千の夜を越えて
──風が吹く。木々を、稲を、野の草花を揺らして風が吹く。
思わず吹いた強い風に、髪に飾った椛が飛ぶ。その椛を追いかけて、おれはその風の後を追う。
その風の先に、おれのだいすきな人がいた──。
石段の前に何かが転がっている。
「……何コレ……?」
それは、薄汚れた着物を纏いうずくまって倒れている子どもだった。しかし人間にはないモノが付属しているし、髪の色もこの国では異質な色合いをしている。
「…妖狐の子どもかな?」
金に近いキツネ色をした髪と、人間にはついていない耳と尾がそれを物語っている。
見た感じ、六歳ぐらいの小さな子どもだ。だが六歳児にしては妙に細く、試しに取った脈も弱々しかった。
妖狐の子どもが、一人でこんな人里にいるなんて珍しい。ましてやここまで弱った子どもなら尚更だ。
……親と、はぐれてしまったのだろうか?放っておくにしても、このまま此処で臨終されても後が困る。俺は石段の上にある神社の(一応)神主だ。もし此処で臨終されたら、その後の儀を行うのは俺だ。その手間を考えたら介抱してやる方がよっぽど楽だ。
それにこの妖狐はまだ子ども。親とはぐれてしまったならその理由も知りたいし、どうして此処に来たのかも知りたい。要するに、色々気になる点があるわけだ。
俺は妖狐の子どもを抱き上げ、神社の中へと運んでいった。
「重度の疲労と中度の栄養失調、あと五行の流れも乱れてるね。薬を調合しておくから、煎じて薬湯にして飲ませてあげてね」
「ありがとう、新羅」
「別にいいよ。にしても、君が拾いものをするなんて珍しいね」
器具を整理しながら新羅はそんなことを言ってくる。
新羅は俺の知り合いの医者だ。しかし本来は陰陽師の家系の人間で妖怪の生態にも詳しいため、今回拾った妖狐の子どもを診察してもらうにはバツグンの人物だった。
「俺だって人並みに生き物を大切にしようって心はあるよ。それにまだこの子は子どもだし、このまま死なせちゃうのは可哀想じゃない」
「うん、明日は雪が降るかもね」
「…新羅?」
「ごめんごめん、冗談だよ」
薬を調合する独特の匂いが立ち込める。苦味と清涼感が混ざったなんとも言えない匂いに包まれながら、俺は拾った妖狐の子どもを見た。
肌がとても白い。体調が優れていないこともあるだろうけど、それにしたって白すぎる。やっぱり妖怪だからかな。
「僕が思うに、多分この子は特別な妖怪だよ」
「特別な?」
「うん。私が今まで見てきた妖怪とは少し五行の流れが異質だし、ましてやこんなに綺麗な毛並みをした子は初めてだよ。恐らくは「陽」の部類に入るだろうね!!」
興奮気味に語る新羅に気圧されつつも、俺はそうなのかもと妙に納得してしまった。
「まぁ起きてる時を見ないと何ともいえないけど、悪さをするような子ではないはずだよ。はい、薬」
「ん、ありがと」
「じゃぁまた何かあったら呼んでね~!!なくても呼んでほしいな!!その子を研究した」
「あーはいはい。この子が起きたらまた呼ぶからとりあえず今は帰れ」
来たときとは打って変わって軽い足取りで帰って行く友人に、俺は一つため息をもらした。来たときは面倒だと言わんばかりのオーラを放っていたのに、妖狐の子どもを診察した途端あの気分の上がりようだ。
陰陽師って、結構分からないな…。いや、新羅の人間性が分からないだけか…。
「人間より妖怪の方が好きな人間だからなぁ…あ、薬あげなきゃ」
新羅のことは置いといて、今は妖狐の子どもの面倒を見なきゃね。
急須に薬を入れて、予め沸かしてあった湯を注ぐ。ゆっくりと円を描くように急須を揺らしたあと、碗に薬湯を注いだ。白い碗に注がれた薬湯は、まるで秋の紅葉のような色をしていた。
横たえていた体の上半身を起こして、薄く開いた唇に碗を当てる。少しずつ碗を傾けながら俺は妖狐の子どもに薬湯を飲ませた。
碗の中の薬湯が全部なくなる頃には、青白かった頬が幾分か赤みを差したように見えた。脈を取ってみると、石段の前で計った時よりもしっかりとしていた。
「流石は新羅の薬だね…」
腐っても医者、枯れても陰陽師と言ったところだろうか。
「さってと…」
俺はゆっくりと立ち上がった。
