銀魂
春の穏やかな風に、淡い桃色の踊り子達が舞っている。ゆらりゆらりと揺られては、思い思いの場所へと舞い降りている。
「銀時ー、起きろよー」
窓際の席、あまりの心地よさに眠っていた銀時は、誰かのその声に起こされる。
「…ん~……」
「ほら、起きろってば!」
思いっきり体を揺さぶられ、銀時は仕方なく夢の世界から覚めることにした。
「おはよ…高杉…」
コシコシと目をこすっていると、高杉の呆れたような、でも楽しそうな声が聞こえた。
「おはようじゃねぇよ、もう昼だぞ」
「もうそんな時間…?あれ?そういえばヅラは?」
いつもは高杉と一緒に自分を起こしにくる桂の姿が見えなくて、銀時はキョロキョロと辺りを見回した。
「ヅラのヤツならもう帰ったぜ。今日は先生の都合で昼までだろ?」
そういえばそうだった。先生は今日、古い知り合いに用があるので昼間から出かけると言っていた。
「あー…お腹すいたー」
起きたばかりだけども、銀時は床にごろんと寝っ転がった。
「昼飯ないのかよ?」
そう言ってきた高杉を銀時は睨んだ。すると、あぁ…と高杉は洩らした。
「先生いないから、昼飯ないんだな…」
銀時の昼食は、いつも先生が作ってくる。それを昼食の時になると銀時に渡しているのだ。
「先生今日、ごはん作ってないって言ってた…」
銀時は、何の因果があってか先生の下で暮らしている。それを知っているのは、いつも一緒にいる高杉と桂だけだ。
「そうなのかよ…」
「うん…」
銀時がそう答えると、途端に高杉の顔に笑みが浮かんだ。
「…なんで笑ってるの?」
少しムスッとした声で、銀時は高杉に問う。
「イヤ、ちょっとな。なぁ銀時、俺と今から花見に行かねぇか?」
「へっ!?お…お花見!?」
思わず、素っ頓狂な声を洩らす銀時。そんな銀時を笑顔で見つめつつ、高杉はコクンと頷いた。
「この前、すっげえイイ場所見つけたんだ!だから行こうぜ!!」
「で、でも…」
お腹空いてるし、動けないからイイ。と言おうとした時、銀時の目の前に何かがズイッと差し出された。
「こ…これは…?」
「弁当だよ。花見に弁当は必須だろ?お前の分も作ってもらってあんだよ」
得意げな表情で、高杉はそういった。
「う…うそ…」
余りにも信じられなくて、銀時は思わず呟いてしまった。
「うそじゃねぇよ。ホラ、行くぞ!」
銀時の手首を掴むと、高杉は走り出した。
「ちょっ、早いよ高杉ぃ!」
「早くお前と見たいんだから、仕方ねぇだろ?」
笑顔で言う高杉に、銀時は胸の高鳴りを感じるのだった。
不意に目の前の景色が開かれる。林を抜けたその先には…
「…うわぁ~」
思わず、銀時は感嘆の声を洩らした。
そこにあったのは、小高い丘とその丘を取り巻くように咲き乱れている花々の数だった。
丘の上には、樹齢が百年を優に越えているであろう桜の大木が、たった一本だけ植わっていた。
丘の上から花々を見守る桜の木は、まるで神聖な御神木のようにも思える。
「すごい…」
「そうだろ、銀時!」
この前のかくれんぼの時に見つけたのだと、高杉は胸を張って言った。
「あの丘の上から見る景色もすごいんだぜ!!」
高杉の後について、銀時も丘の上に登った。
そこから見た景色は、銀時が初めて見る美しいモノだった。
「なっ!すごいだろ!?」
「うん…」
春の訪れた里は、あちらこちらで桜が満開に咲き誇って、黄色い菜の花がそれぞれ群れを成すように咲いている。
色とりどりの花々も咲き誇り、その間を蝶たちが飛び交っている。小鳥たちも鳴き歌い、この命溢れる春の訪れを感謝しているようだった。
この世の極楽。そんな言葉がピタリと当てはまるほど、眼下の景色は美しく素晴らしかった。
「…こんなにキレイだったんだ……」
銀時が景色に見とれている、まさにその時だった。
「ぐぅぅ~」
お腹の鳴る音が聞こえた。これは自分のモノであると同時に、他の誰かの分も混ざった音だった。
隣を見ると高杉がお腹を押さえていた。
「な、なんだよ!?」
顔を赤くしながら高杉が叫ぶ。そんな高杉の様子に銀時は思いっきり笑った。
