大広間にて座卓を囲み、思い出話や子のあれこれを語り合う時間はあっという間に過ぎてゆく。
寛元が目覚めたのですりつぶしたかぼちゃを与えてみたところ、一口含んだ瞬間渋い顔をしてみせたので皆でわらった。
まだ慣れないみたいと、雛鶴も苦笑する。
母乳を飲ませしばらくすると、寛元はまた安堵したように眠りに落ちた。
そして、いよいよショートケーキになぞらえたヨーグルトケーキの登場である。
掌ほどの小さなケーキ。一粒の苺が乗った可愛らしい食べ物の登場に、スミレは興奮した面持ちで座卓をばんばんと叩きはじめた。
ヨーグルトとジャムは宇髄一家にも振る舞われ、苺、あんず、キウイフルーツのなかからお好みで選んだものを少量添えれば、この時代にはまだ珍しい甘味食のできあがりである。
「オイオイ、凄ぇがっつくじゃねぇかァ。んなうめぇのかァスミレ」
飲み込んだ瞬間またくれと催促してくるスミレに実弥も忙しなく箸を動かす。
実弥は普段からスミレの世話をよく焼いた。食事時ともなれば、実弥の膝のうえが定位置のスミレにこうして甲斐甲斐しく食べ物を与え続ける。
実弥の食事が後回しになることもしばしばなので交代を促すのだが、膝から降りたがらないスミレの傍らになまえがついて食べさせることも珍しくなかった。
「不死川もすっかり父親の顔してんなぁ」
「なんだァ藪から棒に」
「いいや? スミレが可愛くてしかたねぇって顔してるぜ?」
いたずらな笑みを浮かべながらちゃかすように言う天元を、実弥はしばしじっと見た。
そういうテメェこそ、合間合間で背中の寛元を気にかけているその垂れ下がった目は何だと手鏡でも突きだ出してやりたくなってしまう。
まァしのごの言うのも面倒だ、と押し黙った末、実弥はハ、と不敵な笑みにも似た声を漏らした。
「たりめェだ。こんな愛らしいもんは無ェ」
「おーおー、言うねえ。うちの寛元だって世界一だぜ?」
「ああそうかぃ。その寛元はテメェの背で呑気に生つば垂らしてやがるみてぇだぜェ」
「っ、ゲェ! 寛元のやろ、また俺の一張羅ベトベトにしやがって!」
「赤子背負うのに一張羅なんざ着てくるからだろォ」
「でも、寛元くんとっても気持ち良さそうにおねんねしてるわね」
「寛元は天元様の背中で寝るのが大好きみたいなの」
「そうそう、あたしらがおぶってもここまでぐっすり寝ないもんな」
寛元の口もとを手巾で拭う雛鶴に、まきをも須磨もうんうんと同意する。母親から離れたがらない幼子は多いとよく聞くが、スミレと寛元は父のぬくもりが大好きらしい。
「そうだなまえちゃん、スミレちゃんへの贈り物、ぜひ開けてみてくださいよぉ」
「こら須磨。そういうことはあたしらから催促するもんじゃないよ」
「えー、まきをさんのケチー。いいじゃないですかぁ」
須磨の頬の膨らみを両手でバチンと潰すまきを。相変わらず、この二人はしっかり者の姉と甘えん坊の妹のようだ。
「ふふ。じゃあ、お言葉に甘えて開けさせてもらうわね」
なまえは、紙袋から取り出した贈り物の包装紙を破らないよう綺麗に剥がした。
中身は平たい書物だった。
「······本?」
にしては少々薄い、と思う。表紙には、二人の少女がお花畑で白詰草を摘んでいる様子の絵が描かれていて、全体的にとても鮮やかな色合いをしている。
"ナナツボシノモノガタリ"という文字の並んだそれは、はじめて目にする形の書物だった。
「絵本よ」
「なんだァ? えほんて」
「赤子から幼児を対象とした書物なの。これを子供に読み聞かせてあげたり、大きくなってきたら自分で読むのにもいいんですって」
「わ、見て実弥。すごく綺麗だし、可愛い」
実弥も物珍しげに覗き込む。
十五、六頁ほどの中身には、内容の異なる七つの物語が収められているらしかった。
物語といっても擬音ばかりのものもあり、動物や乗り物を題材とした内容になっている。
「こんな素敵な本、項目をめくる手が震えちゃうわ」
「スミレに読んで聞かせてやれよ不死川」
「あァ? 今かァ?」
「おう」
「ハ、なんでテメェがいる前で聞かせてやらなきゃあならねぇんだ······お前らが帰ったら」
「ぁ~ぅ~、ぅ~」
そのとき、実弥の膝の上にちょこんと座っていたスミレが絵本に向かって手を彷徨わせた。
「なあにスミレ、これ読むの?」
「ぁぅ」
「ほらほら、スミレも読んでほしいとよ」
「ぅ~ま、ぁぅあ」
「···なら一旦なまえに」
「ん"ぅ"~~」
スミレを膝の上から浮かすと、全身をよじらせて離れたくないと訴えてくる。
「派手に愛されてんなぁ、不死川」
ニヤニヤする天元を横目に、実弥は参っちまったなァ···という心地で眉根を寄せた。とはいえスミレには甘い実弥である。
「仕方がねぇなァ···」
小声を漏らすと、実弥は絵本の表紙をめくった。
「ァー···、うさぎのダンス?」
「ぅぅ、ま」
「わあ、うさぎさんよスミレ。可愛いわねえ」
「きゃ~ぅ」
洋服を着た二足歩行のうさぎが三匹。月明かり照る野原で陽気に踊っている絵が描かれている。
スミレは、はじめて目にするうさぎという生き物を指差して甲高い声を発した。どうやら好きなものであると認識したようだ。
直後、実弥が口を開いた。