時刻は夕暮れ、そろそろ夕餉の支度の時間だ。恐らく今日はこの子は起きないだろう。石段の前で倒れていたぐらいだしね。
起きたらまず最初に何を聞こうか。それが今から楽しみでならない。
──吹き抜ける風、秋の色付く葉の香り。
大好きな母さまに手を引かれ、秋づく野山の散歩道を歩く。
「にいさーん!!」
道の先にはおれより少し小さな弟がいて、その小さな手を振っている。おれは母さまの手を放して、弟まで駆け寄っていく。
「か──」
名前を呼ぼうとしたその刹那、紅い椛を纏った風が吹き抜けた。
慌てて後ろを振り返ると、そこに母さまは居なかった。
「──母さま……?」
母さまを探して再び前を向けば、そこにいたはずの弟もいない。
「……かすか……」
誰もいない、ひとりぼっちの散歩道。
ただ静かに、秋の風が吹き抜けていくだけ……。
「んっ……」
聞こえてきた声にふと目を覚ます。妖狐の子どもの顔をのぞき込むと、目尻にうっすらと涙が溜まっていた。
「かあ……さま……」
掠れた声で、妖狐の子どもは母を呼んだ。妖狐の子どもの声は本当にまだ幼い子どものそれだった。額に触れると少しだけ熱い。どうやら熱が出始めたようだ。
額にうっすらと滲んでいた汗を、濡らした手拭いでそっと拭き取る。目尻に溜まっていた涙も勿論拭き取ってやった。そしてまた薬湯を煎じて飲ましてやるとスゥッと規則正しい寝息が聞こえた。
「……母さま、か……」
そう言えば、最近全く家族に会ってないな…。みんな元気にしてるんだろうか。
俺の家は商売を生業としている。本来ならば長子である俺が家督を継ぐべきなのだが、俺は家に囚われるのが嫌で父と話し合った末に十で神道に入った。後に父の人脈の広さの甲斐あって三年前にこの神社の神主となった。神主になってからというもの、家族には会っていない。一応文は出してるけどね。
「…ねぇ、君の家族はどこにいるの?」
金のような狐色の髪を梳きながら、俺は静かに呟いた。
[続]
イザシズのシリーズ二作目ですよww折原家と違い、このシリーズは終わりが既に明確なので先に完結しそうです。
何はともあれ、最後までお付き合いよろしくお願いします。
思わず吹いた強い風に、髪に飾った椛が飛ぶ。その椛を追いかけて、おれはその風の後を追う。
その風の先に、おれのだいすきな人がいた──。
石段の前に何かが転がっている。
「……何コレ……?」
それは、薄汚れた着物を纏いうずくまって倒れている子どもだった。しかし人間にはないモノが付属しているし、髪の色もこの国では異質な色合いをしている。
「…妖狐の子どもかな?」
金に近いキツネ色をした髪と、人間にはついていない耳と尾がそれを物語っている。
見た感じ、六歳ぐらいの小さな子どもだ。だが六歳児にしては妙に細く、試しに取った脈も弱々しかった。
妖狐の子どもが、一人でこんな人里にいるなんて珍しい。ましてやここまで弱った子どもなら尚更だ。
……親と、はぐれてしまったのだろうか?放っておくにしても、このまま此処で臨終されても後が困る。俺は石段の上にある神社の(一応)神主だ。もし此処で臨終されたら、その後の儀を行うのは俺だ。その手間を考えたら介抱してやる方がよっぽど楽だ。
それにこの妖狐はまだ子ども。親とはぐれてしまったならその理由も知りたいし、どうして此処に来たのかも知りたい。要するに、色々気になる点があるわけだ。
俺は妖狐の子どもを抱き上げ、神社の中へと運んでいった。
「重度の疲労と中度の栄養失調、あと五行の流れも乱れてるね。薬を調合しておくから、煎じて薬湯にして飲ませてあげてね」
「ありがとう、新羅」
「別にいいよ。にしても、君が拾いものをするなんて珍しいね」
器具を整理しながら新羅はそんなことを言ってくる。
新羅は俺の知り合いの医者だ。しかし本来は陰陽師の家系の人間で妖怪の生態にも詳しいため、今回拾った妖狐の子どもを診察してもらうにはバツグンの人物だった。
「俺だって人並みに生き物を大切にしようって心はあるよ。それにまだこの子は子どもだし、このまま死なせちゃうのは可哀想じゃない」
「うん、明日は雪が降るかもね」
「…新羅?」
「ごめんごめん、冗談だよ」
