鼓膜に伝わった振動で目覚め、アラームを止める。
スマホに点灯した8:02という数字を仄暗い室内で確認し、マットレスではない久しぶりの寝心地の中でこれでもかというくらいの伸びをしてから起き上がる。
カーテンを開くと眼前に広がる雲ひとつない澄んだ青が目に染みた。空は快晴。
布団を畳み部屋から出ていく。リビングの方向からは微かな生活音が聞こえ、近づいていくにつれて食材に溶け込む調味料や何かを焼く香ばしい匂いが濃くなってくる。
扉を開いた先ではまだソファの上で毛布をかぶり寝息をたてている黒尾さんがいた。その先にあるオープン型のキッチンで、なまえさんは四角いフライパンを片手に菜箸を転がしていた。
「あ、京治くんおはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。おかげさまで熟睡できました。俺もなにかできることがあれば手伝いますよ」
「そうだな…もうほとんど出来上がってるんだけど……じゃあお箸をテーブルに並べてもらってもいい? そこの引き出しに箸置きと一緒に入ってるから」
「了解です」
言われた引き出しの中から三人分の箸と箸置きを取り、ダイニングテーブルへと持っていく。テーブルには八角型の小鉢におくらとかつお節を和えたものと、角豆皿に一粒乗った梅干しがそれぞれ三つ並んでいた。
「なまえさんは和食派なんですね」
「洋食も好きだけど朝はなるべく和食かな。白いご飯もお味噌汁も梅干しも大好きで。あ、でも京治くん達が洋食派だったらごめん」
「いえ。俺もどちらかといえば和食派です。旨そうですね」
「ならよかった。ご飯もうすぐ炊けるから待っててね」
コンロの火を覗き込んだなまえさんの頭のてっぺんで、無造作に丸めたお団子が揺れる。
俺は箸を並べ終えたその脚で黒尾さんを起こしにソファへと向かった。
「なんかこのご飯めちゃくちゃ旨くねえ?」
白飯を口に含んで呑み込んだ後、黒尾さんが感嘆にも似た声を発した。続いて俺も旨いですねと頷く。
なまえさんの炊いた白飯は米が立ちふっくらしていて、おかずがなくても十分に箸が進む旨味があった。
「うちまだ炊飯器買ってなくて土鍋で炊いたものなんだけど美味しいよね。私も感動しちゃってこの際炊飯器買うの止めようか迷ってるところなの」
「へえ、土鍋ねえ……家でもやってみようかな」
「黒尾さんち土鍋あるんですか」
「鍋用に実家出る時持ってきた記憶はある」
「なら今度黒尾さんちで鍋しましょう」
「今鍋の話してねぇから。俺は秋刀魚と旨い白飯が食いたいの」
「黒尾くんも自炊するんだ?」
「時間がありゃやる。最近してねぇけど。赤葦はけっこう自炊してるよな」
「まあ、出来る限りはですけど。でもこんな手の込んだ朝食は作らないですよ。旨いです」
「あ、ありがとう……よかった、がっかりされなくて」
「なんの話?」
「いえこっちの話です」
「ん? きみ達また俺を仲間外れにするつもり? なんだかんだ夜もふたりで楽しそうにしてたし」
「黒尾さんが煙草吸いに行ってなかなか戻って来なかったんじゃないですか。随分と長い一服でしたね」
「あー……ちょっとネ、おセンチメンタルになってたんだよ。なまえちゃんに怒られちゃったから」
「え? なんですかそれ」
「なまえちゃんにこう、耳をさあ」
「ああぁ、違うの、別に大したことないの! 黒尾くんが悪ふざけするから」
「赤葦、なまえちゃん怒らせると意外と怖ぇぞ」
「黒尾くんっ」
「そういえば昔木兎さんもそんなこと言ってたような」
「え、どういうこと? なんで木兎?」
「ぶひゃひゃひゃ」
こうして朝食の時間は賑やかに過ぎていった。
なまえさんは昨晩よりも元気を取り戻しつつあるようで、黒尾さんとのやり取りからも塞ぎ込んでいる様子はなくホッと胸を撫で下ろす。
食べ終えた後は黒尾さんと分担して食器を洗った。
旨い飯食わせてくれたお礼と怒らせたお詫び。
そう言い出したのは黒尾さんだった。
ネコとフクロウのお時間
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