歌恋想
「観世音菩薩様」
部屋で新聞を眺めていた観世音に、外から声がかかる。
「なんだ?」
「観世音菩薩様に、面会を申される者が…」
その言葉に、観世音は唇を笑みの形に歪めた。
連絡は既に受けているし、向こうも天界では高い地位の人物だ。わざわざ人を通さずとも自分に会えるだろうに、そんな律儀さは今も昔も変わらない。
「分かった。すぐに行く」
新聞を机に置き、二郎神を伴って面会の場へと向かった。
一つ一つの所作が流れるように美しい。出された茶を飲んでいるだけだと云うのに、まるで洗礼の儀を執り行っているような気分にさせられる。
天界におわす菩薩が一人、勢至菩薩。傍らにはその従者である蓮が控えている。
「蓮、貴方も楽になさい?」
柔らかで優しい、女性らしい声。まるで春の木漏れ日のような、そんな暖かささえ感じられる。
「いえ。これもまた私の仕事でございます故。お気になさらずに、勢至菩薩様」
「クスッ。蓮は本当に、仕事に対して厳しいですのね」
中性的な美しい、だけどどこか冷たい雰囲気を放つ蓮。それに違わず蓮の答えは実に堅いものだった。しかしそれは自分を立てるためにしていることだと、勢至は気付いている。
「でも蓮、時には自分の思うままにしても良いのですよ?貴方昨日、足を怪我したのでしょう?」
「っ」
気付かれぬようにしていたが、勢至には適わない。見抜かれていた。
「だから蓮、楽にしなさい?」
ニコリと、勢至は再び微笑んだ。そしてその微笑みが非常に厄介であるというのは、既に蓮も知るところだ。
「相変わらずだなぁ、勢至。その性格、まるでアイツにそっくりだよ」
聞こえた声に勢至が振り向くと、そこには二郎神を伴った観世音がいた。
「お久しぶりで御座います、観世音菩薩様に二郎神殿」
「おぅよ」
「久しぶりですね、お兄様!」
「最後に会ったのが灌仏会の時だったもんなぁ。元気そうで何よりだよ」
脇に垂らしている勢至の髪を一房取り、それに口付けを落とす観世音。水面に煌めく銀のような色をしたその髪は、流れるようにサラサラとしている。
「最近忙しいって話を聞いてたが、良いのか仕事は?」
「忙しいのは阿弥陀如来のせいです。自分の仕事まで私に押し付けてくるんですもの」
席に座り互いに茶を飲み交わす。兄弟だというのに、その所作は正反対だ。
「…なにしてんだよ、あのクソジジイ」
「だからいつも突っ返すんですけど、何かにつけて結局やる羽目になるんです」
思い出すと忌々しいのか、勢至は髪飾りを指でいじり出す。小さい頃からの癖は、今になっても抜けていないようだ。
「本当なら、今日も仕事だったんですけど…」
「回したんだな、ほかの奴に」
「はい。ちょうど月光と日光が暇だと言って私の執務室に何日も来ていたので、二人にやらせても問題なさそうな書類を」
「そういう所、お前上手いよなぁ」
月光と日光は、薬師如来の脇侍の菩薩達だ。勢至とは仲がよく、二人が揃って勢至の執務室にいることも珍しくはない。
「でなければ会えませんから」
「なるほどなぁ…。で、今日は何の為に会いに来たんだ?」
ただ会うためというには、どうも何かが引っ掛かる。連絡を受けたときから、なにかしらの違和感を観世音は感じていたのだ。
「…単刀直入に言います。異なる時が、再び交わる瞬間が来ましたの」
「なに…?それは本当なのか!?」
勢至の言葉に、観世音は驚きを隠せなかった。
「はい。…一昨日、コレが遂に壊れましたの」
そう言って、勢至は懐から割れた鏡を取り出した。それは、観世音の胸元にある装飾品と同じ形をした鏡だった。
「この鏡は、アノ子達の罪を表すもの…。この鏡が壊れたということは、漸くその罪が拭われると言うこと。…でも鏡が壊れるその直前に、斉天大聖と転生した金蝉童子達が映し出されましたの」
この意味、お兄様なら分かりますよね?と、勢至は観世音に念を入れた。
「あぁ。彼奴等の協力があって、その罪は拭われる。そういう事だろう?」
