最遊記

貴方と遠く離れて、貴方と会うことは難しいけども。
だけど、僕達は違う場所で、同じ光景を見つめている。



とても寒い、師走の月のとある日のこと。

「なぁなぁ、カイキゲッショクってなに?」

生徒兼同居人である悟空が不意にそんなことを口走った。

「どうしたんですか、急に?」
「今日友達がカイキゲッショクが見れるって言ってたんだけど、でも俺よく分かんなくて…」

テーブルに頬杖をつきながら、ズーッとオレンジジュースを飲む悟空。
悟空は八戒の友人である三蔵の弟であり、そして八戒が家庭教師として勉強を教えている生徒だ。今は三蔵が面倒を見れない代わりに、八戒が悟空を預かって面倒を見ている。

「悟空、前に日食を見たのを覚えてますか?」
「覚えてる!!太陽が見えなくなったヤツだろ?」
「はい。皆既月食は日食と同じように、月が見えなくなる現象なんですよ」

食器洗いで濡れた手をタオルで拭きながら八戒は答えた。

「へぇ…!八戒、俺も月食見たい!!」
「じゃあ、見に行きましょうか?今夜は晴れるみたいですから」
「マジで!?やったぁっ!!」

嬉しそうな悟空に八戒も思わず笑顔になった。





「うわっ!スゲェ星の数!!」

夜。自分たちの住むマンションから少し車を走らせたところにある公園に二人は訪れた。
街のネオンから少し離れた場所にある公園は、周囲が暗いために夜空がとても映えて見える。街中のマンションからではとても見ることのできない星の数に、悟空は興奮気味だ。

「悟空、あんまりはしゃぎすぎると月食が始まる前に眠くなっちゃいますよ?」
「分かってるよー!」
「おーい、悟空ー!」
「あ、おーい!!」
「お友達ですか?」

悟空の名を呼んだ子を見て八戒は尋ねた。

「うん!!今日のこと教えてくれたのもアイツなんだ!行ってきてもいい?」
「いいですよ。あ、でも目の届く範囲にいてくださいね?」
「うん、分かった!」

元気良く頷くと、悟空は友達の所まで走って行ってしまう。

「元気ですねぇ、悟空は」

思わず出た声には笑みが混ざっていた。吐く息も白く、毛布が欲しくなるような寒さの中を元気に走り回る姿は実に子供らしい。

(月食が始まる前に寝なきゃ良いんですけど…)

八戒にはそれだけが心配だった。

ふと周りを見渡すと、月食を見ようと心待ちにしている人が公園に集まっていることに気がついた。それは家族連れであったり、友達同士であったり、はたまた恋人同士であったりと様々だ。

(三蔵…元気にしてるんでしょうか…?)

頭に三蔵のことが過ぎる。
三蔵は八戒と同じ大学に通ってはいるが、法学部に通う八戒とは違い、経済学部に通う三蔵は三年からここから県境を跨いだ所にあるキャンパスに通っていた。そのため三蔵は寮生活をせざるを得ない状況であり、歳の離れた弟は誰かに預けなければならなかった。
そこで大学入学を機に一人暮らしを始めていた八戒が、三蔵が大学を出るまでの間悟空を預かることにしたのだ。元々悟空の家庭教師をしていたこともあり、悟空はすんなりとそのことを受け入れてくれた。

「はっかーい、疲れたー」
「あれだけ遊べば当然ですよ。水筒にスープ入れてきたんですけど飲みます?」
「飲む!八戒のスープ俺好きだよ!」
「ありがとうございます、悟空」