「はぁ~美味しかった!」
高杉の持ってきた弁当を平らげた銀時は、丘の芝にゴロンと寝っ転がった。
「食った後に寝ると太るぞ?」
「う、うるさいなぁ!!」
ニヤニヤ顔の高杉に言われ、銀時はガバッと起き上がった。
「あっ…」
銀時のすぐ横を、二匹の蝶が通り過ぎていった。追いかけっこをしているようなその姿は、まるで自分と高杉のようにも思えた。
「あの蝶々達も……同じなのかなぁ…」
自分達のようにこの丘の上から、命の楽園とも言える春を喜びにきたのだろうか。それとも、また別の理由なのか。幼い銀時には知る由もなかった。それでも一つ言えたのは、あの蝶たちはこれからも共にいるだろうということだ。
(…僕も…ずっと高杉と一緒にいれるかな…)
この頃の世の中は、穏やかとは言えなかった。天人とかいう異形の姿をしたものたちが来たせいで、あちらこちらで混乱が起きていた。もしかしたら、いつかは自分達もその混乱に巻き込まれてしまうかもしれない。他人ごとではないのだから。
「俺はずっと、お前のそばにいる」
不意に高杉の声が聞こえた。
「えっ…?」
「だから、俺はずっと、お前のそばにいるって言ったんだよ」
聞き間違いではなかったらしい。高杉の方を見ると、高杉も自分を見ていた。高杉の真っ直ぐな瞳が銀時をとらえていた。
「どんなことがあっても、俺は銀時のそばにいる。例え大人になって戦に巻き込まれても、俺は銀時を離さない」
これは夢なのだろうか…?今まで銀時が誰にも言われなかった、銀時が今まで言われたいと願っていた言葉を高杉が発しているのだ。
「…銀時…」
銀時の耳元に高杉の顔が近づく。
その時吹いた強い風は、桜の花と丘に咲いていた花々の踊り子を、高く青い空へと舞い上げた――。
「銀ちゃん、新八!桜の花が綺麗アルよ!!」
神楽の声に顔をあげると、淡い桃色をした桜の花が、これでもかと言うほどに咲き誇っていた。
「ホントだ!綺麗に咲いてますね、銀さん」
「そうだな」
新八の言葉に銀時は相槌を打った。
爛漫と咲き誇る桜の花は、風がそよぐ度にその花びらを美しく散らしていた。
ふと、銀時は幼い頃を思い出した。
高杉と共に、たった二人っきりで行ったお花見。その時に言われた言葉は、今でも胸に残っている。優しく甘いその言葉は、新八や神楽と共にいる現在でも心の支えだ。闇に呑まれそうになる心をいつでも救ってくれる。
…そう言えば、確かその時、耳元で何か言葉を囁かれた気がする。でも、春風が邪魔をしてうまく聞き取れなかった。一体何だったのだろうか?
「どうかしましたか、銀さん」
「えっ?あぁ、イヤ…。なんでもねぇよ」
そう言って銀時は、また桜を見上げた。新八や神楽もそれにつられるようにして、また桜を見上げた。
風が吹き、淡い桃色の踊り子達が空に舞う。あの場所も同じように、桜の踊り子達が舞っているのだろうか。
あの日以来、あの場所に足を踏み入れたのは極数回だった。それも全て、高杉と自分の二人っきりだ。
高杉はあそこを、特別な場所だと言っていた。最後に足を踏み入れた日の帰り際に。
確かにあそこは、自分にとっても特別な場所だった。高杉と過ごす時間はまるで夢のようだった。その時間だけは、イヤなことを忘れることができた。
銀時は静かに目を閉じた。すると、初めてあの場所へ足を踏み入れた日の色彩が色鮮やかに甦ってきた。美しいその色彩は、自分の目にはこの世の極楽に映った。
きっと、今でもあの場所は、昔と変わることなくあり続けていることだろう。…イヤ、そうであってほしい。あの場所には今も変わらず、昔のままで残っていてほしい。移ろい変わり行くこの世界で、あの場所だけは変わらずにあってほしい。そう願って銀時は目を開いた。
再び淡い桃色の踊り子達が、空へと舞い上がるところだった。
──あの場所には今でも、この世の命の極楽が広がっている。
[END]
初の高銀ですよ!書いててスゴく楽しかったです。時期的にもあってますしね(笑)。何はともあれ、お付き合いいただき、ありがとうございました!
