「よォよォなまえに不死川! 邪魔するぜ!」
「なまえちゃーん、こんにちはー!」
「「皆さんもこんにちは」」
「宇髄さん! 須磨ちゃんにまきをさんに雛鶴さんも!」
「不死川は息災か」
「…ァ? 冨岡ァ? いやテメェらまた何しにきやがったァ…!」
宇髄一家と冨岡義勇が揃って姿を現した。
「うわあ、ここもすごく広いお屋敷だなあ」
「お兄ちゃんってば、せっかく持ってきたお土産玄関に忘れていってるよ」
「まってまって禰豆子ちゃん! かぼちゃなんて重いもの禰豆子ちゃんには持たせらんないよ落っことしておみ足に怪我でもしたら大変だよ!」
「あはは、善逸さんてば大袈裟だよ。…え? 持ってくれるの? 大丈夫?」
「このくらいへっちゃらですよ俺にお任せくださいな。というか、伊之助のやついったいどこ行っちゃったんだよ。さっきまで大人しくかぼちゃ担いでついてきてたのに……いや大人しくはなかったけど」
続いて顔を覗かせたのは、炭治郎、禰豆子、善逸だ。
「…あいつらも居やがんのかァ」
実弥はげんなりした面持ちで肩を落とした。
なんの報せもなく宇髄一家が不死川家を訪ねてくるのはもはや珍しいことではなくなった。とはいえ義勇や炭治郎たちをも引き連れてきたのは初めてのことである。
炭治郎は筆まめで、今でも実弥宛に頻繁に手紙をくれる。
実弥は実弥で返事を綴る代わりに時折手土産を持って竈門家を訪ねるが、毎々誰とも会わずに手土産だけを置いて帰ってきてしまうので、こうして彼らと顔を合わせるのは久方ぶりのことだった。
「ほらほら、お前らもそんな場所に突っ立ってねェでこっちに来いよ。遠慮しねぇでくつろげ」
天元は早くも上座に落ち着き我が家のごとく炭治郎らを手招きしている。
「ここはテメェの家かよォ宇髄…って、おい待てェ。冨岡だけやけに全身滝に打たれたみてェになってねェか?」
「どうということはない。乗用車とのすれ違い様に雨水をかぶっただけだ」
「頓痴気かよ」
「ぶくく…っ、オイやめろ、まぁた思い出しちまうじゃねェか腹よじれるわ。冨岡だけだぜ、頭からド派手に水ぶっかけられたのは」
「風邪でも引いたら大変だわ。替えのお召し物をご用意しますね」
「気遣いには及ばない」
「及ばない、じゃねェよ濡れちまうだろうが畳がよォ」
「…そうか」
「ったく……間が抜けてやがるとこは変わんねェなぁテメェはァ」
「悪ィななまえ。手間かけついでに飲みもんと茶請けも適当に頼む」
「あ、はぁい、今すぐ」
「だからここはテメェの家か馴染みすぎだろォ」
「なまえさん、私たちも手伝うわ」
「ありがとう雛鶴さん。あ、まきをさんはゆっくりしていて! ここまで来るのにも疲れたでしょう? お腹の赤ちゃんに障るといけないからあまり無理はしないでね」
「あはは、ありがとね。といっても今のことろ悪阻もなく元気なんだけど」
「じゃああたしとまきをさんは子供たちの御守りをしますね!」
「アンタは単に遊びたいだけでしょうが須磨」
「ふふ、ありがとう須磨ちゃん。助かるわ」
雛鶴は厨へ向かい、なまえは寝間へ着流しを取りに行く。
玄優を抱き寄せ「可愛い可愛い」と頬擦りする須磨。その傍らを寛元が駆け足で抜けてゆき、スミレの前にふたつのお手玉を差し出した。
寛元は、紫紺の花模様の生地で作られたお手玉を小さな手に大事そうに握りしめていた。
「これスミレのだいすきなおはな!」と目を輝かせるスミレに「…あげる」ともじもじする寛元。
愛らしいがすぎる……!
幼子二人のやり取りに打ち震え、須磨とまきをは目頭を抑えて涙を流した。
「不死川さんご無沙汰しています。いつも美味しいおはぎと抹茶をありがとうございます。玄優くんも大きくなりましたね。子供たちみんな可愛いなあ」
「…お前らも変わりねェみてェだなァ」
「私はこの前蝶屋敷でなまえさんにお会いしたんだよ」
「そういえばカナヲもそんなこと言ってたな」
「それでスミレちゃんと玄優くんと一緒にお花を摘んで遊んだんです」
「えらく楽しかったんだと、あの日は寝付くまで蝶屋敷でのことばっか話してたぜェ。……遊んでくれてありがとなァ」
「お礼なんて…っ、私も一緒になってはしゃいじゃったくらい楽しかったです」
実弥が遠慮がちに微笑みかけると、禰豆子は頬をうっすらと赤らめた。
以前実弥に頭を撫でられたときのことをふと思い出してしまった禰豆子。
実弥だけではない。時折、天元や義勇も慈しむように禰豆子に優しく触れてくれるときがある。
兄、炭治郎よりもずっと年上の彼らは触れかたもどこか大人だ。故に、恋心というわけではないがいささかドキドキしてしまう。
そんな禰豆子の背後では善逸の
「オイそこの黄色頭ァ、先刻からなに
「アンタまたそうやって! この際だからもうはっきり言わせてもらいますよ!
