花に嵐の喩へもあれど

「…え、あ、あの…?」

「藤原の…なんといったか…」

「さねかたあそん…実方朝臣です。」

「イケメンのプレイボーイだったそうだ。」

三蔵は煙草をくわえたまま、口を歪めて笑った。

「江流。この歌を読んでください。」

「また、何ですか、お師匠さまは……」

江流は庭を掃く手を止めて、軽くため息をついた。師匠であり養父でもある光明三蔵法師は、突拍子も無いことを言い出すのが常で、その度に彼は日々のペースを崩されてしまう。

光明は、いつの間にか縁側に腰を掛け、ちょいちょいと江流を手招きしている。

「これですよ、これ。」

光明が指差す先には彼愛蔵の本があり、開いたページには東洋の島国の歌が書いてあった。

「和歌…ですか?」

「ええ、そうですよ。これを書いた藤原実方朝臣という人は、大変なイケメンで、めちゃくちゃプレイボーイだったそうです。その人がですよ!」

ここが大事とばかりに光明は、白く長い指でその歌の一部をとんとんと叩いた。

「私がアナタに、あの伊吹山のさしも草のように燃える想いを抱いているのを、アナタはご存じないだろう。って、これはかなり辛い片想いなんですよ!」

「はぁ…」

「江流」

「はい」

光明はいつになく真面目な顔を作り、目の前に立つ少年の肩を抱いた。

「貴方はイケメンになると思います。ええ、そりゃあ、私の子ですからね。」

「お師匠さま…」

少年の眉根が段々と寄ってゆく。

―真面目な話しかと思えば、また、これだ。

「そんな貴方もいずれ、こんな風に誰かに想いを伝えられず、辛く苦しい恋に身を焦がすかもしれません。」

「あり得ません。」

光明は少年の静かな否定を無視して、その澄んだ紫の瞳を覗き込んだ。

「その時がね、必ずきますよ、江流。いっぱい悩みなさい。相手のことを思い遣り、何が一番大切かを見極めなさい、江流。」

少年は呆れと共に、思い切り息を吐いたのだった。

八戒は、何かを想い馳せ、穏やかに微笑む三蔵をじっと見詰めていた。

そして…

ああ…この人にも、身を焦がすような相手がいるのだと、どこかで感じとっていた。

【NEXT→若宮】
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