千の夜を越えて

妖狐の子どもを拾って四日目。目を覚ます兆しは一向にないけれど、顔色を見る限りでは回復に向かっていることは間違いない。

「やっぱり、何度診てもこの子は素晴らしいよ!!研究しがいがあるね!!」
「診てって…一昨々日診せたばかりでしょ?つか、新羅どっから湧いてきたんだよ!?」

いつの間にかいた新羅を追い払い、障子をビシッと閉める。

「ふぅ…」
「いや、閉めたって無駄だから」
「っているし!!やっぱり式神かよ!!」
「えー、分かる?」
「ふっつーに分かるわ!!つか式神可哀相だろ!?」
「え、君からそんな言葉が出るとか天変地異の前触れ?」
「いちいちムカつくやっちゃなぁ、お前!!」

そんなこんなで一頻りギャーギャーと騒いだ後、やっとの思いで新羅(の意思を宿した式神)を神社から追い出し一息つく。

「全く…いくら式神だからって不法侵入だろアレは……」

俺と違って式神が沢山いるからって…。
新羅の人間性故かどうかは分からないが、新羅には不思議と沢山の式神が集まってくる。だから式神を今回のように使うことだって、新羅には造作も無いことだ。彼に集まる式神の多くは、自ら新羅に使われることを望んでいる場合が多い。だからこんな事も嫌がらずにやるんだよねぇ…。

(ま、新羅は優しいからねぇ…)

その優しさは人間に嫌われる妖怪達に向けられる場合が多い。新羅曰わく、彼らは分かり合うことが出来れば人間よりもスゴくいい連中なんだそうだ。だがしかし、そんなんだから人間の友達がかなり少ないのも事実なんだよね…。って、それは俺もか。

(別に良いんだけどね、友達がいなくてもさ)

必要最低限の付き合いがあれば、それ以上は別にいらない。それに友達関係なんて面倒過ぎる。それに準じる近所付き合いも。ただ、新羅とはこの辺の価値観が似てるからある意味で「友達」と呼べる関係が築けている。
それを考えると、今の暮らしのなんと気楽なことか。城下にある実家の家督を継いだのなら、こんな気楽な生活は出来なかっただろう。お得意様やご近所との付き合いも考えなきゃいけないし、普通のお客のことも考えなきゃいけない。そんな面倒なことはまっぴらごめんだ。

それにそう言うことなら、俺よりも双子の兄弟の六臂の方が向いている。アイツは人間関係を大切にする人間だからそういうのが苦じゃない。ま、そんな奴だから縁談もすぐに纏まったんだよねぇ…。相手は確か、筋向かいの呉服屋・月島屋のお嬢さんだった気が…

「あ、あれ……?」

布団を見ると、さっきまで寝ていたハズの妖狐の子どもの姿がない。

まさか…

(さっきの式神の他にもいたってこと!?)

新羅が自分の研究のためなら手段を選ばない人間だというのはよく知っている。俺が拾った妖狐の子どもに対して、新羅がかなりの興味を抱いているのは間違いのないこと。妖狐の子どもが拐かされる条件は揃っているし、式神たちにとってもあれぐらい小さな子を拐かすぐらいは簡単なことだ。
今すぐ式神を追いかけなくちゃと思い部屋から出ようとした時、その必要はなくなった。

部屋に置いてある棚のすぐ後ろ、小さな子どもが此方を見ている。
金に近いキツネ色をした髪。頭には人にはついていない、髪と同系色の三角の耳、そしてフカフカとした太めの尾。茶色くクリクリとした目は、薄く水の膜を張り今にも泣き出しそうだ。

「きみ──」
「それ以上近付くな!!」

目が覚めたの?言いかけたところで、妖狐の子どもは叫んだ。声の調子からして、俺を警戒しているのは明らかだ。

「お、おまえはだれだ!?」

棚の後ろに隠れるようにして妖狐の子どもは言う。棚の端を掴む手は小さく震えていた。

「お、おまえも、おれを母さまみたいに祓うつもりか!?」

警戒するような声音と違い、その姿は怯えているように見えた。
彼の様子から察するに、どうやら彼は母親を人間に祓われてしまったようだ。そして自分も祓われてしまわぬよう、命辛々逃げてきた──そう考えるのが妥当な線だろう。

