「すごーい…! なんだか別次元の景色を眺めてるみたい…!」
「隅田川も東京ドームも想像以上に模型ですね」
「うんうん。東京ドームがおもちゃの宇宙船みたく見える」
地上から約三百五十メートル上空。眼下に広がる都会の絶景に目を輝かせ、なまえさんは全面ガラス張りの向こう側を指差しながら澄んだ声を弾ませた。
電話の翌日、俺達は駅で待ち合わせて電車に乗り込み、浅草周辺を散策しながらスカイツリーまでやってきた。
休日のソラマチは多くの観光客で賑わい、今俺達がいるここスカイツリー天望デッキにも国内外からの旅行客と見られる団体や学生たちが絶えずわらわらと出入りしてくる。
「スカイツリーとは意外でした」
「そう? 日本に戻ったら絶対に行こうって決めてたから嬉しいよ。京治くんは来たことあるんだっけ?」
「俺も天望デッキに上がったのは初めてです。確かにこれは見応えがありますね」
「なら京治くん。あの床がガラス張りになってるところ、一緒に乗ってみない?」
なまえさんが指差した方向に見えたのは、フロアの床の一部が透けているガラス床。周囲には人だかりが出来ていて、しゃがみ込んで足もとを撮影している人もいれば、恐いもの見たさにおそるおそる覗き込んで歓喜している人もいる。
「…俺は、遠慮しときます」
「え? もしかしてああいうの苦手?」
「高いところは平気なんですけど、そういう場所から下を見下ろすのには若干の抵抗があるというか…。なまえさんは平気なんですか?」
「私もまったく恐くないわけじゃないんだけどね。それよりも興味のほうが勝ってる感じ」
「じゃあ俺は撮影係やるんで、なまえさんのリアクションに期待しておきます」
「ちょっとまって無茶振りすぎる」
あはは、と、なまえさんが笑う。
けっきょくふたりで行けるところまで行ってみようということになり、下を見下ろしながらどちらが長く床の上に立っていられるかという謎の勝負をした結果、俺は負けた。
せっかくだからとさらに上の天望回廊も巡り、その後エレベーターで地上に下っている途中、隣から「ふふ」と小さな笑い声がした。
「なに思い出し笑いしてんですか」
「だってあのガラス床、京治くんてば早すぎて全然勝負にならなかったんだもん」
「だから言ったじゃないですか。抵抗があるって」
「それにしたって…っ、ほぼ素通り…ふふっ」
「素通りということはありません。盛って三秒は乗っていたはずです」
「どのみち私の勝ちですから」
「はいはい。負けたほうがなにか奢る約束でしたよね。どこか店入ります?」
「私あったかいもの飲みたいな。せっかくだしテイクアクトしてお散歩しようよ」
「承知しました」
コーヒーをテイクアクトし、浅草までの道のりをのんびりと引き返していく。
なまえさんは久しぶりの街並みを懐かしむように、どこを見ても新しい発見をして嬉しがる子供のような顔をしていた。
「そういえば、京治くんってまだバレーやってるの?」
「やってますよ。会社でチームを組んでるんです。大会なんかは出てませんけど」
「へぇ? 大会なんてあるんだね。出ないのはどうして?」
「登録すれば出れますけどね。仕事で不規則なことも多いので…。でも月に何回か軽くゲームはしますよ」
そうなんだ、と答えるなまえさんと俺の距離感は、高校時代一緒に学校までの道のりを歩いていた時と変わらない。
昔よりもほんの少しだけ明るくなった彼女の髪が、柔く吹く風に軽やかに靡く。
「私、また京治くんがバレーしてるところ、見たいな」
ふわふわと泳ぐ髪の毛を片手でそっと押さえながら、先を見つめたままそう言ったなまえさんが視界の片隅でほほえんだ。
「……よかったら、今度…観に来ます?」
少しだけ、遠慮がちになってしまった誘いかた。
笑顔でうなずくなまえさんに、心臓が懐かしい高鳴りを奏ではじめる。
あの頃のことは、良い思い出だったはずなのに。
自分の心がかき乱されはじめていることを悟られぬよう、俺は密やかに深呼吸をした。
こんな夜は短くていい
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