セミの大合唱が青空に吸い込まれていく。
記録的猛暑と言われる今年。日に日に最高気温が塗り替えられていく七月。
夏休みが目前に迫っていた。
IHは準々決勝で敗れて終わった。とはいえ夏休み明けには春高の予選が始まるため気の抜けない日々が続く。
夏休み恒例の強化合宿は埼玉の森然高校で開かれる予定となっていて、お馴染みの梟谷グループの他、今年は宮城からも烏野高校がやってくるとあり、俺はその夏合宿を密かに楽しみにしていた。
『××駅ー××駅ー』
電車の扉が開くと同時に炭酸飲料の抜けるような音が広がる。一瞬、外からの熱波が顔にぶつかり目を閉じた。冷房と混ざり合うもやりとした温冷風は、時折感じるもどかしい日常によく似ている。
彼女の履く黒のローファーがプラットホームとの溝を跨いで車内へ乗り込む瞬間は、いつも映画かなにかのワンシーンのように見えた。
「おはよう京治くん」
「おはようございます。今日は学校で弾くんですね」
「うん、気晴らしに」
自宅のピアノが弾けるようになっても、なまえさんはこうして朝俺と同じ電車に乗ってくることがある。
初めて試合を観にきてくれたあの日以降も何度か会場に足を運んでくれたらしい。
ルールや技を詳しく知りたいと、なまえさんからはよく説明をせがまれた。
「あ、ごめんね…っ」
「…いえ」
車両が揺れ、隣にあるなまえさんの二の腕が自分のものに軽く触れた。慌てて少しの距離を取り、足もとに視線を落とす彼女を見ると、俺は無性に深呼吸をしたくなる。そうして数秒沈黙が流れた後は、彼女が再び会話を運んできてくれる。
バレーの話。ピアノの話。家族や友達、好きなもの。昨日見たテレビとか。
日常の、他愛もない、本当に普通と呼べるどこにでも転がっているような会話も、なまえさんと話していると不思議と飽きることがなかった。
なまえさんがここへ来ない日は、車内での時間をなんとなくもて余してしまうほど。
毎朝彼女が乗車する駅に近付くたびに、その姿があることを期待している。
日ごと心に生まれる未知数な想いを乗せて、夏色の電車は今日も景色を追い越してゆく。
* * *
埼玉県某所にある森然高校は、梟谷グループに属する高校のうちの一校だ。この場所で、現在一週間の合宿が行われている最中である。
白熱灯に照る【第3体育館】には、普段見ることの出来ないような夏の虫が身を寄せていた。
「そういや今日さ、この近くの河川敷で花火大会あるらしいぜー」
ドリンクで喉を鳴らした直後、黒尾さんが口にしたものは誘惑の催しだった。
「花火大会!? 屋台とかでんのか!?」
「出てんじゃねぇ?」
「俺たこやき食いてえなぁ!」
「でも合宿中の夜に外出は、先生の許可おりますかね?」
「赤葦クンまじめー」
真っ先にあっさりと食い付いたのは木兎さん。俺は木兎さんがそちらにばかり気を取られないよう、一応やんわりと指摘する。するとすかさず黒尾さんが横槍を入れてくる。
「何かあったら怒られるのは部長ですからね」
「むむっ」
「うおーー! 花火! 俺も行きたい!」
反論できない黒尾さんの向こう側から聞こえてきたのは日向の叫び声だった。ウズウズした様子で瞳をキラキラと輝かせている。どうやら俺達の会話をしっかりキャッチしていたらしい。まさに野生児並の聴力だ。
日向に灰羽まで参戦し収拾がつかなくなってきたので、俺もとうとう頭を抱えた。
合宿はほぼ缶詰状態だ。そりゃ健全な男子高生なら息を抜きたくなる気持ちもわかる。そんな俺も健全な男子高生なのだけれども。
「…じゃあ一応先生に外出許可貰ってきますから、待ってて下さい」
「さっすが赤葦っ」
「許可が下りるかはわかりませんよ?」
「とりあえずまかせた!」
そんな許しは出るはずもない。そう思っていた。基本合宿中は外出禁止で、必要な用具などの買い出しも全てマネージャー頼みで事足りる。
花火大会なんて…。いくら近場で行われているとはいえ…。
そんな俺の常識はなんとあっさり覆された。つまりは許可が下りたのだ。猫又先生達がすでにホロ酔いだったのが気にかかる。
ただし、二十一時までには必ず帰ってくるという条件付きで。そして問題は決して起こさないこと。
「月島はどうする?」
「僕はいいです。人混みとか苦手なんで」
声をかけるとあっさりと断られた。確かに月島はこういうの苦手そうだ。
体育館後方の隅では黒尾さんと孤爪が話をしていて、眠たげな瞳で頭を横に振る孤爪の姿が目に映る。こうして観察してみると、個々の性格がよりわかって面白い。
最終的にそこそこの人数が集まったので、俺達は何組かに別れて行動することにした。
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