休日の総合体育館は様々な色の制服やジャージを纏った人達で溢れかえっていた。梟谷の男子バレー部が強いことは知っていたけれど、応援目的で公共の体育館に足を運んだのはこれが初めて。
「ど、どうしよう桃波ちゃん。なんか緊張してきちゃった」
「なまえが緊張してどうするの」
一緒に応援に来た桃波ちゃんに宥められ、私は大きく深呼吸する。
そうなのだ。今から試合をするのは私ではなくバレー部のみんななのだから、緊張したところで全くのお門違いというものである。
『梟ー谷!!梟ー谷っ!!』
少し離れた場所からは、応援団の生命力に満ち溢れた声が聞こえる。チアガールに吹奏楽部。私は部活動をしていないから、試合のたびにこうして多くの生徒達が応援に参加していることも初めて知った。ギャラリーも、選手達と同じように闘争心を燃やしているようだ。強豪校というだけあって、応援団にも貫禄がある。
「桃波ちゃん、ごめんね。今日は付き合ってもらっちゃって」
桃波ちゃんは、難関といわれている大学を受験する予定になっている。そのため三年生になってからより勉強に力を入れていて、最近は以前のように二人で遊びに出かけることも少なくなった。
「たまには息抜きも必要だしね。うちのバレーの試合は私も一度観ておきたかったし」
「そっか、ならよかった」
「それにしてもすごい熱気だよね。あっついなあ」
会場を埋め尽くす観客の数は予想以上だ。
体育館には独特の匂いと熱気が籠り、背中にじわりと汗が滲んだ。
途端、沸き立つ大歓声で会場が大きく震える。どの学校も負けじと我が校への声援を叫ぶ中、黒と白にゴールドのラインが入ったユニフォームが颯爽とやってくるのが見えた。我ら梟谷学園の名声を背負ったレギュラー陣の登場である。
観客の声援が一段と増す。
「木兎が目立ってる。木兎のくせに」
派手な登場の仕方だった。大きく広げた両腕で、まるで翼を羽ばたかせるみたいな振る舞いをする木兎。勝利をもぎ取りに行く肉食の梟みたい。
教室での木兎からは想像もつかない姿だ。この木兎が毎度テストで赤点をとってショボくれているなんて、他校生は知りもしないんだろうな。
私は桃波ちゃんと顔を見合わせてふふっと笑った。
少しして、コートの後衛横一列に並ぶ選手達の中に、少し癖のある黒髪と涼しげな横顔を見つけた。京治くんだ。
これだけ選手層が厚いのに、二年生で一人メインレギュラーってすごいことなんだろうなぁと思う。
初めて目にするユニフォーム姿はなんだかとても新鮮で、ついじっと見つめてしまう。
「「お願いシァースっ!!」」
空砲発射のような挨拶が両校から飛び立った。叫び声が甲走り、中には黄色い声援も混じっている。スポーツ男子というものは、とりわけいつの時代も人気を博すものらしい。
「ところでさ、なまえは今日、誰を見にきたのかなあ?」
その声色は妙に高かった。顔をニマリと変形させた桃波ちゃんの人差し指に、頬をちょこんとつつかれる。
「へ、誰って!? 別に誰も! いや誰もじゃないけど、みんな、みんなを見に来たんだよ!?」
「ふぅん? だってなまえ、最近赤葦くんと仲良いじゃん。なまえにもついに好きな人ができたのかと思ったんだけど」
「好きってそんな、友達だよ! そういうの、今は考えてない」
友達なんだから、京治くんの応援に来たんだよって答えればいいだけのことなのに、なぜか慌ててしまった自分に首を傾げる。
「今はピアノが一番だから?」
「…そうですよ?」
「なまえの夢は昔から知ってるし応援もしてるけど、恋したってピアノは弾けるんじゃない? 私だって今は受験が一番だけど、彼氏とも上手くやってるし」
桃波ちゃんを素直に羨ましく思う。それが出来るって、本当に凄いことだと思うんだ。
「でも、私には……難しい」
格好良く言うつもりじゃないけれど、私はあまり器用じゃない。
恋をして、好きな人が出来たらピアノが疎かになってしまうかもしれない。そう思うと、どこかでストップをかけてしまう自分がいた。
ずっと、恋には消極的で生きてきた。私の青春はピアノそのもの。だからといって後悔なんてしたことはないし、それはこれから先も変わらないと言える。
「いいの、今はピアノが一番で! あ、そろそろ試合が始まるみたい」
そう思うのに、どうしてだろうな。
一番に彼に目がいってしまうのは。
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