電車が停車し、座席の上でうっすらと目を開ける。パラパラと乗り込んでくる乗客の足元をぼんやり眺め、もう少し眠れそうだ、と俺は再びまぶたを閉ざした。
「あれ、京治くん?」
思わぬところで思わぬ声がしハッとした。顔をあげると、俺の前になまえさんが立っていた。
「ふふ、おはよう?」
「······なまえ、さん?」
車窓から射す陽光の眩しさに、一瞬だけまぶたを細める。
「おはようございます」
内心戸惑ったことは悟られないよう小さな会釈をお返しすると、なまえさんの丸いの指先が俺の隣の空席を差した。
「そこ、座ってもいいかな?」
彼女が隣に腰かける。しばらくして電車がゆっくり動き出した。なんだか合わせて自分の脈も早くなっていくような気がするのは、気のせいじゃない。
「京治くんは朝練だよね。いつもこんなに早い電車に乗ってるの?」
「そうですね。朝練が七時からなので、だいたいこの電車を利用しています」
「毎日七時からってすごく大変······あ、だから木兎は毎日授業中寝ちゃうんだ」
「毎日」
「うん、寝ない日はない」
「寝てるだろうと予想はしていましたが毎日とは」
横目でなまえさんを流し見る。
なまえさんの肌は雪のように白い。だからだろうか。なんとなく、運動部というイメージは湧かない。
「なまえさんも朝練なんですか?」
「朝練ていえばそうかなあ。私、部活には入ってないの。小さい頃からピアノを習ってて、毎年コンクールに出たりはしてるんだけど」
「コンクール······すごいですね」
「そんなことないない。強豪校でバレーやってるほうが断然すごいよ」
照れたような笑みを覗かせ、片耳へ髪をかけた彼女の仕草に目を奪われる。容姿がどうというよりも、なまえさんは所作がとても綺麗な人だと思う。
自宅のピアノは現在調律中なのだと言う。古いものであるらしく、整うまでしばらく時間を要するらしい。その間は学校のピアノを借りて練習するとのことだった。
「京治くんがいつも乗ってる電車なら、私も毎朝早起きしてこの電車にしようかな」
「まあ、人も少ないので快適ですけど」
「うん、それもあるんだけどね。木兎から京治くんのこと聞いてたから、私、ずっと京治くんとお話してみたいなって思ってたの」
「え···いったい何を話されたのか不安しかないんですが」
「もしかして、いらぬこと喋ってないだろうなとか思ってる?」
「ええ、まあ」
なまえさんは俺の隣で小首を傾げて悪戯顔を覗かせる。そんな顔もするんだと、意外性にまた鼓動が速くなる。
「私ね、一年の時から木兎と同じクラスだからけっこう仲良いんだけど、バレー部のキャプテンと副キャプテンを決める時あったでしょ? そのときなんか、『俺は赤葦がいいとおもうんだよなー! 絶対赤葦がいい! つーか赤葦じゃなきゃ嫌だ!!』って、一日中ずーっと言ってたんだよ?」
「い、一日中······ですか」
「そう。一日中」
「あの、なんかすみません」
「京治くんて木兎の保護者なの?」
「あんなデカイ息子を持った覚えはありません」
「あはは」
02
NameChange
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。