花に嵐の喩へもあれど

「うん、三蔵が来てって。あれ?悟浄は?」

「例によって、街に着いてすぐ遊びに行きましたよ。」

「ふ~ん。」

なんだかんだ言っても、悟浄は面倒見が良い。この旅の中で、遊び盛りの悟空の相手を真っ正面から引き受けるのは彼しかいない。

八戒はドアに背を預け、つまらなそうに頬を膨らませる悟空の頭をぽんぽんと叩いた。

「三蔵との用事が済んだら、買い出しに行きましょうか?たまには屋台の物でも、ナイショで。」

立てた人差し指を唇に当て、八戒はいたずらっ子のように笑った。

「マジ?わかった!じゃあ、庭にいるから呼んで、な!」

パァーっと表情を輝かせた悟空は、もうすでに宿屋の中庭へと走り出そうとしていた。

その時、悟空の腕が八戒の肘に当たり、彼の手から本がポンと跳んだ。

「あ、もう、駆けちゃ駄目って、」

「甘やかすな。」

「あ、三蔵…」

バツが悪そうに眉尻を下げた八戒の視線の先には、薄暗い宿屋の廊下で煙草を燻らす三蔵がいた。

「でけぇ声だから、丸聞こえだ。」

「すみません。」

軽く頭を下げながら八戒は、床に落ちた本を拾おうとした。が、いち早く三蔵の手が伸びて、その本を拾い上げた。

「あ、」

「和歌か?」

三蔵はそのままぺらぺらと本を捲り、八戒は取り戻そうとした手を握りそっと下ろした。

「ご存知ですか?」

「ああ…、お師匠さまが似たような本を持っていた。」

―まただ。

八戒は、三蔵がたまに口にする『お師匠さま』という言葉に眉根を寄せた。

自分の知らない三蔵の過去には、常にその『お師匠さま』がいる。

八戒は、三蔵のその養父ともいうべき存在に、嫉妬にも似た感情を持つ自分をあさましいと思った。

「そうでしたか。」

何気なさを装い、八戒は三蔵から本を取り上げた。ふと触れた三蔵の手は冷たく、そんなことにすら動揺してしまう自分がいて、彼は自然と顔を歪めていた。

「で、僕に何か?」

【NEXT→若宮】
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