午後のお茶会
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…一番隊隊舎・執務室
護廷十三隊、全ての死神を纏める総隊長の山本は、その仕事の量も半端では無い
机の上には各隊からの申請書や報告書等、様々な書類が積み上がっている
キリの良い所で書類に走らせていた筆を止め、少し凝った肩に手を起きトントンと拳で叩いた
壁に掛かった時計を見上げれば、楓との約束の時間が迫っている事に気付く
山「…ふむ、そろそろ準備をせねば…」
山本は長く伸ばした髭を摩りながら独り言の様にそう呟くと、執務室から出て別の部屋へと向かった
山本が向かった場所は、月一で行われる茶会の茶室
楓の為にお茶を点てる準備をし始めた
茶菓子はいつも茶会で出す物とは違い、特別な日に食べる為に用意しておいた少し値が張る物
待ってましたと言わんばかりに棚から取り出されると、御膳の上に並べられた
普段の茶会に出す茶菓子も妥協が無く品の良い物だが、今日の茶菓子は格別だ
そして主役である抹茶の粉も、当然ながら最上級の物を用意した
山「…うむ、これで良いかのう」
いつも茶会では大人数の分の準備をする為、その感覚で時間を見ていたら随分と早く準備が終わってしまった
このまま時間になるまで楓を待つよりは迎えに行った方が早そうだと思い、山本は一旦茶室を後にした
山「さてと…月宮は何処へ行ったのかのう…」
人に聞くよりも霊圧を探る方が手っ取り早い
山本は楓の霊圧を探った
山「ふむ、近くに居るようじゃな」
楓の居場所は簡単に特定出来た
どうやらそう遠く無い場所に居る様だ
だがその周囲には他の霊圧が幾つも集まっている
そして等間隔に並んでいる霊圧
その中でも一際馴染みのある霊圧が一つ…
その全てに、楓が居るその場所で何が行われているのかを一瞬で理解した山本
今まではそれに目を瞑っていたが、今回に至っては話が変わってくる
山本は、カァッ!と目を見開き、手に持っていた杖をドンッ!と床に突いた
そして山本は叫ぶ…
山「…なんとッ!?由々しき事態じゃあッ…!!」
…雀部主催のアフタヌーンティー
皆が和気藹々と談笑をしている中、修兵と楓だけは二人の世界に入り込もうとしていた
あと数ミリで触れる楓の唇
…尤も、二人の世界に入り込もうとしているのは修兵だけな訳で…
修「…楓…」
「…ちょっと修兵、なんでそんなに椅子を寄せてるの?近いし狭いよ」
修「アイタッ…!」
楓は口付けをしようと近付いてくる修兵の胸を押し返し、額にパチンッとデコピンを喰らわした
一気に現実に引き戻される修兵
うら悲しく額を摩りながら残念そうに口をへの字に曲げた
「修兵右利きなんだから肩がぶつかっちゃうでしょ?それにこれ…」
楓は修兵の二の腕に指先をスゥーッと這わせた
その指は黒いチェーンの様な物を指差している
「うっかり外れちゃったら…爆発しちゃうでしょ?それとも私を君の手で殺したいのかな?」
修「っ…!」
妖艶な笑みを浮かべる楓
その笑みと肌に優しく触れる指先の熱に、修兵の身体が熱くなる
楓の一挙手一投足が修兵を狂わせる
今すぐ目の前の唇を奪いたい衝動に駆られる
修兵はまた、甘い紅茶の香りと共に夢の世界に引き込まれそうになった
「ほら、せっかく淹れてもらった紅茶が冷めちゃうでしょ?」
楓はティーカップを持ち、雀部に淹れて貰った紅茶を味わった
心も体も温まり、ほうっと小さく息を吐く
ティーカップソーサーにカップを置けば、カタッと音を立てた
そのお洒落な洋式の器と皿に目を配らせていると、カップの中の紅茶が小さく波を立て始めた
今置いたばかりだからと思ったが、一向に収まらない
楓は不思議に思い隣の修兵のカップを見ると、同じ様に中の紅茶が小さく波を立てている
「…揺れてる…」
修「…へ?どうした?楓…」
次第に大きくなる揺れ
その原因が何なのか、すぐに全身で体感する
修「!…な、なんだこれ…!?」
