青春堂のCMが完成したという朗報が舞い込んだのは、秋も本格的に深まりを感じさせつつある頃だった。
ありがたいことに私にも打ち上げ参加のお声がかかり、私は迷わず二つ返事で出席することを快諾した。とはいえその日が近づくにつれ、現場に出向いたこともない私が参加するのは場違いにならないだろうかという不安や緊張も大きくなる。
そんな中迎えた当日、会場となったホテルで最初に言葉を交わしたのは黒尾くんだった。
黒尾くんの肩越しに見える
この時の私は緊張もピークに達していて、実のところ黒尾くんに声をかけてもらえたことは密かな救いになっていた。顔見知りの人を見つけた安心感と何気ない会話のやりとりは、張り詰めて縺れかけていた足取りを少しだけ軽くしてくれる。
宴会場には思っていたよりも多くの業界人が集まっていて、けれど絵理衣ちゃんや京治くんの姿は探しても見つからず、黒尾くんが戻ってくるまで待っていようか、それとも声をかけやすそうな雰囲気の女性に話しかけてみようか迷う。
細長いテーブルが三列配置された畳の
ふと流し見た一番端に、まだ手を付けられていない食事の一席を発見する。夕食は済ませてこなかったので、挨拶が済んだらここへ戻ってきて食事をいただこうと考える。
よし。そうと決まれば、ひとまずは青春堂の社員さんに挨拶だ。
私は勇気を出して控えめな雰囲気の女性に声をかけた。まではよかった。のだが、彼女は意外にも大きな声で私を迎え入れてくれ、結果私はあっという間にお酒の回った皆様の中心にて歓迎を受ける身となってしまったのである。
初めは気後れしていたものの、声をかけてくれる人達はみんな気さくで明るかった。参加する前に感じていた不安は杞憂だったなと、徐々に肩の力が抜けていくのを感じた。こういう交流も楽しいなと素直に思った。
そうしてようやく賑やかな歓迎も落ち着いてきた頃、
「あなたがピアニストのみょうじさんですかぁ~、初めまして~」
今度はアルコールの香りを纏った男性が私の隣へやってきた。聞けば、その人はCM製作会社のスタッフさんで重森さんと言った。
重森さんはかなりお酒が回っているように見え、私にもしきりにアルコールを勧めてくる。
お酒は好きだけれど滅法弱い。京治くんに大迷惑をかけてしまったことはまだ記憶にも新しく、肝に銘じなければと強く思う。
「あの、お酒はお気持ちだけありがたく……私明日も仕事があるので、今日は遠慮しておきます」
「え、みょうじさん明日仕事? なぁんて、僕らもですよぉ~、だぁいじょうぶダイジョウブ! 一杯くらい強いのいっときましょうよ!」
そう言って目の前に差し出されたのは細長い透明のカクテルグラス。
ロングアイランドアイスティーというお酒だった。重森さんいわく、紅茶感覚で飲みやすいのだそう。琥珀色のそれは、確かに紅茶のような見た目をしている。
「それじゃあ……少しだけいただきます」
断りきれず、グラスに口付けようとしたその時。
持っていたグラスを背後から伸びてきた手にひょいと奪われ、あっという間に私の視界から琥珀色が消えた。
「このお酒、俺好きなんですよ。駆け込み一発いただきますね」
え? と思い、振り返るとそこには京治くんがいた。急にグラスを取り上げられて唖然としてる私をよそに、京治くんはゴクリゴクリと喉を鳴らして私の飲むはずだったロングなんちゃらアイスティーを飲み干していく。
「ん……あれ、あかーしくん? 君なにしてんのさぁ~? せっかくのみょうじさんのお酒をー…」
「あぁ、すみませんつい。代わりにみょうじさんはこちらをどうぞ」
「あ……はい、?」
「烏龍ハイですよ」
戸惑いながらそれを受け取る私に京治くんが微笑んで言う。
一気にカクテルを飲み干したせいだろうか。京治くんの雰囲気がいつもよりほんの少しだけ妖艶に見えて、なんだかドキドキしてしまう。
「まぁいっか烏龍ハイでも! ほらみょうじさん、飲んで飲んで!」
私はなかなかしつこい重森さんに愛想笑いを返した。
黒尾くんの、『悪のりする奴も出てくるだろうけど適当に流してやって』という言葉を思い出し、適当に流すって難易度高いよ~……と内心で泣き言を漏らしながらグラスの縁を口へと運ぶ。
ゴクリと一口。乾いた喉が潤う。独特の、濃い茶葉の香りが口いっぱいに広がって……って、あれ……?
まさかの思っていた味と違って拍子抜けした。
アルコールを微塵も感じないこの味。
これは、普通の烏龍茶だ。
ピエロには限界がある
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