【その愛は深淵のように】
〜志波海燕〜
海燕さんは十三番隊副隊長で、五大貴族の一人だった
貴族の中でも高貴な家柄な筈なのに、それを思わせない様な態度が目に焼き付いた
体の弱い隊長の代わりに隊を仕切る事が多く、普段からとても頼りになり、信頼され、皆からも敬愛されていた
私が十三番隊へ来た当初も、何かあればすぐに助けてくれたし、私自身も頼る事が多かった
まるで太陽の様に眩しい存在だった
ニカッと笑うその顔も、困った時に差し出されるその手も、まるでいつの間にか心地良い日差しに照らされたように温かかった
…そんな海燕さんには、志波都と言う妻がいた
同じ十三番隊で第三席の実力を持ち、美しく聡明な人
海燕さんと都さんは皆から羨まれる程の鴛鴦夫婦だった
私から見ても二人はとてもお似合いだと思ったし、上司としても尊敬していた
この二人の仲を裂く人なんて現れる筈も無いし、もし居たとしてもそんな事出来ないだろう
…そう思っていた
海燕さんは都さんを愛していた…
それと同時に、この私に愛していると言う様になった…
海燕さんには妻がいる
それなのに何故?
疑問が何度も浮かんでは消えていく
否、海燕さんによって掻き消されていく
この身を抱かれる事によって…
海燕さんに抱かれる度に生まれる罪悪感
それは都さんと言う妻の存在が有るからだ
許されない海燕さんとの身体の関係
真実を知れば都さんは悲しむ
傷付いた顔を見たく無い…知らない方が幸せなんだと言われた
私は何が正しいのか分からなくなった
海燕さんに抱かれ、何度も愛を囁かれ、愛していると無理矢理言わされ、どうしようもない罪の意識に苛まれた
どんな顔をして都さんと顔を合わせればいいのだろうか、真実を話すべきだろうか、それともこれは隠し通さなければならないのだろうか、真実を知ったら私を軽蔑するだろうか…
どうか私を罵り軽蔑し、許さないでほしい
そんな一抹の不安と焦りと、身勝手な思いが心の中に生じる
海燕さんは、都さんを大切な存在だと言っていた
同じ様に、私の事も大切だと言った
その想いが私の心に重く伸し掛かり、私の心は潰れそうだった
それでも私は皆の前ではそれを見せぬ様、平然を装った
特に都さんと顔を合わせる時は…
…そんなある日、海燕さんと都さんが死んだ
最初に都さんが虚に殺され、その仇を討つ為に海燕さんは虚へ立ち向かった
討伐へ向かう前、海燕さんは都さんの事も私の事も、大切な存在なんだと言っていた
愛を囁き唇を重ねられ、胸が締め付けられた…
その後私は隊舎待機を命じられた
だが私はそれを破り、現地に到着した頃には、もう既に海燕は海燕さんでは無くなっていた…
虚と融合してしまったその身体
もう助かる手立ては無く…その身ごと殺すしかなかった
そして私は、ルキアを襲おうとした海燕さんの身体に…自分の刃を突き立てた…
その時の手の感覚は、長年経った今でも忘れる事は出来ない
虚を貫くのとは違う、人の心臓を貫く手の感触
いつも以上に心臓が速まり、冷や汗が出た
しっかりと刀を握っている手が震えそうだった
本当はあの時…恐ろしかった
仲間をこの手で殺めなければならない事が…
それでも私は…なるべく冷静を装った
そして海燕さんは最後、私に口付けをして、その命を閉ざした
苦しかった
胸が締め付けられ、痛かった
深く残った傷痕は今でも残っている
前に進まなければいけない
海燕さんは、私達に心を預けたのだから
けど部屋で一人になると、どうしても感傷的になり、罪の意識に苛まれてしまう
溢れそうになる涙を何度もグッと堪えた
泣いてはいけない…泣いてしまえば、あの時ルキアを庇った事も、海燕さんの誇りも踏み躙る事になる…そう思った
海燕さんの死を胸にしっかり受け止め、前に進んだ
…それなのに、私はある日夢を見た
海燕さんに抱かれる夢を…
海燕さんはもういない
私がこの手で殺した
それなに、海燕さんに抱かれるなんて思いもしなかった
例えそれが夢であったとしても…
そしてその夢の中で、もう一度海燕さんを殺したのだ
また言い知れぬ何かが私の中に襲い掛かる
そしてまた新しい罪悪感が生まれてしまう
夢の中でも海燕さんは、昔と変わらず何度も愛を囁き私を抱いた
これ程長い時が経っても、海燕さんは私の心を支配する
どうすれば私の心は解放されるのだろうか…
…いや解放される事なんて無い
そんな事分かっている
何故なら私は海燕さんに抱かれ、私を愛した海燕さんを、私がこの手で殺したのだから
だからこの苦しみから逃れることは出来ない
これが私が、
志波海燕と言う男から受けた
〝狂った寵愛″の果てである