歌恋想

「ふぅ…」

ぼすんっ。

音を立て、悟空はベッドの上に仰向けに寝っ転がった。
普段泊まっている安宿とは比べ物にならない柔らかなベッドは、悟空でさえも高いものだと分かるほどに質がいい。

(こんなベッドで寝れるなんて、サイコー!)

しかも、部屋は一人一人に割り当てられている。こんな待遇は滅多にない。

「失礼します」

コンコンというノックの後、手に畳まれた服を持った紫苑が入ってきた。

「悟空さん、濡れてた服、乾きましたよ」
「サンキュー、紫苑!」

笑って紫苑の言葉に答えれば、紫苑もニコリと笑顔を見せた。

「スゲェ!畳み方しっかりしてる!」

まるで商店に陳列される服のような畳み方に、悟空は思わず感嘆の声を上げる。

「そうですか?ありがとうございます」

悟空に服を手渡しながら、紫苑は悟空にそう返した。

「あ、ところでさぁ。紫苑って普段、どんな事してんだ?」
「普段、ですか?」

悟空の問いに、紫苑は顎に手を当ててうーんと考え始めた。

「そうですね…、学校に行かない代わりにしなきゃいけない勉強、とかですかね?」
「へぇ…勉強かぁ。エラいんだな」
「いえ、そうでもないですよ」

照れるように言う紫苑に、悟空の顔には知らずに笑みが浮かんだ。

「…って、ちょっと待って。えっ、学校って?紫苑、もう大人じゃないの…?」
「そんなわけないじゃないですか。僕、まだ十六ですし」
「えっ、十六!?」

十六と言えば、悟空(の外見的年齢)より三つ年下だ。

「このあたりの決まりで、十五歳までは然るべき教育を学校で受けなくてはいけないんですが…。僕の場合、色々あって学校に行けなかった時期がかなりあって。だから同年の人達より勉強が遅れてるんですが、学校には行けないので家とかで勉強してるんです」
「へぇ…。それにしても十六かぁ…」

でも言われてみれば、確かに納得ではある。大人として見ればとても幼い顔立ちだが、十六と言われればまだあどけなさの残る年相応の顔立ちである。醸し出している雰囲気はとても大人びているが、轟の店の所々で見せた仕草は年相応だった。

「俺たち、てっきり二十ぐらいだと思ってた…」
「あー…、初対面の人にはよく言われるんですよね。そんなに老けて見えますか?」
「いや、雰囲気が大人っぽいし…。それにしっかりしてるからだと思う」

そう。十六才にしてはとてもしっかりしている。立ち居ぶるまいに雰囲気、それから言葉遣い。どれを取っても落ち着きのある大人のようだ。

「師匠から、自分より目上の方には敬意を払わなくてはならないと教えられてまして…。あと、客人には粗相のないように、とも教えられてます」
「うわっ、ナニそれ厳しそう!!」

確かに大切な礼儀ではあるが、紫苑の様子を見る限りではなかなかに厳しそうである。

「そんなことないですよ。ただ、僕が少し臆病なだけです」

そういうと、紫苑は一瞬だけ目を伏せた。その雰囲気は、さながら五行山に閉じ込められていた頃の、己の雰囲気によく似ていた。

…紫苑にも、自分のような辛い経験があったのだろうか?

「そ、そう言えばさっき言ってた師匠っていうのは?」

少し重くなった空気をどうにかしようと、悟空は話題を振った。

「あぁ。僕に勉強や剣を教えてくれている方のことですよ」
「えっ!!じゃあ紫苑、剣使えるんだ!」
「強くはないですけどね。最近色々と物騒だから、自衛のためにと思いまして」
「なぁなぁ!紫苑の師匠って強い!?」

目を爛々とさせ、悟空は紫苑に尋ねた。暫くは退屈な日々が続くはずだ。もし街に強い人物がいれば、思いっきり手合わせをして体を動かしたい。動かない事は、悟空にとって苦行にも等しいのだから。

