、幻想魔伝最遊記Image song Vol.3、上野耕路さんの曲よりいただきました。曲と話の内容は全く関係ない…とも言い切れないような…?偶然だけど、偶然じゃないその出会い。次の話で、一行はとある姉弟と出会います。
ザーザーと流れる茶色の液体は、無慈悲にも全てを浚うが如く激流を走らせる。
手足を動かすことすら困難な奔流の中、それでも必死になって、懸命に岸への突破口を探して腕を動かす。
やがて触れた温かい感触は、僕を力強く引き寄せた。
──目を覚ますと、八戒の目の前には白木の天井があった。
「あ、八戒起きた?」
声のした方へ首を動かすと、そこには悟空がいた。
「悟空、ここは…?」
「俺たちが落っこちた川の近くの街みたいだよ」
笑顔で話す悟空の服はいつもの服ではなく、白い半袖のTシャツに半ズボンという出で立ちだった。
荷物の中に見た覚えがないと言うことは、誰か他の人のものなのだろうか?
「あ、目、覚めましたか?」
ノックと共に開けられた扉から、一人の男性が入ってきた。
「あなたは…?」
「僕の名前は紫苑、よろしくお願いします」
紫苑と名乗った人物はニコリと笑みを浮かべ、小さく会釈した。
背は悟空と同じか多少低いぐらい。顔立ちにはあどけなさが残るが、纏う雰囲気からして二十歳ぐらいといったところだろう。絹糸のような銀の髪が光を受けて煌めいている。
「こいつが俺たちのこと助けてくれたんだぜ!」
悟空が既にこの様な態度をとっているということは、優しい人に間違いないのだろう。
「そうでしたか…。ありがとうございます」
「いえ。でも最初に川で見つけた時にはビックリしましたよ」
紫苑が言うには、八戒達は川の流れの緩やかなところに浮かぶようにして倒れていたのだという。用事でそこに友人達と訪れた紫苑は、手分けして街中の自分の家まで運んだそうだ。
「話は悟空さんから全部聞きました。妖怪達に襲われたそうで…」
「いや、もう慣れっこですから。でもまさか、突然足場が崩れるなんて予想は出来なかったですね」
天竺は吠登城を目指す自分達に、妖怪からの敵襲などいつものこと。
今回も御多分の例に漏れず妖怪達に襲われ始末した後、誰も予期していなかっただろうに足場が突然崩れた。そしてそのまま、流れの急な濁流へと真っ逆様に落ちたのだ。
「昨日の嵐で、このあたりの土地が随分やられてるみたいで…。彼方此方で土砂崩れも起きてるし、場所によっては川も氾濫してますよ」
ポケットから地図を取り出し、このあたりで被害を受けている場所を紫苑は示す。八戒達がいるであろう街の周囲の所々に、赤ペンでバツの印が入っている。そして妖怪と戦った場所にも、見事に印が書かれていた。
そして今この街も、東西南北へと続く道の一部が土砂崩れで封鎖され、復旧までにはしばしの時間を要していた。しかももっと悪いことに、今は台風の目の中なのだという。
「またすぐに嵐は来ます。近くに街はないですし、完全に去るまで出発は危険です」
紫苑はそう言った。
「だぁあっ!あンの生臭さ坊主!!」
「悟浄」
頭をガシガシと掻きながら、悟浄が部屋の中に入って来る。悟浄の格好も、やはり荷物の中にはない服を着た格好であった。
「おぅ、八戒。お前も目ぇ覚めたのか?」
「はい。あの、一体何か?」
「それがよ、封鎖された道でいっちばーん復旧がかかりそうなのが、俺たちが最初にいた道に戻んの使わなきゃいけねぇ道なんだと。それ以外の道を使うとニヶ月以上はかかんだとよ」
「そんなにですか!?」
思わず、八戒はベッドから身を乗り出してしまった。
「地理が複雑なのもあるし、この街自体が元々水路を使わなきゃなんねぇような場所にあるんだと。で、三蔵サマもご立腹ってワケ。だからって俺に発砲してくるなよって話!」
思い出すと忌々しいのか、悟浄は髪をグシャグシャと掻き毟った。
