「赤葦ー!!」
「木兎さん!」
ドゴォォン!!!
「ぃよっしゃー! 俺って最高ー!! ヘイヘイヘーイ!!」
凄まじい地響きが体育館の床を揺らした。
炸裂したインナースパイクは木兎さんが絶好調だという証。それは本人がなにより体感しているようで、彼のテンションは本日最高潮を記録した。
「五分休憩ー!」
マネージャーから受け取ったドリンクに口づけると、ギャラリーの手すりに腕を絡めてこちらを見下ろすなまえさんの姿を見つけた。
目が合うとこちらに向かって掌が揺れたので、俺は小さく会釈を返した。
「あ~か~あ~し~~~」
ゆらん。ただならぬ気配を感じ振り返る。
木葉さんと小見さんが涙目でじとりとこちらを見ていた。
「お前人生で挫折とか味わったことある?」
「とりあえずお前だけ明日の朝練六時に来たらいいと思う」
「え、なんすかその軽いイジメ」
全く、なんて大人気ない。
やれやれと思いながらタオルでひたいの汗を拭う。
「赤葦はさぁ、みょうじのことどう思ってんの?」
「どう、とは」
「好きなの? 嫌いなの?」
「嫌いではないですよ」
「じゃあ好きなのか?」
思うのだが、好きか嫌いか。なぜ選択肢がこのふたつのみなんだろう。
どちらかと問われれば、もちろん嫌いじゃない。じゃあ好きなのかと詰め寄られても、まだわからないとしか言えないのが現状だ。
生まれてこのかた、女の子を特別な意味で好きと思えた記憶がない。告白してくれる子はたまにいるが、正直なところよく知らない子達ばかりで、俺の何が良いと思ってくれたのだろうと首を傾げたくなってしまう。
「おふたりは、なにを以てその人のことを好きと思えるんですか」
「赤葦がなんか堅いこと言ってる」
「好きってなんなんですか」
「想像以上な件」
木葉さんと小見さんが、まるで変わり者を眺めるような目で俺を見てくる。
ふたりにはどうなのか知らないが、今の俺には、恋愛なんて無くても日常には全く支障のないものなのだ。
ただ───···
「…とは思うんですけど…まあ、少しだけ、気にはなりますかね」
と、言ったところだろうか。
「お?」
「おぉ!?」
「おおぉ!?」
そこには知らぬ間に猿杙さんも加わっていて、前のめりな三人に圧倒された俺は思わず一歩後ずさった。
変に期待されても面倒なので、釘も刺しとかなければと思う。
「でも今はバレーが一番なので」
「バレーしながらだって恋愛はできるぞ」
「お前器用なんだし両立くらいできんじゃねぇの?」
「まあ、それは否定しませんけど」
「赤葦、俺はもっと謙虚な後輩が好きなんだ」
「木葉さんに好かれても嬉しくありません」
なぜみんな、恋愛というものをこんなに大袈裟に推奨するのだろう。
春の出会いに夏の海。秋の空とか、冬のイベント。これらは世間の恋愛に絡めてよく耳にする言葉達だ。
春夏秋冬、そこにどんな理由を付けたって、つまりは年中恋が出来るようになっている。
"今"じゃなくてもいいのでは? と俺は思ってしまうのだ。
青春に何を懸けるのかは、千差万別なのだから。
「休憩終了ー!」
号令がかかり、部員たちが一斉に体育館の中心へ駆けて行く。
戻りましょう、と声をかけ、俺達も再びコートの中へと舞い戻った。
途中、ギャラリーの隅に視線を向けると彼女はいなくなっていた。音楽室へ戻ったのかもしれない。
監督の投げるボールが次々と部員達の前腕部に拾われてゆく。レシーブしたボールが弾かれて空中へ巻き上がり、みんなの叫声が体育館にこだまする。
これが、今の自分の日常だ。
女の子や恋愛にまるで興味がないというわけでもない。
"恋をすること"は、日常を豊かにするのだろう。例えばそれは、目指すべき場所へ行くための原動力にも繋がるのかもしれない。
梟谷学園バレー部は全国常連の強豪と呼ばれている。それでも負け知らずなわけじゃない。敗北は何度も経験してきた。
全国の猛者達が集結するインターハイや春高は、負ければそこで全てが終わる。
木兎さん達のいるこのチームで戦える日々は、限られた時間の中でしか叶わないから。
俺は、彼らの背中をコートの中で少しでも長く見続けていたいのだ。
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