「はい。…何百年振りでしょうね。アノ子達と、金蝉童子達が出会うのは…」
勢至の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。それが喜びのためであるなんて、言われなくても観世音には分かっている。
「そうだな。ナタクが闘神太子に就くよりもずっと前に、アイツらは天界を追われた。まぁ、彼奴等も後追っかけるみてぇに追われたが…罪はすぐに晴れたからな」
それに比べ、勢至の子ども達の罪は一向に晴れる兆しなどなかった。よくよく考えればすぐに分かっただろうことなのに。それがやっと晴れるのだ。勢至としては、待ち望んだ日がやっとやって来たという思いだろう。
そしてそこに、子ども達と親交のあった金蝉達が関わるのだ。転生し名が変わり、記憶がなくなっていようと再会に変わりはない。
「だから、それをどうしてもお兄様に伝えたくて…。それで今日、会いに来ましたの」
「なるほどな。お前が他の奴らに仕事を任してまで来たワケが、よく分かったよ」
常に彼らの様子を見ているとは言え、ソッチの方までは気が付かなかった。だから勢至が来なければ、もしかしたら突然の事に驚いていたかもしれない。
まぁ、それはそれで面白いのだけれども…。
「それに関して、お兄様にお願いがありますの…」
その声は真剣で、だけど拒絶を恐れるかのように震えていた。
「なんだ?」
「あの…」
観世音にこっそりと話す勢至。その内容は仕えている二郎神と蓮の耳には聞こえない。
「…ダメ、でしょうか…?」
再び聞こえた勢至の声は、やはり不安そうで。そして観世音は、今勢至から聞かされた事を考えていた。
「…その事が本当なら、アイツは運命を曲げられた事になるだろうな…。…分かった。お前の望み、受け入れてやるよ」
「本当ですか!?」
「あぁ。俺は自分で言った事は曲げねぇよ?それに、可愛い兄弟の頼みだからな」
「ありがとうございます、お兄様!」
満面の笑みを浮かべる勢至は、まるで幼い子どものようで。見ている観世音の顔にも、自然と笑みが浮かんでしまう。
「さてと…。どうせすぐには帰らねえだろ?久々に会ったんだ。茶の他に、コッチも一杯やってかねぇか?」
クイッと杯を空ける動作をすれば、勢至はコクリと頷いた。
「イイですね、それ」
互いに酒は滅法強い。久々に飲み交わすともあり、恐らく一杯では終わらないだろう。
「蓮、今日はもう上がって良いですよ」
「二郎神もだ。今日は上がれ」
折角の兄弟水入らず。いくら目付役の者達とはいえ、こういう時ぐらい二人でゆっくりと過ごしたい。
観世音と勢至の二人が席を立ち奥の方へと消えていくのを、二郎神と蓮は見ていた。
やがて姿が完全に見えなくなると、二人は同時に溜め息を吐いた。
「やれやれ…。観世音菩薩様、酒にかまけて勢至菩薩様におかしなちょっかいをかけなければ良いのですが…」
「その心配はない…とも言い切れませんね…」
「全くですなぁ…」
再度、二人はハァと溜め息を吐いた。
「まぁ心配してても仕方ないでしょう。二郎神殿、我々も一杯やりませんか?久々に」
「そうですな。久々に一杯やりますかな」
どうせ今日はもう上がりなのだ。一杯やったところで誰も咎めはしないだろう。それに久々に飲み友達とあったのだ。酒を交わしながら、愚痴でも吐きあうことにしよう。
──この日、季節外れの嵐が桃源郷を襲った。何の前触れもなく襲った嵐に、これも異変の影響なのかと誰もが疑った。
そして次の日、妖怪達と合間見えた三蔵一行が被害に遭ったのは、言うまでもない。
[NEXT]
というわけで、始まりました歌恋想。タイトルは加賀谷玲さんのアルバムに収録されている楽曲より。前の文章のタイトルは、とある小説原作アニメのサウンドトラック収録曲のタイトルを英訳しました。何だか長くなりそうな予感が…。何はともあれ、お楽しみいただけたら幸いです。