「銀時ー、起きろよー」
窓際の席、あまりの心地よさに眠っていた銀時は、誰かのその声に起こされる。
「…ん~……」
「ほら、起きろってば!」
思いっきり体を揺さぶられ、銀時は仕方なく夢の世界から覚めることにした。
「おはよ…高杉…」
コシコシと目をこすっていると、高杉の呆れたような、でも楽しそうな声が聞こえた。
「おはようじゃねぇよ、もう昼だぞ」
「もうそんな時間…?あれ?そういえばヅラは?」
いつもは高杉と一緒に自分を起こしにくる桂の姿が見えなくて、銀時はキョロキョロと辺りを見回した。
「ヅラのヤツならもう帰ったぜ。今日は先生の都合で昼までだろ?」
そういえばそうだった。先生は今日、古い知り合いに用があるので昼間から出かけると言っていた。
「あー…お腹すいたー」
起きたばかりだけども、銀時は床にごろんと寝っ転がった。
「昼飯ないのかよ?」
そう言ってきた高杉を銀時は睨んだ。すると、あぁ…と高杉は洩らした。
「先生いないから、昼飯ないんだな…」
銀時の昼食は、いつも先生が作ってくる。それを昼食の時になると銀時に渡しているのだ。
「先生今日、ごはん作ってないって言ってた…」
銀時は、何の因果があってか先生の下で暮らしている。それを知っているのは、いつも一緒にいる高杉と桂だけだ。
「そうなのかよ…」
「うん…」
銀時がそう答えると、途端に高杉の顔に笑みが浮かんだ。
「…なんで笑ってるの?」
少しムスッとした声で、銀時は高杉に問う。
「イヤ、ちょっとな。なぁ銀時、俺と今から花見に行かねぇか?」
「へっ!?お…お花見!?」
思わず、素っ頓狂な声を洩らす銀時。そんな銀時を笑顔で見つめつつ、高杉はコクンと頷いた。
「この前、すっげえイイ場所見つけたんだ!だから行こうぜ!!」
「で、でも…」
お腹空いてるし、動けないからイイ。と言おうとした時、銀時の目の前に何かがズイッと差し出された。
「こ…これは…?」
「弁当だよ。花見に弁当は必須だろ?お前の分も作ってもらってあんだよ」
得意げな表情で、高杉はそういった。
「う…うそ…」
余りにも信じられなくて、銀時は思わず呟いてしまった。
「うそじゃねぇよ。ホラ、行くぞ!」
銀時の手首を掴むと、高杉は走り出した。
「ちょっ、早いよ高杉ぃ!」
「早くお前と見たいんだから、仕方ねぇだろ?」
笑顔で言う高杉に、銀時は胸の高鳴りを感じるのだった。
不意に目の前の景色が開かれる。林を抜けたその先には…
「…うわぁ~」
思わず、銀時は感嘆の声を洩らした。
そこにあったのは、小高い丘とその丘を取り巻くように咲き乱れている花々の数だった。
丘の上には、樹齢が百年を優に越えているであろう桜の大木が、たった一本だけ植わっていた。
丘の上から花々を見守る桜の木は、まるで神聖な御神木のようにも思える。
「すごい…」
「そうだろ、銀時!」
この前のかくれんぼの時に見つけたのだと、高杉は胸を張って言った。
「あの丘の上から見る景色もすごいんだぜ!!」
高杉の後について、銀時も丘の上に登った。
そこから見た景色は、銀時が初めて見る美しいモノだった。
「なっ!すごいだろ!?」
「うん…」
春の訪れた里は、あちらこちらで桜が満開に咲き誇って、黄色い菜の花がそれぞれ群れを成すように咲いている。
色とりどりの花々も咲き誇り、その間を蝶たちが飛び交っている。小鳥たちも鳴き歌い、この命溢れる春の訪れを感謝しているようだった。
この世の極楽。そんな言葉がピタリと当てはまるほど、眼下の景色は美しく素晴らしかった。
「…こんなにキレイだったんだ……」
銀時が景色に見とれている、まさにその時だった。
「ぐぅぅ~」
お腹の鳴る音が聞こえた。これは自分のモノであると同時に、他の誰かの分も混ざった音だった。
隣を見ると高杉がお腹を押さえていた。
「な、なんだよ!?」
顔を赤くしながら高杉が叫ぶ。そんな高杉の様子に銀時は思いっきり笑った。
「はぁ~美味しかった!」
高杉の持ってきた弁当を平らげた銀時は、丘の芝にゴロンと寝っ転がった。