薬を調合する独特の匂いが立ち込める。苦味と清涼感が混ざったなんとも言えない匂いに包まれながら、俺は拾った妖狐の子どもを見た。
肌がとても白い。体調が優れていないこともあるだろうけど、それにしたって白すぎる。やっぱり妖怪だからかな。
「僕が思うに、多分この子は特別な妖怪だよ」
「特別な?」
「うん。私が今まで見てきた妖怪とは少し五行の流れが異質だし、ましてやこんなに綺麗な毛並みをした子は初めてだよ。恐らくは「陽」の部類に入るだろうね!!」
興奮気味に語る新羅に気圧されつつも、俺はそうなのかもと妙に納得してしまった。
「まぁ起きてる時を見ないと何ともいえないけど、悪さをするような子ではないはずだよ。はい、薬」
「ん、ありがと」
「じゃぁまた何かあったら呼んでね~!!なくても呼んでほしいな!!その子を研究した」
「あーはいはい。この子が起きたらまた呼ぶからとりあえず今は帰れ」
来たときとは打って変わって軽い足取りで帰って行く友人に、俺は一つため息をもらした。来たときは面倒だと言わんばかりのオーラを放っていたのに、妖狐の子どもを診察した途端あの気分の上がりようだ。
陰陽師って、結構分からないな…。いや、新羅の人間性が分からないだけか…。
「人間より妖怪の方が好きな人間だからなぁ…あ、薬あげなきゃ」
新羅のことは置いといて、今は妖狐の子どもの面倒を見なきゃね。
急須に薬を入れて、予め沸かしてあった湯を注ぐ。ゆっくりと円を描くように急須を揺らしたあと、碗に薬湯を注いだ。白い碗に注がれた薬湯は、まるで秋の紅葉のような色をしていた。
横たえていた体の上半身を起こして、薄く開いた唇に碗を当てる。少しずつ碗を傾けながら俺は妖狐の子どもに薬湯を飲ませた。
碗の中の薬湯が全部なくなる頃には、青白かった頬が幾分か赤みを差したように見えた。脈を取ってみると、石段の前で計った時よりもしっかりとしていた。
「流石は新羅の薬だね…」
腐っても医者、枯れても陰陽師と言ったところだろうか。
「さってと…」
俺はゆっくりと立ち上がった。
時刻は夕暮れ、そろそろ夕餉の支度の時間だ。恐らく今日はこの子は起きないだろう。石段の前で倒れていたぐらいだしね。
起きたらまず最初に何を聞こうか。それが今から楽しみでならない。
──吹き抜ける風、秋の色付く葉の香り。
大好きな母さまに手を引かれ、秋づく野山の散歩道を歩く。
「にいさーん!!」
道の先にはおれより少し小さな弟がいて、その小さな手を振っている。おれは母さまの手を放して、弟まで駆け寄っていく。
「か──」
名前を呼ぼうとしたその刹那、紅い椛を纏った風が吹き抜けた。
慌てて後ろを振り返ると、そこに母さまは居なかった。
「──母さま……?」
母さまを探して再び前を向けば、そこにいたはずの弟もいない。
「……かすか……」
誰もいない、ひとりぼっちの散歩道。
ただ静かに、秋の風が吹き抜けていくだけ……。
「んっ……」
聞こえてきた声にふと目を覚ます。妖狐の子どもの顔をのぞき込むと、目尻にうっすらと涙が溜まっていた。
「かあ……さま……」
掠れた声で、妖狐の子どもは母を呼んだ。妖狐の子どもの声は本当にまだ幼い子どものそれだった。額に触れると少しだけ熱い。どうやら熱が出始めたようだ。
額にうっすらと滲んでいた汗を、濡らした手拭いでそっと拭き取る。目尻に溜まっていた涙も勿論拭き取ってやった。そしてまた薬湯を煎じて飲ましてやるとスゥッと規則正しい寝息が聞こえた。
「……母さま、か……」
そう言えば、最近全く家族に会ってないな…。みんな元気にしてるんだろうか。
俺の家は商売を生業としている。本来ならば長子である俺が家督を継ぐべきなのだが、俺は家に囚われるのが嫌で父と話し合った末に十で神道に入った。後に父の人脈の広さの甲斐あって三年前にこの神社の神主となった。神主になってからというもの、家族には会っていない。一応文は出してるけどね。
「…ねぇ、君の家族はどこにいるの?」
金のような狐色の髪を梳きながら、俺は静かに呟いた。
[続]
イザシズのシリーズ二作目ですよww折原家と違い、このシリーズは終わりが既に明確なので先に完結しそうです。
何はともあれ、最後までお付き合いよろしくお願いします。