部屋で新聞を眺めていた観世音に、外から声がかかる。
「なんだ?」
「観世音菩薩様に、面会を申される者が…」
その言葉に、観世音は唇を笑みの形に歪めた。
連絡は既に受けているし、向こうも天界では高い地位の人物だ。わざわざ人を通さずとも自分に会えるだろうに、そんな律儀さは今も昔も変わらない。
「分かった。すぐに行く」
新聞を机に置き、二郎神を伴って面会の場へと向かった。
一つ一つの所作が流れるように美しい。出された茶を飲んでいるだけだと云うのに、まるで洗礼の儀を執り行っているような気分にさせられる。
天界におわす菩薩が一人、勢至菩薩。傍らにはその従者である蓮が控えている。
「蓮、貴方も楽になさい?」
柔らかで優しい、女性らしい声。まるで春の木漏れ日のような、そんな暖かささえ感じられる。
「いえ。これもまた私の仕事でございます故。お気になさらずに、勢至菩薩様」
「クスッ。蓮は本当に、仕事に対して厳しいですのね」
中性的な美しい、だけどどこか冷たい雰囲気を放つ蓮。それに違わず蓮の答えは実に堅いものだった。しかしそれは自分を立てるためにしていることだと、勢至は気付いている。
「でも蓮、時には自分の思うままにしても良いのですよ?貴方昨日、足を怪我したのでしょう?」
「っ」
気付かれぬようにしていたが、勢至には適わない。見抜かれていた。
「だから蓮、楽にしなさい?」
ニコリと、勢至は再び微笑んだ。そしてその微笑みが非常に厄介であるというのは、既に蓮も知るところだ。
「相変わらずだなぁ、勢至。その性格、まるでアイツにそっくりだよ」
聞こえた声に勢至が振り向くと、そこには二郎神を伴った観世音がいた。
「お久しぶりで御座います、観世音菩薩様に二郎神殿」
「おぅよ」
「久しぶりですね、お兄様!」
「最後に会ったのが灌仏会の時だったもんなぁ。元気そうで何よりだよ」
脇に垂らしている勢至の髪を一房取り、それに口付けを落とす観世音。水面に煌めく銀のような色をしたその髪は、流れるようにサラサラとしている。
「最近忙しいって話を聞いてたが、良いのか仕事は?」
「忙しいのは阿弥陀如来のせいです。自分の仕事まで私に押し付けてくるんですもの」
席に座り互いに茶を飲み交わす。兄弟だというのに、その所作は正反対だ。
「…なにしてんだよ、あのクソジジイ」
「だからいつも突っ返すんですけど、何かにつけて結局やる羽目になるんです」
思い出すと忌々しいのか、勢至は髪飾りを指でいじり出す。小さい頃からの癖は、今になっても抜けていないようだ。
「本当なら、今日も仕事だったんですけど…」
「回したんだな、ほかの奴に」
「はい。ちょうど月光と日光が暇だと言って私の執務室に何日も来ていたので、二人にやらせても問題なさそうな書類を」
「そういう所、お前上手いよなぁ」
月光と日光は、薬師如来の脇侍の菩薩達だ。勢至とは仲がよく、二人が揃って勢至の執務室にいることも珍しくはない。
「でなければ会えませんから」
「なるほどなぁ…。で、今日は何の為に会いに来たんだ?」
ただ会うためというには、どうも何かが引っ掛かる。連絡を受けたときから、なにかしらの違和感を観世音は感じていたのだ。
「…単刀直入に言います。異なる時が、再び交わる瞬間が来ましたの」
「なに…?それは本当なのか!?」
勢至の言葉に、観世音は驚きを隠せなかった。
「はい。…一昨日、コレが遂に壊れましたの」
そう言って、勢至は懐から割れた鏡を取り出した。それは、観世音の胸元にある装飾品と同じ形をした鏡だった。
「この鏡は、アノ子達の罪を表すもの…。この鏡が壊れたということは、漸くその罪が拭われると言うこと。…でも鏡が壊れるその直前に、斉天大聖と転生した金蝉童子達が映し出されましたの」
この意味、お兄様なら分かりますよね?と、勢至は観世音に念を入れた。
「あぁ。彼奴等の協力があって、その罪は拭われる。そういう事だろう?」