「「妻ァ!?」」
実弥と天元が声を揃えて目を剥いた。
「んなっ、お前らそうだったのか!?」
「ぜ、善逸さんってばもう、恥ずかしい…っ」
「照れなくてもいいじゃないか禰豆子」
「お兄ちゃんっ」
「実はこのたび善逸と禰豆子が祝言を挙げることになりまして……もしご都合が合えば皆さんにもご参加いただけたらと思ってるんです」
「そういうわけなんで、もう禰豆子ちゃんに手は出さないでくださいよ…!」
「なに言ってやがんだコイツ」
「そいつァめでてェことじゃねぇの! 折角だ、皆でド派手に盛り上げようぜ!」
「禰豆子ちゃんが結婚?」「お幸せにね」「きゃーっ、おめでとうございますぅ!」「禰豆子もついに結婚かあ」
なまえや雛鶴、須磨やまきをも一緒になって禰豆子を囲み祝福する中、着替えを終えて戻ってきた義勇だけはなんの騒ぎだ? と首を傾げた。
そのときだった。
「スゲェスゲェ! なんだこれ、どうやって使うんだ!?」
元気いっぱい、遅れて伊之助のお出ましである。
彼の装いばかりは鬼殺隊時代となにひとつ変わっていない。素顔は美形と噂の顔は、今日も今日とて猪の被り物に隠されている。
「どこ行ってたんだよお前…って! はぁ!? ちょっとねえ、ソレなに抱えてきてんの!?」
「善逸、少し静かにするんだ」
わめく善逸をたしなめる炭治郎。しかし、伊之助を目にしたとたん炭治郎もぎょっとした。
伊之助はなぜか蓄音機を担いでいた。
「なっ、こら伊之助! だめじゃないか勝手に人様の家のものを……どこから持ってきたんだ? いますぐもとの場所に返してくるんだ」
「ハァ!? ひとを盗人みてぇに言うんじゃねェ! あの蔵に転がってたモンだ! だったら捨ててあんのと同じだろうが!」
「…蔵?」
それは祖父の収集品だったものだわと、なまえは言った。
ラッパ型ぜんまい式の蓄音機。製造年月日を見ると明治時代となっている。ニッポノホンの初期型だ。
なまえの祖父は曾祖父同様ガラクタ集めが趣味だったので、壊れて音の鳴らないものをどこからか引き取ってきたのだという話を祖母キヨ乃から聞いたことがあった。
家にはすでに新しい蓄音機があるため祖父の蓄音機は蔵に追いやられていたというわけだ。
「なんだこれ吹けるラッパじゃねぇのか」
「これは蓄音機といって、音楽を聴くための機械なのよ」
「ふうん、音楽とかよくわかんねぇな」
「なにか聴いてみる? 向こうに壊れていない蓄音機があるから」
「おっ、いいねえ。外は生憎の雨模様だ。景気付けに我妻と禰豆子の婚前祝いでもしようじゃねェか」
天元が伊之助となまえの間に滑り込む。
諸手を挙げて賛成し、皆ですぐさま準備に取りかかることにした。
炭治郎は「せっかく不死川さんに会いにきたのに自分たちを祝ってもらうのは申し訳ない」と首を横に振ったが、
「主役はお前じゃねェ、禰豆子だろうが。宇髄も酒呑む理由が欲しいんだろ。皆の好きにさせてやれ」
実弥のこの一言に、炭治郎も禰豆子も顔を見合せ照れくさそうに相好を崩した。
「ちょ、ねえ俺は!? 主役は『俺と禰豆子ちゃん』なんですけど!?」
「……」
「無視すんなよおっさんっ!!」
「うるせェ! テメェはとっとと蓄音機の準備でもしてきやがれェ!」
「俺主役なのに!!」
「我妻と禰豆子は祝言を挙げるのか」
「おう冨岡、その話題はとっくに終いだぜ乗り遅れるな」
「あのっ、なまえさん私もなにか手伝いします」
「いいのよ。禰豆子ちゃんは今日の主役なんだから。あ、せっかくだからお土産にいただいたかぼちゃ使わせてもらっちゃおうかな」
「でも、急にこんなことになってしまってご迷惑じゃないですか」
「おめでたいことだもの。私だって嬉しいのよ。そうだ、禰豆子ちゃんさえよかったらまたスミレと遊んであげてくれる?」
「ねずこちゃんねずこちゃん。これみて! 寛元くんがね、おてだまくれたの。スミレのだいすきなおはななの」
スミレが禰豆子の足もとにやってきてお手玉を上に掲げる。
「わあ可愛いね~! 私もお手玉大好きでたくさん作って持ってたんだよ」
「ほんとう!? ねえねえ、ねずこちゃんもあっちでいっしょにあそぼ」
「え…っ」
どうしよう。という思いが禰豆子の胸の内を巡った。
スミレとは遊びたい。玄優や寛元とももっともっと仲良くなりたい。けれど本当に任せきりでいいのだろうか。
そんな禰豆子の思いを察したかのように、なまえはおろおろしている背中に触れて柔らかく微笑んだ。
「禰豆子ちゃん、スミレのことよろしくね」
本当に気にしなくていいのよ。
そう眼差しで語りかけると、禰豆子の表情もほっと安堵の色に和らぐ。
禰豆子はスミレに手を引かれ、こっちですよぉ! と手招く須磨のいる場所目指して駆け出した。