雀「これは…!」
全身がビリビリと震え、伸し掛かる重圧
それは圧倒的強者が放つ霊圧であり、皆の冷や汗が止まらない
机の上にある食器が全て、その霊圧の震えでカタカタと音を立てている
そしてとうとう、その霊圧の持ち主が現れた
ドンッ!と杖を床に突き、重々しく口を開く
山「…これは一体何事じゃ?」
「そ…総隊長…!」
このアフタヌーンティーの会場に現れた山本に、楓は慌てて椅子から立ち上がった
他の皆もあたふたとし始め、修兵は修兵で何が起こっているのかと狼狽えている
全身で感じる山本の霊圧からは怒りを感じた
山「月宮や…よもや約束を忘れた訳では無かろうな?」
「は、はい!忘れてませんよ!時間まで余裕がありましたので雀部副隊長のお茶会に参加させて頂いてました。…ですが約束の時間はまだですよね…?」
山「儂の用が見通しより早く終わったのじゃ。確かに時間では無いが、お主を待たせているのは忍び無いと思い探しに来たまで。ふむ…お茶会、か…なるほどのう」
長い髭を摩りながら、全体を見回す
山本の目からしても、普段見慣れない洋式の物
一つ一つ見定める様に鋭い目付きをしていた
「すみません、総隊長自ら御足労をお掛けしてしまい…」
山「構わぬ。…して、これは何の真似事じゃあ?」
一番隊の者達は山本の問い掛けに、ピシッと背筋を伸ばしながらゴクリと生唾を飲み込んだ
山本の怒りの理由は自分の所為だと思っている楓と、突然の出来事に楓と山本を交互に見る修兵
そして山本の怒りが他にもあると察しがついている雀部含む一番隊の者達
雀「総隊長殿、これはその…現世の風習でアフタヌーンティーと言われる、所謂洋風のお茶会でして…!」
山「そんなもん一目見ただけで分かるわいッ!」
じゃあどうして聞いたのかと、一番隊の皆の心の声が一斉に重なったのは言うまでもない
そこで楓は、山本の怒りが他にもある事に気付き、思い出した様に小さな声で呟く
「…あっ…そうだった…」
修「お、おい楓…なんで総隊長あんなに怒ってんだ…!?も、もしかして俺の所為…!?」
隣で椅子に座り、楓の死覇装を引っ張る修兵
楓に下心を抱き口付けをしようとしたのを見られたのでは無いかと、まるで仔犬の様に怯えている
そんな修兵に、楓は少し屈んで耳打ちをした
「…私一番隊離れて大分経つから忘れてたんだけどさ…総隊長と雀部副隊長、二人の仕事の相性は護廷十三隊で群を抜いて素晴らしいんだけど…昔っから食の趣味だけは全く合わないらしいんだよね…」
修「…はえ?…つ、つまり?」
「だから、和物が好きな総隊長と洋物が好きな雀部副隊長…こればかりは相性が悪いんだよ」
…これは一番隊の隊士の中では有名な話
山本の好きな食べ物は和食全般、嫌いな食べ物は洋食
一方で雀部の好きな食べ物は洋食、嫌いな食べ物は和食
一番隊の隊長であり総隊長の山本元柳斎重国と、その右腕と言われる程の実力を持ち、普段口数は少ないが山本の傍に控える副隊長の雀部長次郎
護廷十三隊屈指の名コンビと目される二人
…なのだが、食の趣味だけはどうしても合わない様で、山本は目の前の光景が受け入れられないらしい
山「月宮や…」
「は、はいっ!何でしょう…?」
山「あふたぬーんてぃー…とやらは愉しかったか?」
『はい…まあ、そうですね…初めて参加しましたので新鮮でした』
山本の問い掛けに緊張が走り、素直に答える楓に対して「頼むから余計な事を言うなよ…」と、皆の視線が突き刺さる
威厳があり、尊敬しているとは言え近寄り難い部分もある山本の機嫌が悪いのだ
誰が悪いと言う訳では無いが、これ以上怒らせないでくれと目で懇願する
山「ほう…では月宮や、お主は和食と洋食…どちらを好む?」
「どちら…と、言われましても…」
…ここでもう一つ、一番隊隊士の中で有名な話がある
それはあのお堅く厳しい山本元柳斎重国は、元一番隊の箱入り娘である月宮楓をとても可愛がっている…と、言う事だ