「なら、明日会ってみますか?ちょうど明日は稽古の日ですし、師匠もきっと喜びます」
「マジで!よっしゃあ!」

斯くして、悟空は紫苑の師匠と対面する事になったのだった。





「コッチですよ、悟空さん」

次の日。
紫苑に案内され、悟空は紫苑が稽古をつけてもらっている場所へと向かっていた。

「すぐ裏に山道あるとか、スゲェよな」
「ん~、すごいかどうかは分かりませんけどね」

でも滅多にないのは間違いないですよね。と紫苑は返した。

暫く進むと、立派な朱い鳥居が見えてきた。鳥居の先には長い石畳の階段が続いている。

「師匠はこの先の、石畳の階段を登った先にいます」
「よっしゃ!なら早く」

行こうぜと言いかけたところで、言いようのない空気が辺りに漂っていることに気が付いた。

殺意のような、そうでないような、何とも表現し難いそんな空気。

その空気に気付いていないのか、紫苑は石畳の階段を登ろうとしていた。

「紫苑!」

悟空が叫んだと同時に、茂みからは幾つもの影が飛び出した。
その影達は真っ直ぐに、紫苑へと向かった。

「うわぁっ!?」
「しお、うわっ!?」

ドシンと、悟空にも一つの影が襲い掛かる。よろけた悟空に乗っかったその影は…

「い…犬?」

舌を出し、嬉しそうに尻尾を振る大きめの犬だった。

「うわっ、ちょっ、擽ってぇよ!」

クーンクーンと鳴きながら、犬は悟空の顔を舐め始めた。

「あはは、みんな、擽ったいってばぁ!」

紫苑の方に悟空が視線をやれば、紫苑も紫苑で、数匹の犬達にペロペロと舐められていた。

「あぁ、やっぱり紫苑だったか」

犬達が出てきた茂みから、今度は多くの犬や狼を連れ、肩に小猿を乗せた男が出てきた。

「突然何匹か駆け出すから、誰か来たとは思ったけどな」

焦げ茶の長髪を後ろで束ね、目にかかるのであろう髪はヘアバンドで上げている。白を基調とした服は、前に悟空が八戒から教えてもらった狩衣と呼ばれる物。赤と黒の派手すぎない装飾がよく合っていた。顔には、まるで梵字のような大きな痣があった。

そしてその首には、金色の環が首輪のようにかけられていた。

──どことなく、自分に似ている。

悟空は瞬間、心の中でそう感じた。

「おはようございます、師匠」

起き上がった紫苑が、男に向かって挨拶をした。

「おう。今日は昨日助けた客人も一緒か」

どこか楽しそうに、男は悟空を見て笑った。

「ハイ。悟空さん紹介します、この方が僕の師匠の斉-サイ-です」
「俺の名前は悟空、孫悟空。宜しくな!」
「あぁ、宜しく」

斉が返事をすれば、肩に乗った小猿がキキッと鳴いた。

「コイツは索子-ソウズ-。俺の相棒みたいなモンだ」
「宜しくな、索子」

悟空が索子に挨拶をすると、索子は悟空の頭の上にピョンと乗っかった。

「うわっ!?」
「キキッ、キッ!」

鳴き声の調子からして、これは嬉しがっているのだろう。

「ハハッ、もう懐かれたみたいだな。索子が同じ匂いがするってよ」
「だから、俺は猿じゃねぇよぉ!」
「ははぁん。お前、仲間からも猿って言われてんな」
「えっ!?」

斉の的を射る発言に、悟空は分かり易くビクリと反応した。

「そう言えば…昨日三蔵さんとか悟浄さんに猿って…」
「なんで!?なんで分かったんだよ!?」

頭の上の索子を支えながら、悟空は斉に問う。

「ん?答え方が型に嵌まってたからな。常日頃から言われてんだなって分かったんだよ」
「流石は師匠…。頭の回転が速いことで…」
「誉めたって何も出ないけどな。ま、話は歩きながらでも出来るわけだし、さっさと行くぞ」

にっこりと笑顔を見せ、斉は犬や狼達とともに石階段を登り始めた。

「あ、師匠、待ってください!」
「うわ、置いてくなよ!」

その後を、紫苑と悟空は慌てて追い掛けて行った。

石階段を登りきる頃、悟空は斉について幾つかの知識を得ていた。

斉は桃源郷より遥か東の島国出身の妖怪であること、学校へ行けなくなった紫苑を頼まれ勉学や剣術などを教えていること、そして、桃源郷の異変により飼い主を失った動物達を見つけては引き取っているということを。

「ま、他にも知りたかったらいつでも聞いてくれて構わねえよ。さ、着いたぜ」

階段の先にはもう一つ鳥居があり、その先には広々とした庭のような空間が広がっていた。周囲は屋根の付いた塀で囲まれ、中央には立派な樹木が植わり花を咲かせていた。

庭の奥には、まるで五重塔のような立派な建物が建っていた。

「ここが修行場所兼俺の家。で早速だが、悟空がどこまでの実力かを知りたい」
「マジで?」
「マジで。普段は俺と紫苑だけだからな。お前の実力が分かれば、紫苑に実戦試合とかさせられそうだしな」

言うなり、斉は虚空に手を翳した。途端、何もなかった空間に刀が現れ、斉の手に収まった。

「実際に俺と得物を使って勝負してほしい。頼めるか?」
「もちろんだ!」
悟空としては願ったり叶ったり。如意棒を出し、構えた。

「紫苑、お前には審判を頼む」
「はい、師匠」
「ルールは一切無し。時間も無制限で、先に相手の得物を落とした方が勝ちだ」
「りょーかい!」
「では…始めっ!」

紫苑の合図と同時に、悟空と斉の間合いは一気に詰まった。

やがて打ち合いの音が、辺り一面に響き渡った。

[NEXT]

実はこの回、かなりの難産でした(^_^;)どうするかは決まってましたけど…いや辛かった…。

次の話は、八戒とあの人がメインです。
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