「安心して。俺は君を祓うつもりはないよ?」
「ウソだ!!だ、だっておまえ、母さまを祓ったヤツとおんなじかっこしてる!!」

言われて俺は自分の着ているものを見た。
俺が今着ているのは浄衣の袴と呼ばれる白い袴だ。浄衣は主に神事の時に着られる白無垢だ。俺は職業柄、常にこういった白い服を着ているわけだけど…

「あのね、いくら君のお母さんを祓った人間と同じ格好してるからって俺もそうとは限らないでしょ?」

全く持って迷惑な話だ。俺はこの子を助けてあげたのに、この子の母親を祓ったどっかの神主のせいで俺にまでそんな疑いがかかってしまった。

勿論、俺はこの子を祓うつもりはない。

「…でも、もしかしたらってこともあるもん…」
「大丈夫、俺は君の味方だよ。なんだったら試してみる?」
「ためす…?」
「そう」

そう言うと、俺は妖狐の子どもに近付き頭を撫でた。妖狐の子どもはビクリと体を跳ねさせてそのまま体を強ばらせた。

「あ…あれ…?」
「どうしたの?」
「ビリッてしない…」
「だから言ったでしょ?俺は君の味方だって」

この子がいうビリッとは、妖怪を祓うための呪のことだろうと思う。となると、この妖狐の子どもも祓われそうになったのだろう。
そのまま優しく頭を撫で続けてやると、次第に妖狐の子どもの体から緊張が解けていった。

「まだ怖い?」

粗方力が抜けてから、俺は優しく妖狐の子どもに聞いてみた。

「ううん…こわくない…」
「だったらさ、そこから出てきてよ」

姿がよく見えないじゃん。

促すと、妖狐の子どもはおずおずと棚の後ろから出てくる。立つとやっぱり、その細さが際立ってよく分かる。
何があったか気になるな。聞いてみるか。でもその前に…

「君、名前は何て言うの?」
「…ふぇ?」
「名前は?」
「し…静雄…」
「「静雄」?いい名前だね」

俺の名前と比べたら物凄くいい名前だ。俺の兄弟たちと比べても物凄くいい名前だ。俺と双子の六臂とか、妹たちの九瑠璃とか舞流とか一体何なのって言いたくなる。

「…おにいちゃんのなまえは…?」
「あぁ。俺の名前は臨也だよ、シズちゃん。あ、今度からそうやって呼んでもイイ?」
「べつにいいけど…。えっと…」
「臨也だよ。シズちゃんの呼びやすいように呼んでいいよ」
「じゃあ…いざや」

ちょっと迷いながらも、シズちゃんはそう口に出した。…こんな事を思うのはヘンかもしれないけど…

(なんか…可愛いな)

胸の奥がほっこりと温かくなるようだ。子どもの頃は誰だって可愛いというのはこのことなのだろう。

キュルルルル~…

「あっ…」

不意に、シズちゃんがお腹を押さえた。

「シズちゃん、お腹空いてるの?」
「……」

俯いて、顔を赤くしながら小さく頷く。
そう言えば、前に新羅言ってたな。中度の栄養失調があるって。しかも四日前に拾った時点で気を失っていたから、空腹は相当なものだろう。
時刻はちょうど昼時。そろそろ昼餉の支度しないとね。

「シズちゃん」
「な、なに?」
「何か食べたいものある?せっかくだから作ってあげるよ」
「え、えっと……」

暫くうーんと唸った後、シズちゃんは言った。

「じゃあ…おぞうすいがたべたい…」
「随分渋いね。でも、うん、今から作るから待っててよ」
「う、うん」

雑炊なら早く作れるしちょうどいい具合に貰い物のキノコがあるから、キノコと野菜の雑炊にしよう。
戸惑いながらも素直に頷くシズちゃんを見て満足した俺は、シズちゃんにニコッと笑いかけてから部屋を出た。

(二人分の食事作るのって、いつぶりかな?)

そう思いつつ台所に向かう俺の顔は、知らず知らずの内に笑顔になっていた。

[続]

セリフがほぼ平仮名なシズちゃんに、書いてる自分がによによしたよ\(^p^)/
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