「でも復旧さえ待てば、他の道を使うよりも圧倒的に早く戻れます。ここの街の人達の作業は早いですから、嵐のことを加味しても早くて十日ぐらいで復旧しますよ」
紫苑の言葉を聞いて八戒は考えた。
他の道を使って二ヶ月以上かけるか、十日ほど待ってそれ以下の時間で元の道へ戻るか。
三蔵の出す答えは、恐らく自分と同じであろうと八戒は推測した。
「二ヶ月以上掛けるつもりはねぇからな。癪だが復旧まで待つさ」
明らかに不機嫌なオーラを醸し出しながら三蔵は言った。
「でもよ、どこの宿も人でいっぱいだったぜ?どうすんのよ?」
悟浄の心配はもっともだ。足止めを喰ったのは自分達だけではない。だから、宿は既に空き部屋がない状態だった。
「その点は心配ねぇよ。紫苑が復旧まで、この家に泊まってもいいってよ」
「へぇ!紫苑ってホントいい奴だな!!」
「こんな状況で追い出す方がおかしいんだよ。それにこの家、一人暮らしするには結構デカそうだしな」
確かに、よく見れば一部屋が宿のスイートルームばりに広い。他の部屋もこうだと考えると、一人暮らしをするにはあまりにも豪華すぎる。
「失礼します」
ノックと共に紫苑が部屋の中へと入ってくる。その手には人数分の夜具があった。
「夜具の方を持って来ましたので、置いておきますね」
「あっ、紫苑!」
夜具を台の上に置き立ち去ろうとした紫苑を、悟空は引き止めた。
「泊めてくれてありがとな!」
「いえ。僕が出来るとしたらこれぐらいですし」
人好きのする笑顔を浮かべる紫苑。その顔はとても幼く、まるで──
「お前、なんだか俺より小さい子みてぇ!」
素直な悟空はそのままを口に出した。無論、三蔵にはハリセンで問答無用でひっぱたかれたが。
「へぶっ!」
「…ウチの猿が無礼をしたな」
「痛っ…てぇ…!なにすんだよ三蔵!!」
「お前はバカか!?普通自分より年上の奴にそんなこと言わねえだろ!!」
「そう思っちまったんだからしょーがねえだろ!?」
「ホントにすみません。気を悪くしませんでしたか?」
三蔵と悟空がワーワーと騒いでいる横で、八戒は紫苑に謝罪を述べる。
「別に大丈夫ですよ。僕、気にしないですし」
ニコニコと笑う紫苑。本当に気にしていないんだと八戒は思わずにはいられない。
普通、人は少しでも癇に触るようなことを言われると外見上は取り繕っていても、内からは怒りの気が少なからず出ている。
でも紫苑からは怒気どころか、寧ろどこかホッとしたような気が出ている。
(不思議な人だなぁ…)
と八戒は思う。どことなく三蔵に似たような外見を持っているのに、性格はほぼ正反対だ。その証拠に、今だにワーワーと騒いでいる三蔵と悟空を見ながらニコニコしているのだから。
「仲が良いんですね」
なんて言えてしまうところも、三蔵とは全く異なるところだろう。
「気にしないでくださいね。こんなに賑やかなのは久々だから、僕としては楽しいんです」
どこか懐かしそうな表情を浮かべながら紫苑が言ったのと、悟空のお腹が盛大に鳴ったのはほぼ同時だった。
「…腹減ったぁ…」
「そういえば、そろそろ夕飯の時間ですよね」
外はすっかり日が傾いている。少し時間は早いが、夕飯を取るには申し分ない時間帯だ。
「それなら、この近くに料理の美味しいお店があるんですけど、行きますか?」
「マジで!?行く行く!!」
紫苑の申し出に頷く悟空。そして他のメンバーも紫苑の申し出を受け入れる事にした。
そして始まる出会いこそが、行く行く大きな事件になることをまだ誰も予期してはいなかった。…天界におわす、観世音菩薩と勢至菩薩を除いて。
[NEXT]
タイトルは、幻想魔伝最遊記Image song Vol.3、上野耕路さんの曲よりいただきました。曲と話の内容は全く関係ない…とも言い切れないような…?偶然だけど、偶然じゃないその出会い。次の話で、一行はとある姉弟と出会います。
