エレベーターのドアが開いた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは見覚えのあるシルエットだった。
「木兎!?」
「黒尾と赤葦ぃ!? お前らなんでこんなことにいんの!? はっ、まさか俺を仲間外れにして二人だけで旅行か!?」
「相変わらずうるせぇなあお前は……そんな暇が俺らにあると思うか? こっちは仕事でー……って、あれ、なまえちゃん?」
直後木兎さんの影から姿を現したのはなまえさんと蝶野さんで、俺は思いがけずの状況をすぐに受け入れることができずに束の間その場で呆然とした。
「俺らは今日から二泊三日で旅行に来てんだぜ! な! な!」
「う、うん。ふたりとも、すごい偶然だね」
両手いっぱいの土産物を抱えながら満面の笑みを見せる木兎さんの隣では、なまえさんも驚いたように目をぱちくりさせている。
「部屋に荷物置いたらBar行くんだけどさ、せっかくだし赤葦と黒尾も来いよ! 一緒に飲もうぜ!」
「あー…と、すみません木兎さん。行きたいのはやまやまなんですけど、一応俺達仕事でここにいるので」
「え〜? けどさ、24時間拘束されてるわけじゃねぇんだろ?」
「それはそうですけど」
「木兎、とりあえず一旦部屋に荷物置いてこい。ここで足止めしてちゃ案内のお姉さん達も困るだろ。俺らも今からミーティングだから、終わり次第顔ぐらいは出しに行ってやる」
アンティーク和装のPR。とある呉服メーカーからの依頼を受けて、俺達は絵理衣を起用した企業のポスター撮影及び取材の立ち会いに同行していた。
京都での滞在期間は五日間。
和装をもっと身近なものに。をテーマに、有名な観光地から穴場まで、趣のある場所を巡りながらの撮影は日々分刻みのスケジュールで行われる。
「……黒尾さん」
木兎さん達がエレベーターに乗り込んだのを見届けた後、俺はその場に立ち止まり、さっさと歩き出してしまった黒尾さんを呼び止めた。
「これ、夢じゃないですよね?」
「は?」
振り返った黒尾さんは訝しむような顔で俺を見た。
「俺、疲れてんのかなと思って」
「時々おかしなことを口にするよね、キミは」
「こんな展開、さすがに予想外じゃないですか」
「つかさ、なまえちゃんて木兎と一緒に旅行来ちゃうくらいあいつと仲良いの?」
「みたいですね。高校の三年間、なまえさんが留学するまでずっと同じクラスだったらしいですし」
「へ〜え? 赤葦はああいう状況を見ても平然といられるタイプか」
「別にふたりきりで旅行してるわけじゃないですし……そういう黒尾さんこそ実は動揺してるんじゃないですか?」
「いや普通に羨ましだろ。俺らが必死こいて働いてんのに両手に花とか、あいつ、マジでなんなの?」
「なんなんでしょうねほんと」
肩を落としながら、お互い弱々しく笑う。
京都には昨日から現場入りしている。
日本を代表する観光名所を多々要し、年齢国籍問わず人気の歴史のある古都の街。にも関わらず、そのあまりの忙しなさから優雅に観光する余裕などないも等しく、休憩で立ち寄った土産物屋を数分覗くくらいしか自由のきかない自分達と木兎さんの差をありありと見せつけられてしまえばげんなりもしたくなるというものである。
「…赤葦も行くんだろ?」
「…この後は特に予定もないですしね」
「明日に影響出ない程度にな」
「そうですね」
「何の話?」
突如背後から声がして、ぎくりとしながら恐る恐る振り返る。すると、至近距離に絵理衣が立っていたのでぎょっとした。
いつからいたのか。今の話は聞かれていたのか。
絵理衣は答えを待っているのか、どこか探るような瞳で交互に黒尾さんと俺を見てくる。
俺は言葉に詰まった。
なまえさんがこのホテルにいることは絵理衣には悟られないほうがいいかもしれないという危惧が頭をよぎったからだ。
「別にー。お子ちゃまには関係のないことですぅ」
「な、もう成人してるんだからお子ちゃまじゃないわよ!」
「成人すれば大人になれると思ったら大間違いなんですぅ」
そんな状況を知ってか知らずか、憎まれ口をきく黒尾さんに絵理衣も噛みつく。
「もうっ、黒尾さんなんて話にならないわっ。ねえ赤葦さん。ミーティングの後飲みに行かない? このホテル、地下にBarがあるんですって」
まずいと思った。
「いや……絵理衣さん明日も早朝から撮影でしょう? またマネージャーさんに禁酒命令出されてるのでは?」
「一杯くらいなら平気よ。撮影に影響は出さないわ」
「残念でしたー。赤葦は俺と飲みにいくことになってんの。キミはお呼びじゃありませんー」
「あら、黒尾さんが引いてくださればいいんじゃない?」
なかなか引き下がらない絵理衣に対し、とうとう黒尾さんが心底困ったようにため息を吐く。
「……あのねえ、本当はこんなことあんま言いたくねぇけど、キミもプロならもうちょっとその自覚を持ったほうがいいんじゃない? まだ三日もあるんだし、撮影には常に万全の体調で臨んでもらわないと困るわけ」
この時、もしかしたら黒尾さんもなまえさんと絵理衣の微妙な関係性に気づいてる? と感じた。
だとしたならば、黒尾さんのこの忠告はなまえさんと絵理衣の接触を避けさせたい気遣いなのか、単に絵理衣のことが本当に疎ましいだけなのか、それともやはり仕事に支障が出ないよう撮影第一の思いでいろと言っているのか。
色々と思い描いてはみたけれど、黒尾さんの本心は見抜けなかった。
蜃気楼の都に溺れる
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