「はい。…何百年振りでしょうね。アノ子達と、金蝉童子達が出会うのは…」
勢至の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。それが喜びのためであるなんて、言われなくても観世音には分かっている。
「そうだな。ナタクが闘神太子に就くよりもずっと前に、アイツらは天界を追われた。まぁ、彼奴等も後追っかけるみてぇに追われたが…罪はすぐに晴れたからな」
それに比べ、勢至の子ども達の罪は一向に晴れる兆しなどなかった。よくよく考えればすぐに分かっただろうことなのに。それがやっと晴れるのだ。勢至としては、待ち望んだ日がやっとやって来たという思いだろう。
そしてそこに、子ども達と親交のあった金蝉達が関わるのだ。転生し名が変わり、記憶がなくなっていようと再会に変わりはない。
「だから、それをどうしてもお兄様に伝えたくて…。それで今日、会いに来ましたの」
「なるほどな。お前が他の奴らに仕事を任してまで来たワケが、よく分かったよ」
常に彼らの様子を見ているとは言え、ソッチの方までは気が付かなかった。だから勢至が来なければ、もしかしたら突然の事に驚いていたかもしれない。
まぁ、それはそれで面白いのだけれども…。
「それに関して、お兄様にお願いがありますの…」
その声は真剣で、だけど拒絶を恐れるかのように震えていた。
「なんだ?」
「あの…」
観世音にこっそりと話す勢至。その内容は仕えている二郎神と蓮の耳には聞こえない。
「…ダメ、でしょうか…?」
再び聞こえた勢至の声は、やはり不安そうで。そして観世音は、今勢至から聞かされた事を考えていた。
「…その事が本当なら、アイツは運命を曲げられた事になるだろうな…。…分かった。お前の望み、受け入れてやるよ」
「本当ですか!?」
「あぁ。俺は自分で言った事は曲げねぇよ?それに、可愛い兄弟の頼みだからな」
「ありがとうございます、お兄様!」
満面の笑みを浮かべる勢至は、まるで幼い子どものようで。見ている観世音の顔にも、自然と笑みが浮かんでしまう。
「さてと…。どうせすぐには帰らねえだろ?久々に会ったんだ。茶の他に、コッチも一杯やってかねぇか?」
クイッと杯を空ける動作をすれば、勢至はコクリと頷いた。
「イイですね、それ」
互いに酒は滅法強い。久々に飲み交わすともあり、恐らく一杯では終わらないだろう。
「蓮、今日はもう上がって良いですよ」
「二郎神もだ。今日は上がれ」
折角の兄弟水入らず。いくら目付役の者達とはいえ、こういう時ぐらい二人でゆっくりと過ごしたい。
観世音と勢至の二人が席を立ち奥の方へと消えていくのを、二郎神と蓮は見ていた。
やがて姿が完全に見えなくなると、二人は同時に溜め息を吐いた。
「やれやれ…。観世音菩薩様、酒にかまけて勢至菩薩様におかしなちょっかいをかけなければ良いのですが…」
「その心配はない…とも言い切れませんね…」
「全くですなぁ…」
再度、二人はハァと溜め息を吐いた。
「まぁ心配してても仕方ないでしょう。二郎神殿、我々も一杯やりませんか?久々に」
「そうですな。久々に一杯やりますかな」
どうせ今日はもう上がりなのだ。一杯やったところで誰も咎めはしないだろう。それに久々に飲み友達とあったのだ。酒を交わしながら、愚痴でも吐きあうことにしよう。
──この日、季節外れの嵐が桃源郷を襲った。何の前触れもなく襲った嵐に、これも異変の影響なのかと誰もが疑った。
そして次の日、妖怪達と合間見えた三蔵一行が被害に遭ったのは、言うまでもない。
[NEXT]
というわけで、始まりました歌恋想。タイトルは加賀谷玲さんのアルバムに収録されている楽曲より。前の文章のタイトルは、とある小説原作アニメのサウンドトラック収録曲のタイトルを英訳しました。何だか長くなりそうな予感が…。何はともあれ、お楽しみいただけたら幸いです。