プラスチックのカップにスープを注ぎ悟空に手渡す。フーフーと冷ましながらスープを飲む悟空は美味しそうにそれを飲んでいる。悟空のそんな様子に八戒は思わず微笑んだ。

(母親って、きっとこんな気分なんでしょうね)
「あ、始まった!!」

不意にそんな声が聞こえた。月のある方を見上げると、確かに月が欠け始めていた。

「うわぁ~…!」
「あれが月食です、悟空。皆既月食ですから、月は全部隠れて見えなくなりますよ」

少しずつ少しずつ、時間をかけてゆっくりと月は隠れていく。月が隠れゆくごとにあたりはさらに暗くなり、より星々たちの煌めきを際立てた。

やがて月が見えなくなる頃、不意に八戒の携帯が鳴った。取り出してディスプレイを確認すると「着信中」の文字が浮かんでいた。

「八戒、電話?」
「そうみたいですね。少し待っててくださいね」
「うん」
「はい、もしもし?」

悟空から少し離れ電話を取る八戒。聞こえてきた声は意外な人物だった。

『久しぶりだな、八戒』
「…さん…ぞう…?」
『あぁ、そうだ』

紛れもない三蔵の声に、八戒の胸は思わず高鳴った。

「どうして、急に…?」
『家に電話しても留守電だったからだ。お前今どこにいんだよ?』
「すみません。実は今、悟空と一緒に公園で月食を見てたんですよ」
『なるほどな…。じゃあ今、お前も俺と同じモノを見てるわけだ』
「えっ…?じゃあ…」

三蔵も今、自分と同じ月食を見ている。その事実に、八戒の胸はさらに高鳴った。

『そういうわけだ。それより八戒、もう完全に月は隠れたぞ』

言われてハッと空を見上げる。見ると完全に月は隠れ、赤銅色の色をしていた。

「あ…」
『どうした?』
「いえ、なんでも」

一筋、月の近くを流れる星を見つけた。それはほんの一瞬だったが、確かに八戒は見たのだ。でもきっと三蔵のこと。気づいてはいないだろうから、八戒は自分の胸の中だけにそれを留めることにした。

「綺麗ですね…」

そう思うのはきっと、三蔵と同じモノを見ているという気持ちからだろうけども。
遠く離れ、会うことはなかなかに難しい。それでも今は、想い人と同じ光景を見ている。その事実は、八戒にとってとても大きなことのように思えた。

『そうか?俺としては、お前の方が綺麗だと思うけどな』
「なっ、なに言ってるんですか急に!?」

電話越しに言われた言葉に、八戒の声は思わず裏返ってしまう。

『俺は嘘は嫌いだ。本当のことしか言わねぇよ』
「だ、だからって急にそんなこと言わないでくださいよ!」
『お前、今耳まで赤くなってるだろう?』
「そっ、そんなわけないじゃないですか!?」
「いや、本当に耳まで赤くなってる」

電話と一緒に、すぐ近くで聞こえた声。声のした方を向けば…

「三蔵…」
「久しぶりだな」

携帯をポケットに仕舞いながら三蔵は八戒に近づいた。八戒は終了ボタンを押すことも忘れ、そこに佇んでいた。

「いつ…帰って来たんですか…?」
「三十分ぐらい前だ。お前の家に電話してもいないから、まさかと思ってここに来たんだよ」

タバコを取り出して、ゆっくりと火を灯す三蔵。この姿を見るのはいつぶりだろうか?

「あいつは?」
「あ…悟空なら、あそこのベンチで座りながら月食を見てますよ」

自分が呆けていたことに気づき、八戒は慌てて答えた。
悟空は大人しくベンチに座って月食を眺めている。目を爛々とさせながら月食の様子を眺めていることは、言われようなき事実だ。