「食った後に寝ると太るぞ?」
「う、うるさいなぁ!!」
ニヤニヤ顔の高杉に言われ、銀時はガバッと起き上がった。
「あっ…」
銀時のすぐ横を、二匹の蝶が通り過ぎていった。追いかけっこをしているようなその姿は、まるで自分と高杉のようにも思えた。
「あの蝶々達も……同じなのかなぁ…」
自分達のようにこの丘の上から、命の楽園とも言える春を喜びにきたのだろうか。それとも、また別の理由なのか。幼い銀時には知る由もなかった。それでも一つ言えたのは、あの蝶たちはこれからも共にいるだろうということだ。
(…僕も…ずっと高杉と一緒にいれるかな…)
この頃の世の中は、穏やかとは言えなかった。天人とかいう異形の姿をしたものたちが来たせいで、あちらこちらで混乱が起きていた。もしかしたら、いつかは自分達もその混乱に巻き込まれてしまうかもしれない。他人ごとではないのだから。
「俺はずっと、お前のそばにいる」
不意に高杉の声が聞こえた。
「えっ…?」
「だから、俺はずっと、お前のそばにいるって言ったんだよ」
聞き間違いではなかったらしい。高杉の方を見ると、高杉も自分を見ていた。高杉の真っ直ぐな瞳が銀時をとらえていた。
「どんなことがあっても、俺は銀時のそばにいる。例え大人になって戦に巻き込まれても、俺は銀時を離さない」
これは夢なのだろうか…?今まで銀時が誰にも言われなかった、銀時が今まで言われたいと願っていた言葉を高杉が発しているのだ。
「…銀時…」
銀時の耳元に高杉の顔が近づく。
その時吹いた強い風は、桜の花と丘に咲いていた花々の踊り子を、高く青い空へと舞い上げた――。
「銀ちゃん、新八!桜の花が綺麗アルよ!!」
神楽の声に顔をあげると、淡い桃色をした桜の花が、これでもかと言うほどに咲き誇っていた。
「ホントだ!綺麗に咲いてますね、銀さん」
「そうだな」
新八の言葉に銀時は相槌を打った。
爛漫と咲き誇る桜の花は、風がそよぐ度にその花びらを美しく散らしていた。
ふと、銀時は幼い頃を思い出した。
高杉と共に、たった二人っきりで行ったお花見。その時に言われた言葉は、今でも胸に残っている。優しく甘いその言葉は、新八や神楽と共にいる現在でも心の支えだ。闇に呑まれそうになる心をいつでも救ってくれる。
…そう言えば、確かその時、耳元で何か言葉を囁かれた気がする。でも、春風が邪魔をしてうまく聞き取れなかった。一体何だったのだろうか?
「どうかしましたか、銀さん」
「えっ?あぁ、イヤ…。なんでもねぇよ」
そう言って銀時は、また桜を見上げた。新八や神楽もそれにつられるようにして、また桜を見上げた。
風が吹き、淡い桃色の踊り子達が空に舞う。あの場所も同じように、桜の踊り子達が舞っているのだろうか。
あの日以来、あの場所に足を踏み入れたのは極数回だった。それも全て、高杉と自分の二人っきりだ。
高杉はあそこを、特別な場所だと言っていた。最後に足を踏み入れた日の帰り際に。
確かにあそこは、自分にとっても特別な場所だった。高杉と過ごす時間はまるで夢のようだった。その時間だけは、イヤなことを忘れることができた。
銀時は静かに目を閉じた。すると、初めてあの場所へ足を踏み入れた日の色彩が色鮮やかに甦ってきた。美しいその色彩は、自分の目にはこの世の極楽に映った。
きっと、今でもあの場所は、昔と変わることなくあり続けていることだろう。…イヤ、そうであってほしい。あの場所には今も変わらず、昔のままで残っていてほしい。移ろい変わり行くこの世界で、あの場所だけは変わらずにあってほしい。そう願って銀時は目を開いた。
再び淡い桃色の踊り子達が、空へと舞い上がるところだった。
──あの場所には今でも、この世の命の極楽が広がっている。
[END]
初の高銀ですよ!書いててスゴく楽しかったです。時期的にもあってますしね(笑)。何はともあれ、お付き合いいただき、ありがとうございました!
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