タクシーの座席シートに背中を預けて息を吐く。
到着を待つ間に梶さんの姿は見えなくなっていて、ふと気づくとなまえさんは店の中で友人達と談笑していた。
まだ帰らないでと駄々をこねる木兎さんを黒尾さんに任せ、なまえさんによろしくお伝えくださいと言い残し店を出てきた。
絵理衣の付き添い交代するか? と言う黒尾さんの心遣いもありがたかったが、今は頭を冷やしたかった。
週末の繁華街は、ハメを外す若者や大人達で賑わっている。
窓の外を流れる景色は記憶の中に刹那的なものとしてしか刻まれず、新たな情報が矢継ぎ早に視界に映り込んでは消えていく。
ひたすら風景を眺めていると、隣から、絵理衣のクスリと笑う声がした。
「なまえさんに恋人がいるのを目の当たりにして、ショックでした?」
「…驚いただけですよ。よくお似合いのおふたりだと思います」
「それ、本心じゃないですよね? 赤葦さん、なまえさんの恋人に会ってからずっと上の空じゃないですか」
絵理衣の言うとおりかもしれなかった。どれだけ外に意識を向けても、ふたりの姿がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
一瞬で消え去る記憶というものが在る中で、初恋の思い出というものは、どうして綺麗なままで記憶に留まり続けるのだろう。
青くて苦い。そんなもののはずなのに。
「絵理衣さんこそ、なぜ泣いていたんです?」
「……なんのこと?」
「もしかして、ピアノがお嫌いなこととなまえさん、なにか関係してるんですか?」
流れるネオンを眺めたままの会話でも、ふと窓に映った絵理衣がまぶたを伏せたのがわかった。
沈黙が続く。
微かな音で流れるラジオの交通情報が、ひととき車内を潤していた。
「……私の両親は、私をヴァイオリニストにしたかったのよ」
忘れたいと思う記憶ばかりが焼き付いて消えないのは、誰もが同じなのかもしれない。
追憶の音が揺蕩う①
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