わが輩は青根家のねこである。
名前はジョニー。
『ジョニー』という名に似つかわしい風貌であるかはさておくとして、なんでも母上がこの名で有名な外の国の役者の支持者らしかった。
わが輩には名を与えられた頃の記憶がない。しかし、「青根家母上の発言は絶対である」とちびちびお猪口に舌を運び、「もはやジョニー以外の選択肢は与えられなかったのだ」 そうわが輩の顎を撫でながら、杯をグビッと煽った父上の姿が後の記憶に印象深く残されている。あれには少々哀れに思った。
そんなこんなでジョニーとなったわが輩が青根家でお世話になり十数年の時が経つ。
齢は十三。人間でいえば七十近い、おじいちゃんと呼ばれる年齢であろうか。
良い日和ならば庭先の縁側で日光浴を好み、家の中なら茶の間の卓袱台の下がしっくり馴染む、茶トラといった毛並みの色をしているらしいねこである。
若い頃と比べてだいぶん行動の幅が狭まったと悟る
いつか必ず訪れる最期のとき、この家の家族として共に歩んだ生涯を、わが輩は誇りに思いながら深い眠りにつくのだろう。
「ちわーす、お邪魔しまーす」
それは良く晴れた春の日の午後であった。
そよ風の吹く暖かな日。残り少ない桜の花が耳を触ったすぐのこと。ガラリと青根宅の玄関の開く音がした。
聞き覚えのある声だが高伸のものではない。
青根家の長男高伸は無口なのだ。
朝は母上に見送られながら、玄関先で「行ってくる」と一言呟く。夜は無言で帰宅をし、母上に「あら帰ったの」と声をかけられコクリと頷く。
これが高伸のお決まりであることから、おそらく高伸があの男を連れてきたに違いない。
「ジョニー元気か~? 相変わらずジョニーって顔してねぇな~」
堅治である。高伸のくらすめいと兼ちーむめいととやらの男で、時折こうして青根家の敷居を跨ぐのだ。
堅治は、視界を舞うこの桜のように幾分かヒラヒラとした男である。とはいえあれこれと憎めない。何より高伸の信頼する男であるなら、悪い奴ではないのだろうと心得ている。
「お前はいいなぁ~、毎日自由気ままで呑気で。つうかまた太ったんじゃねぇの?」
心得ている……が、最後の一言は不要ではないか。思いながらも、ははは、と笑いながらわが輩の頬を両手で揉みしだく堅治をただ黙って受け入れる。
にゃあ、と一度鳴いてみた。ところで今日は何しに来たのだと問いかける。しかし堅治が答えることはないのでまた大人しく撫でられておく。
「わ、青根くんち、ねこ飼ってるんだ?」
ふと聞き慣れぬ声がした。
ピュウと噴射する水鉄砲ような堅治でもなく、かといって、太バチで太鼓を叩くような高伸のものとも違う。
木製の積み木をコンコンと積み上げていくような、高く、しかし柔らかな音。女の子の声である。
「可愛い! 青根くん、私も触っていい?」
積み木の子の願い出に、高伸はコクリと頷いた。口はきつく畳まれたままであったが、おや、よく見れば、頬にほんのりとツツジのような赤が挿しているではないか。
「えっと、ジョニー?」
「きな粉もち、とかのほうがいんじゃね?」
ぬ、堅治め。全く口の減らぬ男だ。
「はじめまして。青根くんと同じクラスのみょうじなまえです。よろしくね、ジョニー」
「え、自己紹介しちゃうの?」
「え、だって青根くんの家族でしょ?」
なまえは少々風変わりな乙女に見えた。しかし、取り立てて奇妙なことをした自覚はこの子にはないのだろう。
わが輩の頭や背中を、細い指の感触が幾度となく往き来する。それが大層気持ちがよくて、わが輩はごろごろと喉を鳴らした。
波長が合うとでもいうのだろうか。
人間に相性があるように、ねこにも多少の偏りというものがある。
ねこ同士は勿論のこと、対面した人間の持つ空気感や肌合いなどで、心地よさに異なりが生じるのだ。
わが輩はねこである(青根)
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