尤も、楓本人はそれに気付いていないが、過去にそんな場面を当時の隊士達は目の当たりにしていた
特に雀部なんかはそれを良く知っている
そこから密かに〝一番隊の箱入り娘″では無く、
〝一番隊重国さんの孫娘″
…と、一部の者からはそう呼ばれていた
孫娘と言うのは、見た目が孫娘に近いからそう呼ばれているだけだ
他にも本人達が居ない場所で〝愛娘″や〝愛孫″等と好き放題言っていた
…つまり、何が言いたいのかと言うと、今のこの状況は可愛がってる娘が自分の嫌いな物に心を奪われているが故の…
嫉妬心の表れなのだ
山「…なんじゃ?答えられんのか」
一番隊の中で囁かれる山本の楓に対する愛情
それを知っているが故に、今の緊迫した状況の収集を楓に求めるしか無い
「その…私、昔から何かを好きと言える物が無くて…だから私としては和食も洋食も同じ気持ちです」
山「…そうか」
楓の返答に、ビリビリと震え重く伸し掛かっていた山本の霊圧が少しずつ収まっていく
皆はそれにホッと一安心した
山「で、月宮や…もう腹は満杯かのう…?」
「いえ、抑えていたのでまだいけますよ」
山「そうか…。ならば儂がもっと美味い茶を点ててやろう」
「あのっ、今日私を呼んだのはもしかして…」
山「…格別美味い抹茶と茶菓子が手に入ったのじゃ。雀部はこの通りじゃからのう…お主なら一緒に茶を愉しめると思うたんじゃ」
「そうだったんですね…!フフッ、でしたら最初に言って下されば良かったのに…。総隊長の点てるお茶は美味しいので楽しみです!」
楓が微笑むと、心なしか山本の纏う雰囲気も柔らかくなった気がした
皆は楓に「ありがとう」と心の中で御礼をしながら胸を撫で下ろした
「でも…私だけ宜しいんですか?そんな格別と言われる物を頂いても…」
山「…ふむ、そうじゃのう…。ならば一人好きな者を連れてくるが良い。儂は先に行っておるぞ」
山本は背を向け先に部屋を出た
緊張の糸が解け、ドッと疲れに襲われる修兵
深い溜息を溢した
修「…はぁ〜……吃驚した…」
「ほら修兵、行くよ!」
休息も束の間
突然楓に両手を掴まれ、椅子から立ち上げられる
修「んなっ…!?行くって何処にだよ!?」
「決まってるでしょ?二次会!総隊長のお茶は美味しいんだから!しかも今日は格別なんだって!」
普段あまり見掛けない無邪気な楓の笑顔に、心を射抜かれる者は少なく無い
修兵はそのキラキラとした笑顔を自分にだけ向けているのが、どうしようもなく嬉しかった
楓のその眩しい姿に目が眩む
触れる手と、胸が熱い
先程山本が楓に伝えた〝一人好きな者を連れてくるが良い″と言う言葉
その一人に選ばれた事もこの上なく嬉しい
楓にとってその〝好き″は、どう言う意味の好きなんだ…?
どうせ他意は無いんだろうとは思うけど、少しだけ期待してしまうのは軽率だろうか…?
それでも良い…
楓と同じ時を過ごせるなら、どんな理由だろうとその手を取ってしまうのが俺なんだ
「雀部副隊長、今日はありがとうございました」
雀「こちらこそ楽しい一時が過ごせた。感謝する。だが、この後の予定がまさか総隊長殿とは…」
「それについてはすみません…時間になったらいつもの茶室に来るように言われたんですが、総隊長もお忙しそうで具体的に何をするのかも聞く暇も無く…」
雀「フフッ、謝る必要など無い。ほら、早く行きなさい。総隊長殿が待っておられる」
楓はお辞儀をすると、嬉しさでニヤケが止まらない修兵を引っ張り、共に部屋を出ようとした
雀「…待ちなさい、月宮」
だがその背中を雀部に呼び止められ、長い髪を靡かせながら振り向いた
「…はい?」
不思議そうに見つめる楓に、雀部は人差し指を唇に当てこう言った
雀「次は秘密のお茶会で会いましょう…」
〝総隊長殿には内緒で″
…と、言わんばかりに微笑む雀部
それを見て楓もクスクスと笑みを溢し、雀部と同じ様に人差し指を唇に当て、こう言った
「はい、では…
次は〝ひ・み・つ・の″…お茶会で…
また会いましょう」
〜Fin〜