「そういえば、帰って来ちゃって大丈夫なんですか…?」
「試験前で学部休みだからな。お前のところもそうだろ?」
「そうですけど…」
「だったら別にいいだろ」

相変わらずの俺様具合に、八戒は思わず笑みを零す。

「なに笑ってやがる?」
「いえ、変わらないなと思いまして」

素直にそう伝えれば、三蔵は少し不機嫌そうに煙草を灰皿に入れてもみ消した。

「それじゃぁ、そろそろ悟空のところへ…」
「待て、八戒」

歩きだそうとした八戒の手首を三蔵は掴んだ。

「あいつと離れてんだ。今のうちに、お前に伝えたいことがある」

真摯な目をしていう三蔵に、八戒は思わずたじろいだ。

「なん…ですか?」

冷たい空気が耳に痛い。なのに掴まれている手首は妙に熱かった。

しばしの沈黙の後、三蔵は八戒に言った。

「八戒、俺はお前のことが好きだ。友達としてじゃなく、恋愛対象としてだ」
「三蔵…」
「だから、俺と付き合ってくれないか?」

思いがけない三蔵からの告白。八戒の声は震えていた。
八戒はいつからから、三蔵に想いを寄せていた。愛する人として三蔵を見るようになっていた。寮生活をせざるを得ない状況になった三蔵に代わり悟空の面倒を見ることにしたのも、それは三蔵が好きだったからだ。愛する人の大切な弟だからだ。

「俺はお前が良いんだよ。でなかったら、俺が悟空を預けるわけがねぇ。ここまで言わせといて、まだ頷かねぇのか?」

何の返事もしない八戒に三蔵は続けて言った。その言葉に八戒の胸は嬉しさで溢れんばかりだ。でも、返事をしたいのに声が出ない。胸の内が震えているようで、伝えたいことがそこで震えているような……。

「三…蔵……」

やっとの思いで口に出した言葉は、やっぱり震えていて。それでも、伝えたいという思いの勝った八戒に、そんな事は気にしてはいられなかった。

「僕…ずっと貴方のことが…好きでした…」



「ふわぁ~…」
「随分と大きな欠伸ですね、悟空」

眠そうに目を擦る悟空に、八戒は笑みをこぼしながら言った。

「ん~…月食はスゲェ綺麗だったし面白かったけど…ねみぃ…」
「あれだけ月食の前にはしゃぐからですよ」
「はん、ガキだな」
「三蔵に言われたくねぇし…」

もう一度欠伸をする悟空に、そろそろ帰りましょうかと八戒が提案する。二人は頷いてベンチから立ち上がった。

「そーいえばさぁ」
「何ですか、悟空?」
「なんで月食って起こるんだ?」
「それはですね…」
「月と太陽の間に地球が来て、地球が太陽の光を遮るからだ」

答えたのは八戒ではなく三蔵だった。口元では真新しい煙草が煙を燻らせていた。

「俺は三蔵じゃなくて八戒に聞いたんだよ!」
「悟空、三蔵の言うことは本当ですよ。月と地球と太陽が一列に揃ったとき、月食は起こるんです」
「ふーん…今の俺たちみたいに?」
「くすっ、そうですね」

三蔵と八戒の間には悟空。三人で横一列に並んでいる姿は正に…

「なんか親子みてぇ!」

そうやって笑う悟空は薄々感づいているのかもしれない。

三蔵と八戒の、関係の変化に。

「暫くは八戒の家に泊まることにするからな」
「えーっ!?三蔵さっさと寮に帰れよ!」
「おまっ、それが兄に対する態度か…?」
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ」

そんな会話を繰り返しながら、三人はマンションへの道のりを楽しむのだった。



月と太陽と、地球が並ぶのは年に多くて三回のみ。確かに今までならそうなのだろう。
だけどこれからは、その交わりも多くなっていくのだろう。
これから始まる新しい日々。暮らしの中に起こるのはきっと、奇跡にも等しい美しき月食───。



[END]

はい。初の最遊記ですよ八戒受ですよ!!なのに突然現代パラレルで月食ネタっていう…。まぁ書きたかったのよ、うん。

おかしな話、八戒受がドンッてキた瞬間にOOとデュラララ!!に油が注がれました、なんでやねん。そんなよく分からん現象に若宮もついていけませんが頑張りたいと思います。
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